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 灯夏はその日、ホテルの一室にひとりでいた。ひとりで?――思い返せば、ホテルというものを、ひとりで使するのは、何度目なのだろうか。


 灯夏は次の日、ある一篇の小説を見つけた。見つけたというより、見出したといった方が、正しいのかもしれない。


     *     *     *


「朝のことを、昼のように思える、夜があればいいのに、なんてね」

「詩人でもないのに、詩人になってしまうのは、いまが明け方だからだよ」

「明け方は、朝と夜、どっちなのかしら……」

「夜と朝のどちらかが、性的関係を結ぶ妄想をした結果、そんな概念が生まれたと考えた方が、詩的かもね」


     *     *     *


 日中には推敲をしていないのであろう、こんな文章を、いつでもだれでも読むことのできるところに掲載してしまうその感覚は、無鉄砲さは、健全な自我は、ほんとうに、ばかだと思う。なに一丁前に、イかせられる男のように自分を描いているのだろう。

 こんな会話をした覚えはないこともない。不満足な夜を終えたあとのことだった気がする。それを、わたし以外の読者はしらない。

 いま、灯夏がしなければならないのは、孤独のままでいることに、いつまで耐えることができるかという、再帰的な実験めいたことである。

 灯夏は、ふと、カーテンを開けてみた。夜のなかに透けて見える雪を感じた。ひとりで慰めようという気持ちが氷結してしまった。

 月が見える。半月だ。星も見える。星座は見えない。


     *     *     *


 鹿島は、莉緒の母との密会を重ねるたびに、由紀との関係が冷え切っていくのを感じていた。それは、由紀が、鹿島の不倫を察しているからというよりは、いままで自分に使われていた語彙が、変質しはじめているのを認めだしたからだ。


 眠れ、眠れ

 世紀末が終わるまで

 目覚めたときに、きみは

 新しい時代の空気を吸うだろう

 枕を新しくしようと

 財布のなかみを思いだしたりしながら


 カレン・オーの詩は、由紀の憂鬱を吹き飛ばすには、あまりにもアイロニカルだった。

 そして、こう思う――自分だって、アンモラルな行為を、彼の認識の外延でしている……、などと。


     *     *     *


 自分のことばかり考えている権威は、苦しんでいる若手に、いずれ後ろから刺されるでしょう。比喩ですよ、もちろん。でも、それくらい恨むものです。わたしは、もうすでに成功している人たちの不用意のせいで、散々、苦しめられましたから。

 だからわたしは、これから作家になろうとしている人たちのために、自分を犠牲にしてまで、行動しようと思っているんです。わたしの心身には、その責任が重くのしかかっているような気がしていますからね。


 ハーフナー・ヴァン・デ・ホン・エッゲンシュタイナーから…………

 親愛なるわたしの同志であるSagiへ。


 PS. また、マホガニーの机の上に、白ワインのボトルを二本、対角線上に置いて、語りあいましょう。そのときだけ、わたしをハフと呼んでくださってけっこうです。

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