第79話 オカンと竜と青嵐 ~15~


 話し合いは謁見の間から王宮の応接室に移された。


 藤のソファーにジャガード織りのようなクッションが敷き詰められ、座り心地は悪くない。

 これも、手入れを考えたらコイル式なスプリングクッションが良いよなぁ。表面張り替えるだけで長く使えるし。帰ったら職人に研究させよう。

 ガラティアでも似たようなソファーだった事を思いだし、千早はスプリングクッションに需要を見出だしていた。

 そんなたわいもない事を考えているとお茶が出され、中央に菓子の乗った皿が置かれる。

 珍しそうに瞳を煌めかせた幼女に、国王は優しく眼を細め、菓子の皿を千早に近付けた。


「娘御か? 小さいな。血は繋がっておらぬのだろう? 何故かそなたに似ておるのぅ」


「魂の繋がりでしょうか。わたくしの姿形は耳以外前世とあまりかわりません。当然、転移してきた二人も以前のままです」


 なるほどと頷く国王様は、美味しそうに菓子を食べる幼子から視線を外し、真摯な眼差しでユフレを見据えた。


「正直なところ、そなたに去られるのは痛い。希少素材入手や今後の大樹の国の発展に大きな障りが出る。しかし考えは変わらぬのだろう?」


 溜め息まじりな国王に、ユフレは笑みを深める事で答える。揺るがぬ完璧な令嬢スマイル。

 国王は絶望的な眼で、視線を遠くにさまよわせた。

 そんな二人の殺伐としたやり取りに、何の気ない幼女の呟きが聞こえる。

 この干し果実、美味いな。


「そんなん秋津国から輸入したらええなも」


 部屋中の人間の視線が幼女に集まった。視線の集中砲火をものともせず、千早はあっけらかんと言葉を続ける。


「うちら来訪者組は踏破者だ。ミスリルやアダマンタイトくらい適正価格でナンボでも融通したるなも。お母ちゃんより慣れた専門知識のある職人も秋津国には売るほど居るから派遣したるわ。なんなら、こちらに無い技術もオマケしたるで?」


 にししっと笑う幼女に大の大人らは度肝を抜かれた。ユフレの知識だけでも規格外だったのに、それ以上がある??

 口にせずとも語られる疑問に、千早は宙に軽く指を滑らせて、インベントリから出した物を、コココンッとテーブルに並べていった。

 そこには右からミスリル鉱石、アダマンタイト鉱石、オリハルコン鉱石、蜂蜜、鶏肉、鶏卵、バター、チーズ、それらから作られた焼き菓子諸々。栽培に成功したイチゴや大根、ホウレン草など、こちらにはない収穫物も。

 並べられた見知らぬ品の数々を見て、人々の顔色が変わった。

 それを幼女は見逃さない。ニタリと口角を歪め、上から目線で吐き捨てる。ここからは商談だ。


「これはほんの一部なり。秋津国には、あんたらが知らない産物や技術がうなるほどある。お母ちゃんが世話んなったらしいし、国交を結んで提供するんも吝かではないなも」


「君の一存で、そんな勝手は出来ないだろう?」


「あ、言い忘れてましたわ。はーちゃん、秋津国の元首です」


「「「「「は?」」」」」


 千早親子以外の人々の疑問符が見事に一致した瞬間だった。


 こんな幼子が一国を統べる頂点??


 にわかには信じがたいがユフレが言うのであれば間違いないのだろう。


「ま、取り敢えず食べてみてよ。答えはそれからでも良い」


 幼女はインベントリから複数の小皿とフォークを取り出して、切り分けてある食べ物を盛った。

 戸惑う周囲のエルフらを余所に、国王は勧められるまま蜂蜜やイチゴを口にする。そして絶句。

 言葉もなく手を動かし、チーズやパウンドケーキ、フィナンシェと次々貪るように食べだした。

 感極まるようにじっと眼を伏せ咀嚼する国王の様子につられ、周囲のエルフ達も恐る恐る口にする。

 途端、眼を見張り、信じられないような顔を見合わせて、次には争うように手を伸ばしだした。


 無言の争奪戦を慣れた目付きで見守り、幼女は新たな取引先獲得に人の悪い笑みを浮かべる。


 はい。当然、大樹の国の完敗。


 ユフレの存在を補ってあまりある申し出に、一も二もなく国交は樹立した。お初だけど、毎度ありがとうございます♪


 至高の間の素材はあんまり帝国に流したくなかったんよな。今はガラティアとかにも売れるし、大樹の国でも扱えるなら万々歳なり。


 大樹の国は特に果物を求めてきた。イチゴに白桃、巨峰や杏子。品種改良されて、甘く大きな果実に心を奪われたようだ。

 現物プラス是非とも苗木が欲しいと、こちらがドン引きする勢いで食いついてきた。

 これらはイチゴ以外あちらから購入してきた物で、今回苗木を植えたばかりだ。


 .....巻き込むか。


 大樹の国は農業大国である。秋津国との収穫物の差異をはかるのにうってつけかもしれない。

 腹黒い思惑を無邪気な笑顔で隠し、幼女は快く苗木の販売も請け負った。


 そんなこんなで輸出入の品目や量を相談しつつ、秋津国としては、甘い糸を作る蜘蛛やガジュマルもどきな木の苗。樹海名産な特殊モンスターフラワーの花粉(掌サイズできな粉のような団子。濃厚な花の香りがして甘い)の輸入を申し出た。

