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灯夏はブラジャーをベッドの外に投げると、鹿島の首に抱きついた。そして、「もう、興奮しなくなった?」と、耳元で囁き、「言ったでしょう。わたしはカメレオンみたいに性癖を変えられるの」と笑み、口紅を残さなかった。
しかし鹿島は、自らの意志がなくとも、生まれる前から宿命づけられていたかのように、灯夏の裸を見ると反応せずにはいられなかった。
鹿島が押し倒したのか、灯夏が引き込んだのか、わからない。ふたりは、月の光のたもとのベッドの上で、兎より幻想的で、横顔より衒学的な、折紙では作れない形のクレーターを成した。
鹿島と灯夏の営みが終わるためには、ベッドの外へと逃げだす理性を、あまりにも必要としていた。それは、蓮の上の蛙が、自由を欲して水に飛びこむことと似ていた。
ふたりは、手を繋ぐということをしてこなかった。なぜなら、倫理的に純潔でなければならないという機制に襲われてしまうことを、怖れていたからだ。
しかし今日、肌寒い、昼の商店街を、ふたりは手を結びあって歩いた。家庭的で、常温の塊であるこの一本道を、夫婦然として歩くことは、なにより背徳的なはずであるが、ふたりは指と指を絡ませあいながら、出口を抜けた。
「純粋な愛?」
「ううん。愛の純化」
「じゃあ……」
「そう。わたしたちは、濾過されたの」
ふたりは商店街の向こうの下町を歩いていった。
「ここにしようか?」
「本当にそう思ってる?」
商店街に入ってから、ふたりは目を合わせていなかった。しかしこのとき、鹿島と灯夏は見つめ合い、その
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