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 朝陽の昇らない朝を朝と呼べるのは、言語が動態だからだが、拭いきれない体液の残滓ざんしを名指す単語を辞書に持たない不幸を覆い隠すことはできない。


「シャワーを浴びてくるわ」


 灯夏は自らに付着した二木の散種を、洗い流したくてしかたがなかった。性交の技術と性交の愉楽は、等号で結ばれない。なぜなら、技術は目的であり、一方で、愉楽も目的であるからだ。


 性交は目的が衝突するという近代の宿命を内包しており、それは、近代より以前からも摂理だった。


 故に、性交は、ごく限られた時間にしか堪えきれない整合性の擬制しか持たない。だから二木は、自慰を止めることはない。毎日のように、だれかと肌を重ねていたとしても。


「絶倫ね」

「そもそも、人間は均質じゃないんだよ。性的一般意志なんてないし、性教育は権力が性をコントロールしているだけだし。で、おれみたいな性欲のあり方を、異常なんだと洗脳してんのよ」

「でも、あなたはつのでしょう。あれだけやったのに」


 灯夏はベッドに腰をおろして、二木の行為を隣から見つめた。


「手伝おうか?」

「黙ってな。これから宛先のない郵便物を見れるから」


 宛先のない郵便物――それは、床に落ちた白い液体だった。二木はティッシュで後処理をしながら、七時を過ぎたばかりの時計を見た。


「どうする?」

「これからのこと?」

「そう」


 灯夏は、配達されなかった郵便物を一瞥して、二木の唇を塞いだ。それは、永遠の別れの消印だった。


   ――――――


 一夜の営為のあと、全身の痙攣けいれんの感覚がいまだにひかないままの由紀は、鹿島に言った。


「あなたが、だれかとしているところを見たくなった」

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