第97話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~12~


「あの....ドラゴン様でよろしくて?」


『うむ。我はエンシェントドラゴン。悠久を司る者だ。この姿は分身だがな』


 なんてことでしょうっ、まさかの原始の竜ですわっ!!


 フローレは感激で胸が一杯になる。


 魔術を志す者にとって、その始祖たるエンシェントドラゴンは神にも等しい存在。原始の竜が魔法を人々に分け与えたというくだりから魔術の歴史は始まるのだ。


 男尊女卑の傾向が強い帝国において、婦女子が高い魔力や複数の属性を持つことは喜ばれない。


 それ即ち縁談の選択肢がなくなるからだ。


 前述したように男性上位の帝国だ。己より高い能力を持った娘を嫁にとろうなどと考えるはずもなく、身分が高くば王族の伴侶にもなれようが、身分が低いうえに能力が高いとなると、まず婚姻は絶望的となる。

 フローレは幸い侯爵家の娘であったため、魔力が高くとも第三皇子の婚約者に収まれた。

 だからと言って手離しで喜べる訳もなく、魔法学園に通いながらも真剣に学ぶ事は出来ない。

 実力が上がってしまうと、生徒はもちろん、教師からも良い顔はされない。女は男より劣る存在でなくてはならない。

 だからラルフローレと両親は、立志式で鑑定された娘のスキルを隠した。

 光属性に特化した治癒魔法しか使えないと。

 婦女子が司教クラスの六属性を所持するなど、帝国においては害悪意外の何物でもないのである。


 しかしフローレは魔術が好きだった。


 学園の成績は程々を維持し、独学で魔術を学び続け、社交界デビューするころには見事六属性魔法を操る才女となる。


 無論、大っぴらにはしていない。


 にっこり笑って、学園では治癒のみを学んでいる振りをした。

 攻撃力に直結しない治癒魔法だけは、女性に特化型が多く、能力が高ければ聖女として称賛される。

 第三皇子はラルフローレを大切にしていた。

 皇家に嫁ぐならば聖女の称号は歓迎されるし、それを傍に置くことは人々への良いアピールになる。

 侯爵令嬢として高い教養を持ち、美しいラルフローレは類稀な能力を持つ聖女でもあり、皇子の自尊心を大いに満たしてくれたからだ。


 だがそれも別の価値を持つシャスベリアが現れるまでの事だったが。


 魔術をこよなく愛し、独学で六属性を操れるほどまで勉強してきたラルフローレにとって、今回の国外追放は渡りに舟。

 シャスベリアを救いたいという気持ちから始まった事件だが、最悪な結果と思っている周囲と違い、ラルフローレ本人は脳内ガッツポーズである。


 さらには伯父からの情報。


 秋津国は高い文化のみならず、高い教養と魔術知識をも持っていると。

 身分も老若男女も関係なく魔術を学べると。

 これにひゃっほいせずにおられようか。

 前時代的な風習の帝国で生まれ育ったラルフローレには、伯父の話す秋津国が夢の楽園に思えたのだ。


 そして、それが現実であった上、目の前には伝説のドラゴンがいる。


 自分が生まれる前にドラゴンの住まう国は滅ぼされ、すでにドラゴンは姿を消してしまっていた。

 どれだけラルフローレは皇帝陛下を恨んだ事か。

 悠久を司る原始の竜。実在していた伝説に、数十年のタイムラグで会えなかった切なさよ。

 成長し、事実を知った時には血の涙を流したラルフローレである。


 その竜が現在目の前にいた。


 ラルフローレ改め、フローレは恭しく膝をつき、熱っぽい眼差しでドラゴンを見つめた。


「お初に御目にかかります。今日より秋津国国民となった、フローレです。これより幾久しく魔術の御教授御願いいたしたく存じます」


『うむ、良かろう。そなたは素養も高い。はげめよ』


「はいっ!!」


 うっそりと笑うドラゴンに破顔し、フローレの頭の中は祝福のラッパが鳴り響いていた。


 しかし、脳内御花畑な至福の時にリュートが水をさす。


「それは後回しでしょう? まずは探索者ギルドで登録して、滞在場所と仕事の予定をたてないと。行きますよ。失礼いたします、ドラゴン様」


『おお。それは大事じゃな』


 リュートは嫌がるフローレを引きずるように講義室から出ていく。その後ろで申し訳無さげなシャスがペコペコと頭を下げていた。

 興味の赴くまま嵐のように飛び回っていた少女を見送りながら、部屋の中の人々は不可思議な既視感を覚える。


 .....妹様に似てね?


