第78話 オカンと竜と青嵐 ~14~


「ふおぉぉぉ」


 千早は眼を見開いて感嘆の叫びを上げる。

 門をくぐり二重になった外壁を抜けると、そこには木と石が連なる街があった。

 土台から窓のあたりまでは石、さらに上は木で出来ており、驚く事に柱となっている木は生きている。

 聞けば木の成長とともに家も大きくなるらしい。


「結構簡単に育つのよ。地上三階くらいまでかしら。寿命は百年くらいね。八十年ほどで伐採して新たな苗が植えられるわ」


 ほうほうと頷きながら、千早はガジュマルの巨大版な木を珍しそうに見上げていた。

 本来なら下がるべき根っ子が上がっていくタイプらしく、中心が上がるにつれ、左右にも根が伸びる。それが上がり出す前に家を建てて、また根っ子が上がるのを待つといった感じらしい。

 結果、地上三階建て、家数六つから八つのツリーハウスタワーが出来るとか。


「ここらは樹海が近いからね。障害物もかねたツリーハウスが多いわ。この先の砦を越えた城下町は、もっと近代的な建物よ」


 そんな雑談に花を咲かせていると、先程の騎士から馬車の用意が出来たと声をかけられる。


 馬車かぁ。面倒いなぁ。


 心中が顔に出ていたのだろう。ユフレがクスクス笑いながら幼女を抱き上げた。


「はーちゃん、生き急ぎすぎよ? 時間は有限だけど、引き絞られた弦は容易く切れるわ。たまには緩めなさい♪」


 額をこっつんこされ、幼女は口を突きだしてヴ~っと拗ねた顔をする。


「はいはい、はーちゃんは良い子♪ だからママたまと馬車に乗りましょうね~♪」


 くるくる回りながら、ユフレは千早と馬車に乗り込んだ。それを追って親父様も馬車に乗り込む。

 馬車の扉が閉められそうになり、慌てて騎士も馬車へ向かって走り出した。陛下から案内を仰せつかっているのだ。


 そんな一行を見送る騎士達は、眼を見開いたまま呆然と立ち竦んでいる。


「今のって氷華だよな?」


「あんな顔するんだ。....ありえない」


「正直、天変地異の前触れかと...」


 十歳でダンジョンを踏破し、多くの知識や技術の恩恵を大樹の国にもたらした転生者。

 卓越した技能に正比例して、本人は鋭利で冷たくニコリともしない。儀礼上の笑みは浮かべるが、それ以上でもそれ以下でもない人形地味た笑みから、ついた通り名が氷華。

 幼少時に育児放棄され感情を学べなかったとか、数年に渡る過酷なダンジョン暮らしが感情を殺したとか、様々な憶測がながれているが、どれにも一致しているのが笑わないという一点である。

 正確には、笑いはするが、そこに感情はなく、儀礼的なものでなくぱ、相手を嘲るような《嗤い》しか周囲の人々は見た事がなかった。

 わずかに口角を上げただけの《嗤い》

 これを笑顔とは認めない。あからさまな殺気に満たされた深い笑みなど恐怖でしかないわ。


 やや遠い眼で過去を振り返りつつ、騎士は先程のユフレを思い出す。

 柔らかく慈愛に満ちた笑顔。まるで綻ぶかのようにコロコロと笑う彼女は、自然体で違和感が全くなかった。

 とても同一人物とは思えない。

 他の誰かと中身が入れ替わってしまったかのような変貌ぶりに、騎士達は、ただ立ち尽くすしかなかった。




 そして所変わって馬車の中。


「なぁなぁ、お母ちゃん、アレは?」


「あれねぇ、食べ物なんよ」


「マジで? 食えるんか? クモの巣ちゃうん?」


「そうなんよ、クモの巣なんだけど、砂糖みたいに甘いんよ?」


「うはぁ、ここで出ますか、砂糖っ」


 城下町の街並みを走りながら、馬車から見えるアレコレに興味津々な千早。それにニコニコして答えるユフレ。

 同乗した騎士は驚嘆の眼差しを外せなかった。


 氷華だよな? え? 別人?


