第98話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~13~
「端々に変な違和感はあったのよね。戸籍ロンダリングとかチートとか。こちらに無い単語を理解してた感じだったもの」
そして決定的だったのが、《善は急げ》だ。
こちらにも諺はあるが日本とは言い回しが違う。《三人寄れば文殊の知恵》ならば《二つの頭は一つよりまし》とか、《七転び八起き》ならば《雑草は死なない》とか。
似たような意味であれど言い回しは全く違う。まんま同じ言葉は有り得ない。
探索者ギルドの紹介で宿をとり、部屋に案内された二人は、何故かベッドに正座で座り向き合っていた。
じっとりと眼を座らせるシャスに、フローレはシャバシャバと眼を泳がせ、絶賛クロール中。
「やー.... なんつーかね? あたしはシャスみたく領地に貢献出来る知識も技術もなくてさ? うん。ある意味、正しく帝国国民だったわけよ」
「うん」
「変わり者にもなれなくてね。侯爵令嬢だったしさ? 外面磨いて、裏で魔術の研鑽する鉄壁の猫被りでね?」
「.....で?」
「猫剥がし忘れたっつーか、剥がせなかったっつーか」
しどろもどろな話を纏めると、君子危うきに近寄らずだったらしい。
自分の身バレを恐れ、成り行き任せに傍観を決め込むつもりだったが、日に日に痩せ衰え、虐待まで受けるようになったシャスベリアを見て見ぬふりが出来なくなったという。
高位貴族であるがゆえに、ラルフローレは帝国の女性がどれだけ軽くみられるか知っていた。
貴族であれど、子爵位など王族から見たら平民と変わらない。命の価値が格安バーゲンセールなこの異世界で、シャスベリアが辿る運命は火を見るより明らかである。
何とか皇子を宥めようと努力したが、結果を出す事に躍起になっている皇子は聞く耳を持たず、売り言葉に買い言葉で皇子と決裂し、逆に陥れられてしまった。
そうなれば、もはや外聞も何もかも、どうでも良い。
日本人の逆境魂炸裂である。壁が立ちはだかるなら粉砕するのみ。
地に落ちた名誉など踏み台にして人生勝ち取ってやるわ。ついでに皇子に一泡ふかせて、二人で逃げたろ♪
と、逃亡前夜の侯爵令嬢らしからぬ大胆な行動に出たらしい。
「知らぬ振りで見捨ててたからさ。最後まで動けなくて、シャスがズタボロにされてから助けたって意味半減だし。なのに、シャスは心底感謝してくれてて、いたたまれないっつーか。今更、同郷です~とか言い難くてさ。....ほんと、ごめん」
かばっと土下座するフローレを慌ててシャスは引き起こす。
「確かに辛かったし、殺されるんだと覚悟もしたわ。でも何もしなかった貴女を悪いとは思わないわよ?」
よくイジメを黙認するのは加害者と同じだと言われるが、シャスはそうは思わない。
君子危うきに近寄らずは正しいと思う。
何故にやっかい事をわざわざ招かねばらならないのか。本人が好きでかざす正義感なら文句もないが、ただの社会的道義心ならば、個人の自由だろう。
誰だって揉め事に首を突っ込みたくはないし、加害者と被害者の問題は当事者同士で解決すべきだと思う。
それが出来ない者もいる。そんな弱者に手を差し伸べようとか、御高説をたれる輩もいるが本末転倒。
加害者が反省し、被害者が心を強く持たねば、結局は変わらないのだ。
多数の正義が集まり、加害者を数の暴力で押さえつけて被害者が救われたとしても、加害者が心を入れ換えてなくば、別の被害者が増えるだけ。焼け石に水。
被害者も、守られ、その時は難を凌げても、心を強く持ち、立ち向かう勇気を育まねば、どこかで再び新たな被害者になるだろう。
誰も人様の人生に責任は持てない。
本当にするべき事は道徳心を養い、加害者に罪の認識をさせる事。被害者に立ち向かう勇気を持たせる事。
なのに、何の関係もない周囲の傍観者が悪く言われる地球世界の現状。世界の全ては自己満足で回っている。イジメも正義感も。ようは民主主義の多数決だ。
イジメに耐えられない、立ち向かう勇気もないなら逃げれば良い。自ら逃げない選択肢を選んで自殺する人々の心境こそがシャスには理解出来なかった。
自ら加害者の前に立ち、自ら追い詰められ、自ら命を断つ。
究極的マゾヒストではないかと錯覚すら覚える。
専門家は、逃げようとか考えられない精神に追い込まれる状況など、色んな見解を持ち出すが、ようは本人にその勇気がなかっただけである。
逃げたらどうなるかとか、最悪を考え、自らを追い詰める。殴られる? 蹴られる? そんなん逃げたら関係ないじゃない。
何故に自分が自由である事を忘れているのか。溜め息しか出ない。
シャスの考えはいたってシンプルてある。
全ては自己責任。
親に虐待される幼児とかなら逃げようがないのも、まだ分かる。親が育児放棄し義務を果たさないうえ、逃げる術も知らない子供らなら、他者の庇護が必要であろう。子供は大人に守られるべき物だ。
しかし成人済み、あるいは成人近い者らすら同じように、力なく右往左往するのは如何なものかと思う。
自分はいざとなったら逃げようという気概はあれど、逃げ出すべき体力がなかった。
さらには離宮に閉じ込められ、屋敷の周囲を兵士達に囲まれ、絶体絶命の状況に置かれた。
しかもここは異世界だ。人の権利も命も一片の花弁より軽い。地球世界の理念など欠片も通じない。
死の概念に満々ちた貴族社会で、皇子に歯向かい、シャスに手を差し伸べようとする者など誰も存在しなかった。
.....ただ一人を除いて。
シャスは、ごめんねごめんねと謝るフローレに、何とも言えない暖かさを感じる。
あの絶体絶命の状況に、シャスは死を覚悟した。しかし、ただで死んでやるものか。絶対に皇子に一泡吹かせてやる。そう考えて日々を過ごしていた。
なのにまさかこんな事態になるとは。
究極の王手である。これでシャスが何かやらかせば、累は実家にも及ぶ。一矢報いる事すら出来やしない。
絶望したシャスにさした一条の光。それがフローレだったのだ。
ただ居なくなる。それだけで皇子には大打撃だろう。逃げたのか、拐われたのか、始末されたのか。皆目検討もつきはすまい。
周囲を鉄壁に兵士が見張っていたため、フローレは風魔法で屋根に跳んだ。
そこからは明らかに外部からの侵入の痕跡が残されている。この一連の状況は、皇子にシャスが拐われたのだと判断させたはず。
これなら実家に累は及ばないし、シャスに罪も問われない。
彼女は不安げに自分を見上げているフローレを、思わず抱き締めた。
「本当に感謝しているわ。貴女がいなかったら、わたくし間違いなく死んでいたもの。ありがとうフローレ」
心からの本心。
二人は自由をあらためて実感し、しばらく抱き合ったまま泣いていた。
一歩間違えば死が隣り合わせの異世界で、ようやく安心出来る場所に辿り着いたのだ。
これからは好きな事をして、ゆったりと人生を送れる。
感極まる二人を嘲るかのように、オカンの元へ一通の書簡が届く。
それは帝国からの捕虜引き渡し要請と、侯爵令嬢を迎えにゆくとの先触れだった。
「ん~。どうすべかなぁ」
思わぬ内容にオカンが天を仰いでいるとも知らず、亡命してきた二人は、自宅を建てるために原生林を開拓していた。
無邪気な笑顔の二人に、少しずつ帝国の魔の手が忍び寄る。
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