第80話 オカンと竜と青嵐 ~16~
「じゃあ、皆こちらの事は一通り理解してるって事で、あとは実践あるのみだね。やりたい職業があれば紹介するから気軽にアタシやタバスに声をかけてね。この街で異世界生活に慣らして、冒険に旅立つも良し、自由な異世界ライフを満喫してくれ」
今回の渡りは27人。難民ハウスを拠点に、自由に暮らしてもらう事とする。
困惑気に顔を見合わせる来訪者らから戸惑いがちに質問が飛び交った。
「生活費を作りたいです。どうすれば?」
「探索者ギルド右側にある雑貨屋が素材換金を請け負ってる。至高の間から持ってきてる素材を売って生活費にすると良い」
「難民ハウスは何時まで使えますか?」
「好きなだけどうぞ。難民ハウスは複数あるから大丈夫」
「こちらに居を構える事は可能ですか?」
「開拓した土地は所有出来る。役所で大まかな場所を指定してくれるから、相談してみると良い」
あれやこれやと質疑応答が繰り返され、心持ち安堵の表情を浮かべた来訪者達は、それぞれ目的に向かって講堂から出ていき、幼女の前には数人の男女が残る。
その数人を眺めつつ千早は少し首を傾げた。
まだ何か相談があるのかな?
「あの....貴女の鑑定を受けたいのですが、お願いできますか? 貴女ならキチンと鑑定出来るだろうとタバスさんに聞いたんです」
おずおずと懇願するのは、おさげが可愛い高校生位の女の子だ。残っているのは同じ年代の女の子二人、男の子四人。
「鑑定? ギルドで受けたんだよね?」
「ギルドでは読めない部分があったんです。レベルやステータスは分かりましたが、スキルに不明瞭があって。知りたくて....」
なるほど。レベル差で読めない部分があったのかな。
ギルドの鑑定員は確かレベル33。彼女はそれ以上のレベルなのだろう。しかし、来訪者には鑑定のスキルが付与されているはずだが。
自身で鑑定しないのかと聞いたら、六人揃ってコテリと首を傾げる。
「女神様から頂いたのは加護と祝福ですが? スキル? もらってないです」
幼女はキュッと口を引き結んだ。
アレだ。キャルマの街の騒動で女神様が言ってたやつだ。人々に与える恩恵を控えるとかって話。
加護や祝福だけでなくスキル剥奪も考えるとか言っていた。
安易なスキル付与を控えたのだろう。ここは地球人にとって未知の秘境ではなくなったから。
爺様の講義に加え転移先には幼女らが築いた安全な国がある。至れり尽くせりで異世界ライフを始められるのだ。
初来訪の幼女らみたく、過剰なアドバンテージは必要ないと判断されたのだろう。
うん、余計な話はしないに限るな。
千早は六人を鑑定し、それぞれのステータスをコピペして渡した。この六人は同じ学校の同級生で、すでにパーティー結成済みらしく、他の来訪者達よりレベルが頭一つ飛び出している。
他がレベル三十前後なのに対し、この六人はレベル四十近く。
ギルドの鑑定が不明瞭だった訳だ。
そんなこんなで新たな来訪者達を秋津国は快く受け入れた。
突然やってきた彼等は右往左往しながらも、異世界ライフを学んでいく。
幼女が渡りをしてから八ヶ月。十分に出来上がった食糧庫的な国に感嘆し、国民のほぼ全てが戦争難民なことに驚愕し、完成された教育システムに絶句する来訪者達。
まだまだ伸び代のある来訪者らは、それぞれが目指す異世界ライフのために頑張っていた。
職人に弟子入りする者、探索者としてクエストを受ける者、すでにある既存の分野で研究に励む者。
そんな人々のサポートに走り回っていた千早に、ガラティアから通信が入る。
『妹様、こちらの海に多くのモンスターが襲ってきました。撃退は出来ましたが、状況がおかしくなっています』
モンスターが襲ってきた?
訝る幼女の元に、海岸を監視していた自警団からも通信がきた。
『海に異変ですっ! 沖で多くのモンスターが暴れています!』
おいおい、何事だ??