 ダンジョン探索や魔獣討伐。多くの場所でユフレに同行したが、こんな感情豊かな彼女を見た事はない。

 戦場においては殺傷人形と称されるほどに無表情で、その外見の類稀な美しさから《氷華》という二つ名がつく探索者。

 人々の畏怖と敬意を思うがままに集めている彼女が......そのへんの平民のように笑っていた。


 貴族であれば感情を殺す事は当たり前。薄い笑みなポーカーフェイスが標準仕様。オプションで嘲笑や恫喝がつく程度。

 氷華ほどでなくとも、腹の底は見せないのが貴族である。


 それが....心の底から笑っていた。


 得体の知れないモノを目の当たりにし、騎士は驚愕を隠せない。貴族失格ではあるが、こんなん誰にも無理だろう。


 そしてさらに恐怖を募らせるのが隣に座る男性だった。

 底冷えのする刺々しい魔力が、同乗してからずっと騎士に向けられている。歴戦の騎士が凍りつくほどの鋭利な殺気。


 いや、おかしいだろう? 俺の魔力は貴族の中でも高い方だ。何で圧し負ける??


 最初に威圧をかけられた騎士は、不躾な男だと思いながらも、ユフレの客人だからと静かに魔力で圧し返した。


 しかし、しばらくして殺気にも似た威圧に自分の魔力が圧し負けたのだ。凍りついて微動だにならない。


 何なんだ本当にっ? 何でこんな事になってるんだ??


 馬車の中ではしゃぐ母子と自分らの温度差に、売れるほどの冷や汗を垂らす騎士様である。


 親子水入らずを邪魔された親父様の八つ当たりなのだが、そんな事を知る訳もない哀れな騎士様だった。




 そしてさらに場所は変わって王宮、謁見の間。


 城下町からの先触れがあった事もあり、千早らはスムーズに国王との謁見となった。

 居並ぶ騎士達と玉座の王様。今回は貴族らはいないんだな。

 以前のガラティアでの謁見を思い出して、幼女はキョロキョロと部屋を見渡す。

 王様の傍に数人。如何にも貴族然とした者らがいる。それだけだった。


 そんな千早を余所にユフレは前に進み出ると国王の前で膝をつく。そして促される事もなく顔を上げ、国王を見つめた。


「陛下。今生の伴侶を見つけましたゆえ御報告に上がりました」


「ほう」


 軽く眉を上げる国王と違い、周囲は驚愕にどよめく。


「して? あちらの男が? 見たところ平民のようだが?」


「はい。わたくしの唯一無二の番にございます」


 ぶわっと音が聞こえそうなほど優美な微笑み。満面の笑顔で答えるユフレに、再び周囲から驚愕の声が上がった。

 これには国王陛下も瞠目するほかない。

 この謁見の間で茶番を演じたあの頃より。一度たりと見た事のない無邪気な笑顔だった。


 花のような笑顔で眼をキラキラさせるユフレの姿に呆ける人々だが、空気を読まぬ強者が割り込んでくる。


「許されませぬぞ、平民などっ! ユフレ殿、そなたは誇り高き大樹の国の貴族なのですっ!」


「だから?」


 ゆらりとユフレは立ち上がり、割って入った貴族の男を睨めつけた。


「コフィーダヤ伯爵、だから何だというのです? 元々わたくしは公爵家を勘当された身。平民なんですよ。お忘れですか?」


 ニタリと口角をあげ、ユフレは静かに首を傾げた。


「一代限りの爵位なんぞ返上いたしますわ。これで、わたくしははれて平民。何か不都合でも?」


 コフィーダヤと呼ばれた伯爵は二の句も継げず、助けを求めるかのように国王を見た。

 国王は思案するかのように暫し眼を閉じる。

 ユフレは大樹の国唯一のダンジョン踏破者だ。彼女がいなくば希少素材も手に入らなくなり、豊かになった農業も発展した技術も歩みを止める。何よりも王族すらを凌ぐ魔力の持ち主である。

