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彼女は、音楽のジャンルを分類するということは、包丁で豆腐を切っていくようなものだと、考えていたころもあった。或いは、ネギをみじん切りにするようなものだとも、――でも、本当は、音楽のジャンルはすべて、ひとつの円環した地平において、平和に共存しているのだと、あるときに気づいた。ドーナツのような、地平に。
以下、彼女の手記の抜粋を掲載する。なお、仮に彼女が、将来、だれかと論争をするようなことがあれば、筆者は、詳細な注をつけ、この手記の全容を出版したいと考えている。……
× × ×
【八月二十六日】
ハードコアとクラシックは、ドーナツの中央の空洞を介して、
しかし、この地続きの音楽の地平において、平和に共存しているのだ!
【八月二十七日】
そして、……このドーナツ状の音楽世界(ナラティヴ)の外には、音楽という概念は存在しない。
宇宙の外に、宇宙と言えるものがないように。
【八月二十八日】
よって、……新しい音楽なんてものは、ドーナツ状の音楽世界、――限定された空間においてしか生まれることはない。
ほんの昔に抱いていた、音楽の概念を覆すという野心。音楽の概念がないところに、音楽はない、というにもかかわらず、抱いていた、野望。
【九月三十日】
音楽でないものと、音楽との性交は、ワンナイトラブに過ぎない。
(ここに、台形の面積を求める計算式と台形がかいてある。しかし、その計算式を記したとしても、彼女がかいた整然とした台形のイメージを想起させることはできないだろう。いつか、彼女の手記が印刷された際に、参照されたい……)
彼の書いた譜面のアウラ、……路線図のない真っ白の看板を、わたしは愛せないように。
(ここに、I do not can(ママ) speak "alien language." と書かれているが、その意は不明。彼女が有名な作曲家になり、将来、(再)評価された場合、論文、論考、陰謀、噂……などが出回ると思われるので、そちらを参照されたい)
× × ×
この家に産まれた以上、彼女は、そのような思考に行き着くしかなかった。家計図が譜面である以上、彼女もまた音楽であり、音楽的な要素を有しない他人と関わることは、許されない。
伝統だの慣習だのというものは、しらずしらずに、彼女の生き方、彼女が為す人生上の選択を、規定してしまっている。――だからこそ、彼女は、UFOに連れ去られることを、待ち望んでいた。
そして、だからこそ、――彼は、彼女にとってのエイリアンであり、と同時に、救済の手を差し伸べる超越的な存在でもあった。もちろん、彼が、彼から、彼女を略奪するという行為は、道徳的に、或いは倫理的に、断罪される可能性の余地を残している。
けれども、彼と彼女にとっては、略奪-被略奪、いわゆる不倫的なるものは、プラトニック・ラヴとして正当化されているらしい。
――――――
ところで、あの彼女はいま、アフリカにいる。アフリカ、アフリカの、或る国、或る国に、……
(以下、その或る国を仮に「Q・X」と表記したいと思うが、特定の国、地域、村落、……また、それらの異名を想定しているわけではないので、ご注意されたい)
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