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この日、宮子が着ていた焦茶色の膝上まであるガウンは、彼女の身動きを拘束する機能を担うことを強いられ、発汗するふたりの情熱の受け皿となり、長年に渡り築き上げたブランドの権威は、失墜した。
オトコの臭いが染みついたガウンを二木の顔に投げつけた宮子は、「帰れないじゃない」と顔を真っ青にして彼を
二木は当惑したような表情のまま、エピキュリアンな微笑を――神々の晴れやかな
事後のふたつの裸体は、自然の摂理から裸木になった
しかし事後の裸体に、それほど深い意味を見出そうとしてしまうのは、第三者の視点からそれを妄想する――描こうと試みる――者たちの、一種の
宮子は戦慄的な動揺を隠すことができずに、このガウンの行き先を、
ガウンはベッドの下へと落ち、透明人間が脱ぎ捨てた後のような哀愁を噴散させながら、宮子の
「あなたは、爪を切ってくれるひとに事欠かないみたいだけれど、わたしのために、爪を伸ばしてみない?」
「愛撫のときに痛いよ? それとも、苦しみたいってこと?」
「違うわ。性的な関係を解消して、もっと深い関係にならないかってこと」
「それは、俺に爪を剥げっていってるようなもんだよ。苦しむのは、こっちだけだ」
「お金に不自由しないし、着るものにも食べるものにも困らないし……すべての慾求を満たすことができるわよ」
「獣のような性慾は、どう満たせばいいんだ?」
「それは……その気になれば、わたしが相手をするから」
二木は性慾を二次的な存在と見なす愛をすべて偽善だと思っていたし、家族愛とかいう数えきれる円周率の副次的な利用めいたものは、拒絶すべきものだと決めていた。
「俺は、きみとだけじゃ満足できない。きみだって、いずれそうなるよ。現にいまも、夫と俺のところを、渡り鳥みたいに往復しているじゃないか」
二木が彼女を背後から抱くと、その腕は払われて、バスルームへと宮子は黙って消えた。それを見届けた二木は、次に羽ばたく島を選ぶために、いままで抱いてきた女性たちのうち、もっとも海王星の衛星に近い名前の子を探した。
そのとき、宮子はバタバタと足音を立てて戻ってきて、そのまま二木を押し倒した。
ふたりは、英雄的鳥獣がそうであるように、縄張りの内側にも敵をいくつも作っていた。しかしそれは、運命に隷属するための知恵を授け合う
二木はこのあとも、肉慾的関係の名簿のなかから、宮子を外に出さなかった。
彼はいま、『公孫樹子爵夫人』という小説を書いていた。原稿用紙三十枚の短い小説である。しかしそれは、ある新人賞のひとつの部門に投稿する応募作でもあった。
* * *
公孫樹子爵夫人は餓鬼道から彼を釣り上げると、辛辣な批評というペーパーナイフで肉を削ぎ落とし、硬貨を投げ渡される程度には喰らえる料理に仕立て上げた。つまり彼女は、優秀な
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