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二木が童貞を捨てたのは、そのためであった。
暮れの森 恋文隠す 砂日傘
童貞を失する前の彼の最期の句は、超越的存在へと返却された。
そして超越的存在は
二木は上から覆いかぶさるようにして莉緒の唇を貪った。莉緒は貪られる悦楽よりむしろ、貪らせているということへの承認欲求の方に愉悦を感じていた。
* * *
続附 筆者は、二木と莉緒の話から、莉緒と鹿島の話へと繋ぐ方法論を、後に提示するつもりでいる。
* * *
二木は、二度と莉緒を後ろから抱くべきではないと思ったし、彼女を背中越しから慰める役割を担うことができるのは、彼女の将来に対してそれなりの責任を持つべき人物であろうと考えた。そしてもし自分が莉緒のように、後ろから慰められたとしたら、一種の悟りめいたものを開くのではないかと、やはり思った。
二木はむかし、灯夏を初めて抱いたときに、彼女に抱かれているという感覚がしたのをおぼえていた。彼女はこれから何人の男を抱くことになるのだろう。どれくらいの男が彼女を抱いているという実感を得られるのだろう。
そんなことを考えているうちに、二木はあっけなく果ててしまった。
これは昔のはなしである。二木の父親は彼のための投資として本を購入するお金を惜しまなかった。そればかりか、一カ月のうちに五万円を費消できず、かつ翌月までに五万円分の本を通読しなかったとき、この父親は非論理的な筋道から導出した不合理な言葉で我が子を叱った。
しかし二木は
彼は功利主義もプラグマティズムも分析哲学も、それがなんであるかの概要を高校生のときには知っていたが、哲学者の名前を同級生の前で言うことはしなかった。家に友達を呼ぶことも避けた。活字が苦手なふりをしていた。
将来への投資という名のエナメルを剥がせば、そこにあるのは装飾品としての社長の子息像で、二木はそれに反抗しなければならなかった。そして同級生たちと交流していくうちに、自分のことをみじめに感じだした。
しかし二木は、隣の芝生に憧れると同時に、そこへと飛び込んでしまわない、いわばもどかしい状態に身を置くことこそが、生きることの唯一の動機になるという哲学を見出してしまっていた。
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