25
鹿島は、暮れゆく日のなかで、ひとりぼっち、霊妙な音を立てる海を眺めながら、灯夏のことを思い出していた。
あれから、何人もの女性と身体を重ねてきた。しかし、灯夏を抱いたあの日の晩が、一番美しいもののように感じるのが常だった。房事のあとには、とくに。
もしかしたら、痛切で行き場のない彼女の寂しさを一緒に抱いていたからなのかもしれない。
恋しくてたまらないのだ。灯夏をもう一度、自分の
* * *
莉緒は、明けゆく空をベランダから眺めながら、新しい恋をしたいと思った。
泥沼に咲く一輪の
とするならば、散らかっている部屋のなか、あの営みのためだけに清潔に見せかけたベッドの上で、腹をかかえて眠っている裸のオトコと、どのように決別してしまうかを考えなければならなかった。考える?――考えるまでもない。こう言ってやればいい。
「わたし、反カメレオン主義なの、本当は。あなたの愛撫の技巧は、慰撫をまったく与えていないのよ、実はね」
莉緒は、爽やかな風を感じていた。ひさしぶりに。人間から発せられる息には、いくらかの唾液が含まれている。この風には、あらゆる非物質と観念が、無秩序な調和を保ちながら、ほとんどの意味や定義を藪の中に隠している。なんて、爽やかなのだろう。
* * *
その日の放課後、家とは反対の方へと歩いて行き、公園のベンチに座っていると、彼の学校の制服を着たオトコがふたり、声をかけてきた。
このオトコたちとは違い、マジメな彼のことだから、まだここに姿を見せないことだろう。
そう思うと、灯夏はより心細くなって、その場から逃げだした。公園を出ようとする彼女の両側を挟みこんで、ふたりは、あれこれ話しかけてきた。
なぜ、裏側の出口を選んでしまったのか。右に行こうが、左に行こうが、公園の反対側には、田んぼしかない。これは、謀略だったのだろう。だれか、助けを求められるひとが、歩いてこないか。
彼と落ち合うはずの場所から、どんどん離れていく。いま、振り返って公園に戻ったら、彼がいるかもしれない。でも、彼はきっと、このふたりに立ち向かうことだろうし、そうしたら、彼はもう、あの高校で自分の居場所をなくしてしまうに違いない。
居場所がなくなることは、なによりも、苦痛なことだ。残酷だ、悲劇だ。
灯夏の人生は、居場所を求めること――居場所があるということを確認することに、費やされてきた。それは、このときだけではない。
* * *
三) 作者は、ハーフナー・ヴァン・デ・ホン・エッゲンシュタイナーと
四) しかし、鷺と彼女との関係を書くには、まだ、前提となるいくつかの事件を記述する必要がある。
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