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 わたしは彼の傀儡かいらいであり従順な奴隷であり、また彼もわたしの臣下であり下僕であるわけですが、即ち、わたしたちはシーソーのように身分の高低を変えながら依存し合い、同じ布団に寝ていてもいつ刺されるか知れないので相手の様子をうかがったまま、とどのつまり、それぞれの職場で寝ているのですが、ついに王国に革命が起こりまして、わたしたちは彼女のペットになったのです。


 そう言うとあなたは調教的な戯れにうつつを抜かし、痣をねぶりあい蚯蚓腫みみずばれをであっているのかと邪推なされるかもしれませんが、もしそうだとするならば、その妄想を、天国から地獄へと墜ちた天使の羽へ託してしまいなさい。わたしたちは倫理的な価値観を一つも持ち合わせておりませんから、逸脱した言動をすればするほど倫理的になってしまうという、逆説的と言いますか矛盾と言いますか、とにかく弁証法的にへと近づいているわけですから。


 というと、調教的な戯れは聖人のすることではないという風な読解をされてしまうかもしれませんので、その読み方は悪質であると牽制しておきます。


 わたしたちに対して、インフェルノの業火に身を焼かれるかもしれないと警告する何者かがいましたが、もし灼熱地獄に墜ちたとしても構わないのです。なぜならわたしたちのご主人様はインフェルノの中天で哄笑こうしょうしながらあらゆる罪人を転生させ、新たなる数学の未解決問題を産むように促すような超常的な力を持っておりますので。


 仄聞そくぶんしたところによりますと今日の新聞の隅に、わたしたちにまつわる記事が載っているそうですね。お手数ですが、その切り抜きをこちらの住所へ送ってくださいませ。


 ……………………次元内、

 ……………………平面、

 ……………………小数点以下(…………)


 なお速達でお願いします。いち早く確認したいので。また、わたしたちの王国に来るのはお止めくださいませ。そして、この住所を何者かに教えることもお控えくださいませ。引っ越したばかりなのですよ。


 人間の慾求のうちで、最も美しく醜く湖畔に群生するあしのようなものは何かということを、わたしたちは真剣に考えており、そのヒントとなるのはきっと、わたしたちの身体の脂肪にあると思いましたので、わたしたちは三角錐のように繋がりあいながら、それぞれの足でそれぞれの下半身の脂肪を点検しました。


 するとわたしの元下僕の土踏つちふまずにそれがありましたので、彼を逆さ吊りにして燐寸マッチの部分でそこを押さえてみましたら、芽が顔を出しましてみるみる内に一輪の朱色の花が咲き、彼はすっかり根茎になってしまいました。わたしたちはその花を剪定せんていしながら大切に育てていたのですが、またわたしたちの王国に革命が起こりまして、今度はわたしが一人と一輪を統制する身分になりました。


 わたしの親指はすっかりふやけてしまいましたので、今度は人さし指にむしゃぶりつかせていたのですが、彼女の舌は思っていたよりもざらついていて気持ちよくはないのです。よってわたしは彼女を王国から追放したわけですが、するとそれに怨みを抱いたのでしょう。わたしと一輪の朱色の花が眠っている隙に王国へ侵入し、わたしを茨の鞭で縛り上げてしまいました。よってこの王国は再び彼女の統治するところになりまして、わたしと一輪の朱色の花は彼女のために日々重労働を強いられています。


 ところで前送ってもらった新聞の記事ですが、あなたは不親切ですね。翻訳されていません。ですので、辞書を突き合わせてわたしが翻訳する羽目になっています。現在、半分ほど翻訳したのですが、なぜこれほどまでに淫靡いんび醜聞スキャンダルとしてわたしたちの日常が描かれているのか不思議です。一体、わたしたちをなんだと思っているのでしょうか。わたしたちは至って真剣にこの王国を運営しているのです。変なレッテルを貼るのは勘弁願います。…………


 以上、二木の遺稿の一部


     *     *     *


 記憶の中の灯夏へ

 しかして夜ノ於月ノ麓よるのつきのふもとにおいて難陀婆羅ノ涙なんだばらのなみだ菩提樹ノ如樹液ぼだいじゅのじゅえきのごとく…………


 記憶の外の灯夏へ

 The life is the ongoing past.

 The past is one of the most a beautiful inferno.


 以上、二木の遺書の一部


     *     *     *


 筆者はこれから、二木の身に起きた、彼の人生における唯一の幸福を書いていくつもりでいる。

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