 漠然とした感想だが、人々のみならずドラゴンすらも同じ事を考えていた。




「あたくし、魔術が学びたいのですわぁぁぁあ、そのために秋津国に来たのですぅぅっ」


 リュートに引っ張られながら、フローレはメソメソと泣いている。リュートは、それに小さな溜め息をついた。


「今でなくても良いでしょう? これから時間はたっぷりあるんですから」


 まずは仕事を完遂せねば。リュートは幼女から二人の案内を仰せつかったのだ。せめて終わってからにしてくれ。

 初めて見る貴族の御令嬢に、やや身構えていたリュートであるが、蓋を開けてみたら子供みたいな娘である。

 やれやれと肩をおとしつつ、リュートは二人を連れて探索者ギルドの中へ入っていった。


「ここがギルド....」


 探索者ギルドは厳つい石造りの建物だったが、中は小綺麗で、広く取られたカウンターが複数並んでいる。

 それぞれにクエスト受注や買取り、職業斡旋など色々な看板がつけられていた。

 その内の一つ、案内カウンターへリュートは二人を連れていき、新規の移民だと説明する。

 カウンターには年配の女性がおり、慣れた手つきで背後からファイルを取り出して二人の前に開いた。


「私はギルド職員のマーサと言います。ようこそ秋津国へ。まずはギルド登録ですね。こちらに必要事項を書いていただき、このクリスタルに手をおいてください」


 言われるがまま二人は紙に記入し、クリスタルに手を置く。するとクリスタルが数回瞬き、小さな輝石がコロンと落ちた。

 それをマーサはギルドカードに嵌め込み、二人に渡す。

 二人の瞳と同じ色の輝石が嵌まった三角のカードには、それぞれの名前と等級が書き込まれていた。


「その輝石には貴女方の詳細情報が入っています。本人にしか使用不可能で、金銭のやり取りや討伐記録、クエスト状況など多岐に渡り使用します。絶対に無くさないでください。紛失した場合の再発行には金貨一枚の罰則がつきます。御注意を」


 マーサの説明を受け、二人は不思議そうにカードを眺めた。


「その輝石は貴女方の魔力で動いています。万一貴女方が亡くなった場合、輝石からは色が失われ、死亡が確認されます。なので常に身に付けておいてください」


「わかりました」


 二人は真顔で頷き、カードを懐に仕舞おうとする。それを止めて、マーサは箱を取り出した。

 その箱には、様々な長さの鎖や革ひもなどが入っている。


「これはサービスです。カードを無くさないよう首に下げるなり、腰に結わえるなり出来るよう好きなのを選んでください」


 マーサに言われて、それぞれ二人は長めのチェーンを選んだ。それにカードを通し、首から下げる。


「もし金子を御持ちならギルドで預かる事が可能です。輝石同士を合わせる事で金銭のやり取りが出来ます。大きな金額を動かすのに便利です。盗難防止にもなります。輝石の中の情報は、魔力を流す事で確認出来ます。本人の魔力にしか反応しないので安心です」


 言われて二人はカードの輝石に触れてみた。

 するとヴンっと音をたてて青いプレートが現れ、そこには白抜き文字で二人の簡易ステータスと所持金等の情報が記されている。

 思わず、おおっと呟く二人に微笑み、マーサは新たな新人探索者を歓迎した。




「無料の難民ハウスと宿屋。あとは部屋や家を借りるか買うかですわね」


「当座を凌ぐなら宿屋とかも有りだけど、ここで暮らすのですもの。借りるか買うかのが宜しくなくて?」


 あれやこれやと相談する少女らに、通りがかった職人が声をかける。


「新規の移民かい? ここは自力で開拓した土地は所有出来るんだよ。建て売りを買うのも良いが、自分で好きな場所に一から建てるのもありだぜ?」


 日に焼けた顔でニカッと笑う職人に、二人は眼を見張った。


「そんな事が出来ますのっ?」


「出来ますよ。この国は元々開拓村でしたから。未だに土地は余りまくっています。開拓して頂けるのは大歓迎です」


 詳しく聞けば、荒野や原生林などの土地を開拓し区画整理中だという。それらに参加して区画を貰えば、好きに家を建てたりしても良いらしい。


「なんてことっ、ここまで自由な国だったなんてっ」


「学ぶも自由、働くも自由、身分も差別も偏見もなく。....本当に自由気ままな国ですわね。前世の日本であっても、ここまでではありませんでしたわ」


 感嘆に眼を見開き、二人は茫然とする。

 そして顔を見合せ、悪戯っ子のように、ニヤリと笑った。


「ここまで御膳立てされているのですもの」


「ええ、建てる一択ですわよねっ!!」


 手を取り合って、キャッキャとはしゃぐ二人の少女に、探索者ギルドの面々も、教会の人々と同じ既視感を感じていた。


 .....妹様に似てる。


「そうとなれば、善は急げですわっ、宿屋に荷物を置いて、区画を頂きに参りましょうっ!!」


 力拳を握るフローレの言葉に、シャスは以前掴み損なった違和感を改めて掴み取った。

 信じられない眼差しを彼女に向け、シャスは震える唇で言葉を紡ぐ。


「フローレ....貴方、日本人ね?」


 途端、意気揚々としていたフローレが固まった。


 そして、ぎぎぎっと人形のように振り返ると、情けない顔でシャスを見つめる。

 その瞳を見て、シャスは己の考えが正しい事を確信した。


 その瞳には、バレた? と言うフローレの困惑がありありと浮かんでいたからだ。


 眼は口ほどに物を言うとは良く言った物である。

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