同時に動き出したモンスターの動向を訝りなから、千早は海岸へと転移した。
「あれか」
自警団から経緯を聞きながら、幼女は沖に見える無数の影を見据えた。御互いに絡み合いながら大波をたてて争っている。
余波の高波が打ち付けられ、海岸は惨憺たる有り様だ。
「ふざけんなっ、こんな小競り合いじゃ結界は反応しないが、地味な被害が嫌がらせ的に来るじゃないかっ」
かっと眼を見開き、千早は小競り合いしている無数のモンスターらの所までバビュンっと飛んでいく。
そして真上から練り上げた魔力を叩きつけた。
「大概にせえやあぁぁぁっ」
凄まじい雷土の如く降り注いだ魔力は、瞬く間に海を凍らせる。ビキビキと音をたてて、みるみる内に広がる氷結を遠目にし、異常事態に駆けつけた海岸の人々は唖然と立ち尽くした。
「言語が理解出来る奴いるかぁぁっ!」
千早の言葉に、数匹のモンスターが視線を上げる。いくらかの銀を纏う海獣らは、信じがたい状況に混乱していた。
なんとか氷の戒めから逃れようと、必死にのたうちまわり、その中で、海蛇のような紫色の斑に銀色の斑点のあるモンスターが苦し気に呟く。
『どういう事だ、我々が凍らされるなどっ』
「やかましいわっ、おまえら迷惑なんだよっ、暴れるなら、もっと沖でやれやっ!」
『こいつらが御子様を奪おうと探していたから止めただけだ、人間に関係なかろう!』
「御子様?」
忌々しげにモンスターらを睨めつける幼女に、何処からか地を這うような低い声が聞こえてきた。
『知らぬか人間? ここらに居たはずだ。小さな竜だ』
驚いた千早が振り返ると、そこには白銀色の鬣を纏う龍がいる。波打つ美しい鬣を靡かせながら、悠然とたたずんでいた。
そして、その龍の背後から新たな声がする。
『もう二度とやらぬわ。我が弱っている時ばかりを狙い、我が子を尽く糧に食い殺しおって! もう二度とさせぬわっ!』
龍の背後に現れたのは金色を纏う竜。柔らかそうな金色のヒレを炎のように逆立てて、真っ青な瞳に言い知れぬ怒気を宿らせ背後から龍に襲いかかった。
途端、大きな水柱が立ち上ぼり、新たな高波が秋津国の海岸に押し寄せる。
それを眼の端にとめ、幼女は慌てて結界を張る。
キンっと硬質な音をたてて海岸に結界が構築され、押し寄せた高波を受け止め四散させた。
さらに千早はモンスターらの外周へ魔力を走らせ、ぐるりと氷結魔法の柵を作る。これで奴等の争いによる高波は防げるだろう。
モンスターが沖で暴れて引き起こる最悪な大惨事を予測していたが、こんな近海で暴れる地味な被害は範疇外だ。
石柱の結界魔法は大規模な災害に対してしか反応しない。古代の術式とて万能ではないのだ。ある程度の災害規模の指定が必要で、今回の魔石に組まれた術式の指定規模は壊滅系。
結界内に著しい被害をもたらすと判断される事象にのみ反応する。すなわち、こんな水際でパチャパチャしてるのには反応しない。
人間的には大迷惑だが、国を揺るがす事象ではないからだ。
自分たちの回りに立ち並ぶ白銀色の氷塊を見て、二匹の霊獣は唖然とした。こんな大規模な魔法など見たことがない。
しかも相手は人間だ。きゃつらの魔法など、かかる火の粉程度で、意識するに能わぬレベルだったはず。
それがどうして?
顔に焦燥を浮かばせ、ラプトゥールは幼女を見上げた。リヴァイアサンも、倣うように顔を上げる。
そこには憤怒を隠さず二匹を見下ろす千早がいた。その双眸に輝く濁りなき白銀色の瞳。僅かに金色を含んだ白銀色の魔力が辺りに漂い、ドーナツ状の氷塊の内側に降り注いでいる。
思わず固唾を呑み魅入られる二匹に、鋭利で地を這うような低い怒声が聞こえてきた。
「世の理だと思い干渉しないつもりだったが。うちの国のこんな近くでドンパチしやがって。申し開きがあるなら聞こうか?」
ニヤリと獰猛に口角を捲り上げて笑う幼女。周囲の氷塊は未だにパキパキと音をたてて蠢き、大きくなっている。
絶対的な力の差と言い知れぬ恐怖に、件の二匹は冷や汗を禁じ得なかった。
なにこれ? こんな恐ろしい生き物見た事ないんですが? 海を、しかも広範囲を凍らせるってあり得ないよね? 魔法のレベルも魔力量もおかしくね?
そんな事を考えつつ、先ほどまでの威厳など欠片もなくなり、リヴァイアサンは眼を白黒させて泳がせている。
そんな中、悔しげに歯ぎしりをさせ、ラプトゥールはリヴァイアサンを睨み恫喝した。
『こやつがっ! 永きに渡り我が子を拐取し、糧としてきたのですっ! 高い魔力を得るために、わたくしの子を喰らい続けて来たのです!!』
聞けばラプトゥールは、神獣となってから冬眠あけに卵を産み子育てをすると言う。自身の分身たる霊獣を増やすために。
ラプトゥールの魔力が注がれた卵から生まれる幼獣は、生まれながらにして銀の霊獣なのだという。
神獣の分身なのだから、当たり前かもしれない。
しかし卵と幼獣の子育てで魔力を奪われるため、春は一時的にラプトゥールの霊力が失われる。それを狙ってリヴァイアサンの配下のモンスターがラプトゥールを襲い、孵化したばかりの子供らをさらっていくと言うのだ。
ラプトゥールの魔力を注がれた子供達は魔力の塊のような物。それを食らえば容易く自分の魔力を上げられる。霊獣に匹敵する魔力を宿した幼獣など、格好の餌だった。
ラプトゥールの子供らを糧とし、リヴァイアサンやその配下はメキメキと力をつける。自身の怨みも重なり、流石に見逃せなくなったラプトゥールが、今回の霊獣大戦を引き起こしたという。
『今年もやってきた奴等を返り討ちにし、リヴァイアサンに眼にものをみせてやろうと.....人間らの迷惑になるなど考えもしませなんだ』
金色のヒレをペタリとたたんで、しょぼんと項垂れるラプトゥール。聞けば無理のない話だった。
「子供を食らうねぇ。なるほど?」
軽く肩を揺らしながら、幼女はギンッとリヴァイアサンを睨めつける。
その残忍な光に、リヴァイアサンの全身が粟立った。
「さあて? 申し開きがあるなら聞こうか?」
酷薄な眼差しで優美に微笑む幼女。その問答無用な雰囲気は、リヴァイアサンをおののかせる。
さらに彼は現実を正しく理解していた。
あ、これ詰んでね?
どう考えてもリヴァイアサンに義はない。己れの欲望のためにラプトゥールの子供らを食い散らかしてきたのだ。
弱肉強食のモンスター同士なら、それがどうしたと言えるが、いま言ったら最後、すぱぁんっと首が飛ぶような気がする。もちろん物理で。
四面楚歌である現状を打開できる策もなく、オカンに睨めつけられたまま、リヴァイアサンは粟立った鱗にダラダラと冷や汗を流し続けていた。
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