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 まず、ここで、あることを確認しておかなければならない。


 それは、鹿島が発する言葉にかんしてである。


 鹿島の言葉は、事実をありのままに述べていたかどうか。言い換えるならば、そこに演技は含まれていなかったかどうか。


 答えは明らかである。鹿島から灯夏へと、そして由紀へと、もしくは、この物語に描かれていないだれかへと向けられた言葉は、演技が多分に含まれていた。


 鹿島のみならず、ひとの言葉なんてそういうものではあるが。


 鹿島の後ろに座る女性が、言語行為論の本を読んでいなければ、こんな導入にはならなかった。


 だが、覚えておいてほしい。この女性は、いずれ、鹿島を破滅させようとする。しかし、そのとき、鹿島を救うことになる。




 新幹線を降りた鹿島は、地下鉄に乗り換えた。そして、由紀と待ち合わせをする予定の場所の最寄り駅に降りたところで、逃げる男の足をひっかけた。よろけた男の左手をとり、羽交い締めにして、離さなかった。


 男が警察に引き渡されても、少女は泣いていた。ベージュ色の服に栗色のベレー帽をかぶっている。「△△大学の学生」とのことだが、たしかに、大学生のようにしか見えないと、鹿島は感じた。


「ありがとう、ございました……」

「うん」

「こわかった……」


 鹿島は、よこしまな気持ちを抱くことはなかった。しかし、彼女の脳裏からすぐに消える存在にはなりたくないと思い、記憶に残りそうな一言をかけようとした。だが、いまの鹿島は、を持っていなかった。


「おにいさん、かっこよかったです」

 少女は、鹿島の胸のあたりを見ながら、おどおどとした声で、そう投げかけた。

「きみは、濾過ろかがうまいね」

 鹿島は、そんなことを言った。


 灯夏は正直だから、そんなお世辞は言ってこない。


 少女は、鹿島の機嫌を損ねてはならないと思っているらしい。正義のひかりは、反論の有無を与えず、ただ賞賛を強いる。ただし、正義は資本主義と、その深層において同義である。いずれ、たくさんの人々を貧しくさせるかもしれない、ということにおいて。


 そもそも、独裁者だって、賞賛を強いるものだ。威信を傷つける者があれば、弾圧する。独裁者が独裁を続ける理由なんて、ひとつしかない。独裁を放棄すれば、命の保証がないからである。だから、賞賛は延命の手段にほかならない。


濾過ろか……」

「うん。意味はわからなくていいさ」


 鹿島はそれだけを言い残して、多様性の象徴である夜の交差点を、斜めに渡っていった。




 鹿島の後ろの座席にいた、あの女性と同様に、この少女もまた、この物語にとって不可欠な存在になる。


 ところで、前話と同様、筆者は、あまりにも物語に介入している。直接、読者に語りかけている。


 しかし、演技であふれた創作において、これから登場する人物を予告するためには、事実をありのままに述べているということを、保証するしかない。だからこれは、物書きとしての体たらくではなく、言葉の構造がそうなっているのだからしかたがないことなのだ。


 最後に、もうひとつだけ、事実をありのままに書いておこう。


 鹿島と由紀は、明日の夜、ようやく合一する。

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