 見たところ、あの男は人族のようだ。

 大樹の国の宝を、みすみす他国へ流す訳にはいかない。


「許可は出来んな」


「要りませんことよ?」


 苦渋を浮かべて低く穿たれた言葉を、ユフレは軽ーく一蹴した。すっとんきょうな顔で呆ける国王に、ユフレは悪戯っ子の如く無邪気に微笑む。


「だって、あたくし自由であるために国王様の下についたのですもの。それを国王様が反故になさるのであれば、約束は無効ですわ。わたくしを縛るモノなど何もありませんの♪」


 挑戦的な眼差しで言い切るユフレに不穏な空気を感じとり、周囲の騎士達が反応した。しかしそれも束の間、構えた武器は尽く粉砕される。


 部屋を満たす柔らかな微風に。


 それは幼女お得意の風魔法だった。無尽に奏でられる風は刃となり騎士達の鎧すら剥ぎ取っていく。


「お母ちゃんに手ぇ出すな。.....潰すよ?」


 剣呑な瞳の幼女は宙に浮き、両手の五指からは眼に見える風が無数に揺らめいていた。滾る魔力があふれ、千早の周囲にいる多くの精霊達を人々に視認させる。

 全精霊が幼女の傍らに立ち、仄かに揺れ動いていた。

 人々は、ひゅっと息を呑む。力の差は歴然だった。あれだけの精霊を従えた者に勝てる訳がない。

 そこへ更に親父様が、インベントリから出したハルバートを構える。慧眼な瞳に浮かぶのは明らかな殺意。

 白銀に煌めくハルバート共々、物騒このうえない雰囲気を醸し出していた。

 部屋を満たす殺意は本物。二人の人間とは思えない魔力と重くのし掛かる不穏な空気は、一触即発の火薬庫のように火花を散らし、今にも爆死しそうな錯覚を周囲に刻み込む。

 当然動ける者は居らず、微動だにしようものなら、瞬間、首が飛ぶような恐怖に、一人残らず固唾を呑んで見守っていた。


 そんな中、ユフレが動く。


 滑らかな足取りで国王に近付くと、優美なカーテシーで頭を下げた。


「陛下には感謝いたしております。でも、わたくしは家族を見つけてしまいましたの。家族は共に在るべきですわ。今生では家族に恵まれませなんだが......前世のお話は覚えておられますか?」


 ニコリと微笑むユフレの言葉に、国王は初見でされたユフレの前世の話を思い出す。

 最初は子供の妄想だと思っていたが、後に起こした農業革命、産業革命から、ユフレが本当に地球という高い文明の世界の人間であったと認めざるをえなかった。それぐらい彼女の知識は常識はずれであり、わずか十歳の子供になせる偉業ではなかったのである。

 そして女神様より下された神託から、地球という異世界が本当にあるのだと知った。ユフレが生きていた世界。

 そこで暮らすユフレの家族。いずれ転移か転生かするだろう。そうしたら再び共にありたい。ユフレの口癖であった。


 ユフレが共にある事を望む人間。それはつまり.....


「あの二人は、あちらの家族か....っ」


 瞠目する国王の聡明さに、ユフレの笑みが深まる。


「御慧眼、恐れ入ります、陛下♪」


 国王は眉を潜めて軽く両手を上げた。


 勝てない魔力量だけでなく、勝てない絆まであるとは。完敗だ。どうあってもユフレを止める事は出来ない。

 無理に抗えば多大な被害が出るだろう。ユフレ一人でも騎士数十人では歯が立たない。あの二人に至っては、さらに上回る犠牲を覚悟せねばならない。


 完全なる王手だ。


 国王は為政者として民に無駄な被害は出したくなかった。


 国王が白旗を挙げた事により、部屋の剣呑な空気は霧散し、穏やかな話し合いが持たれる事になる。


 大樹の国で無意味な争いが回避された頃、秋津国には異常事態が起こっていた。いきなり数十人の地球人が転移してきたのだ。


 後にコレを知り、慌てて取って返すオカンら一行である。

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