 蜘蛛の輸出に少し難色をしめされたが、こちらからは牛の輸出が決まっていたので、しぶしぶ応じてくれる。

 どうやらチーズに胃袋を捕まれたらしい。

 細かい詳細を詰め、千早は最後に石柱をインベントリから出した。これが本来のメインである。


「これを国の外周に設置すれば良いのだな?」


「完全に輪になるように三十キロほどの間隔で設置してください。輪が完成せねば結界が張られません」


「承知した。速やかに設置させよう」


 国王陛下は満足気な顔で頷いた。


 ただならぬ不穏な気配で始まった謁見だったが、蓋を開けてみれば御互いに利害の合致する話し合いとなり、幼女も満足である。


 これではれてお母ちゃんと暮らせるのだ。思わず心の中でガッツポーズ。


 しかし、ニコニコ顔の幼女の脳裏に、いきなりシグナルが走った。石柱を使った通信の合図。

 訝しげに顔を潜めた幼女に親父様が首を傾げる。


『妹様、聞こえますか?』


 千早は目の前の石柱を持ち上げ魔石同士のラインを繋いだ。


「聞こえてる。どうした?」


 すると目の前の石柱からタバスの声が聞こえて、周囲の人々がギョッと眼を見開く。魔石から声? 何が起きているのか??


『大変です。教会に複数の来訪者が現れました。口々に妹を探しておられます。いかがしますか?』


 は? 複数の来訪者?


「取り敢えず西の難民ハウスに案内して。街の説明もね。急いで戻るから」


 そう言って通信を終えた千早に、エルフの一人がおずおずと話しかけてきた。


「今のは一体...?」


「申し訳ない。秋津国で問題が起きたらしい。すぐに帰国しないと。商品の受け渡しは後日連絡します」


 いや、そうではなく....と呟くエルフを無視して、千早は両親に経緯を説明し、国王陛下に軽く挨拶をする。

 そしてさらに問い掛けようとするエルフの目の前で、三人は音もなく消え失せた。


「転移魔法.....?」


 唖然としたエルフの呟き。それはいきなりの事態に凍りつく部屋の人々全員の心境を代弁していた。




 三人は秋津国の孤児院に転移し子供らに出迎えられながら、探索者ギルドへと向かう。

 直に転移しなかったのは、探索者ギルドには来訪者らが詰めかけていると考えたからだ。自分ならそうする。

 もし異世界に来訪したのなら、まず探索者登録からはじめる。ぶっちゃけセオリーだろう。


 千早がギルドの扉を開けると、案の定、多くの見知らぬ人々でごったがえしていた。

 誰もが探索者プレートを持ち、楽しそうに歓談している。

 そんな人々を一瞥し、幼女はふと違和感に気付いた。

 殆どが日本人である中に、ちらほらと異国人が混じっている。


 最年長三十代あたり.....最年少は中学生くらいか。


 ざっと見回していた千早に、カウンターから声がかかった。鑑定に同席していたタバスが、困りきった笑顔で幼女を手招きする。


「おかえりなさいませ、妹様。もう、なんと言うか....ってか、何とかしてください」


 タバスの顔には陰が落ち、有無を言わさぬ覇気をみなぎらせてニッコリ微笑んでいた。


 いや、これに関してはアタシのせいじゃなかろうも。.....ある意味、アタシのせいか?


 千早は以前に女神様としたナイショ話を思い出す。地球からの来訪者を全てディアードに転移させるよう決めたのは、うちらだった。


 でもまあ、異世界ライフを望んで転移してきた来訪者らだ。基本的な知識を学ばせたら、あとは自由に旅立つだろう。

 千早は登録の終わった来訪者達を講堂に集め、詳しく経緯を聞いた。


 彼等はダンジョンを踏破したあと、爺様から異世界のアレコレを教わり、ようやく合格して異世界転移を許されたらしい。

 爺様は自らが認めた踏破者に異世界の基礎知識と一般教養を叩き込み、渡りを望む者は爺様から合格をもぎ取らねばならず、ダンジョン踏破したものの至高の間で数ヶ月の足止めをくったとか。


 .....あ~、眼に浮かぶようだわ。爺様スパルタ&心配性やでなぁ。


 あちらでは渡りは月に一度と決められ、その期日までに爺様から異世界レクチャーの合格を勝ち取るべく、踏破者が爺様の元にいそいそと通うようになってるらしく、午前中は裁定。午後は異世界講座とスキル指導などタイムテーブルが出来上がって、さらなる賑わいになっているとか。


 充実してるみたいで良かったよ、爺様。


 寂しがりで心配性な優しいドラゴンを脳裏に描き、オカンは近いうちにドラゴンの異世界講座を見学に行こうと誓った。

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