「この服、似合うかしら」


 灯夏は、鹿島が好きな色と嫌いな色を混ぜてできる色に、白を足した色の服を、自分にあてて見せた。


「どうだろう」


 鹿島はあいまいな返事をした。由紀の表情がちらつくのだ。心臓がどくどく鳴るのを、一日中、聴きつづけているかのような、不愉快。しかし、不愉快を感じることが、生きていることの証左にほかならない。ひとの宿命。快は、生命への認識を殺す。


 納得のいく返事がこないからこそ、灯夏は、鹿島をからかいたくなった。鹿島の耳に、妖しいひかりを漂わせた唇を寄せて、「じゃあ、この服をあなたの雄でけがしたいと思う?」と訊いた。


 世界は有機的なシステムで構築されてと信じる者が、生態系をコントロールできると過信するように、灯夏は、鹿島との関係を、永久凍結された知恵の輪のようなものに変化させ、南極の海に放りこめると思っていた。


 しかし、鹿島は、ダーウィニズム的に世界をとらえていた。つまり、世界は有機的なシステムではなく、偶然性により構築されてのだと。だから鹿島は、灯夏の肩をそっと離して、「似合いすぎているから、似合っていないよ」と言った。


 鹿島が財布をだしたところで、灯夏は、「わたしが払うわ」と言った。


「痕跡、残したくないでしょう?」


 樹にくくりつけられた詩人が、何ヶ月、詩を作りつづけることができるかを試しているような、数時間。鹿島は由紀にだけ向けてきた言葉を、反則球にかえて、灯夏のグローブへと放る覚悟ができたはずだった。


「三人でしたいの?」


 灯夏は、革命により熱帯雨林に葬られる直前の、専制君主のような笑みをした。


「決められないのね」


 赤道にナイフを入れて地球を二分割するように、関係を切ることができたならば、どれだけ楽なことだろうと、鹿島は思った。


 灯夏の肉体と半裸で合一しながら。

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