第72話 オカンと竜と青嵐 ~8~


 賑やかな祭りも終わり、後片付けに奔走していた人々も帰路についた頃。ある宿屋で一人の男が呟いていた。


「なんで....同じ地球人なのに、こんなに違うんだ?」


 ぶつぶつと呟く男の名はブリュマ。かつて地球人だった転生者である。

 彼は異世界転生を選んだものの記憶の継承はされず、こちらの人間として普通に生まれ変わった。

 しかし帝国の引き起こした戦争により、過酷な戦火を生き延びるため、幼い彼の生存本能は絶体絶命の危機から己を救うべく、前世の記憶を呼び起こしたのだ。

 それは功を奏し、当時十歳だった彼は地球の知識を頼りに苛烈な帝国軍の攻撃を掻い潜り、兵士達の裏をかき、何とか命からがら燃え落ちる祖国から逃げ出した。

 そして今の現状に愕然とし、次には酷薄な笑みを浮かべる。

 何故に異世界転生などを選んでしまったのか。地球の滅びが待ったなしとはいえ、あちらに転生していれば、こんな悲惨な眼には合わずに済んだだろうに。


 顔をくしゃくしゃにして、彼は泣き崩れた。


 両親も死んだ。幼い妹は兵士に捕まった。自分は満身創痍で、すがる当てもない。


 知らず食い縛っていた唇に血が滲む。微かな痛みを感じながらも少年は吼えた。

 見開いた眼に浮かぶ涙の泡沫が周囲に散る。幼い子供の絶望的な慟哭は、か細くも物悲しく辺りに響きわたった。


 後は他の難民らと変わりはない。


 泥水の上澄みをすすり、草や木の皮を食み、ようよう辿り着いた街で、日雇いの仕事を探して糧を得るようになった。

 これも前世の知識があったからこそ出来る事。

 彼の辿り着いた隣国の街にはダンジョンがあり、常に人手不足。働けるなら子供でも歓迎してくれた。

 探索者登録をし鑑定を受け、スキルやレベルから鉄級探索者として働けるようになり、毎日ダンジョン上層で雑魚の駆除に勤しむ。

 スタンピード防止に、初心者がやる仕事だ。

 食べるに困らない程度の稼ぎだったが、多くの戦災孤児が物乞いに身をやつす中、自ら身をたてる少年の姿は際立って見えた。

 周囲の人々も懸命に生きる彼を見守ってくれ、色々な手を差し伸べてもらえる。


 そんな時だ。彼に転機が訪れた。


 今回のように祭りがあり、そこで見た宝飾品に少年の眼が吸い寄せられる。

 懐かしい輝き。前世の彼は宝飾職人であった。

 荒く稚拙なカットではあるが、出店の物にしては質の良いクリスタルのブローチを手にし、翳したり透かしたりして石を検分する。

 悪くない。もう少しカットを増やせば二倍の値段がつくだろうに。

 そんな少年の呟きを拾った店主が、彫金持ちかと訪ねてきた。


 前世の影響か、確かに少年はスキルに彫金を所持している。


 目の前の幼子が小さく頷くと、店主はしばし思案して、彼を馬車の工房へ案内し、試しに作ってみるか? と、微笑んだ。

 ブリュマは見開いた眼をキラキラと輝かせる。

 道具やスキルの使い方を習いつつ、少年は親指大の水晶を丁寧に磨いて研磨する。そして慎重にカットしていった。

 五十八面のブリリアントカット。真円は難しいので楕円のマルキーズカットにしよう。

 懐かしい前世の仕事を思い描きながら、水晶は彼の手の中で最大限の煌めきを放つ。


 店主は少年の作業姿に驚嘆していた。


 彫金は初めてやるといった幼子は、熟練の職人顔負けな技術を披露している。慣れた作業のように堂にいった姿だ。


 そして出来上がった水晶は、今までに見た事もないほど細かいカットが施され、光があたると雅やかに七色をえがいて煌めいた。


 希少な宝石など滅多に手には入らない世界で、気軽に購入出来る値段の水晶や玻璃ガラスが主体の行商人には、喉から手が出るほど欲しい技術である。


 削るだけで輝石が宝石に変わるのだ。


 店主は一も二もなく少年を職人として勧誘する。思わぬ申し出に快く頷き、ブリュマは職人としての道を歩く事になった。


 己の腕一本で生きていける。


 彼の技術は各地で高い評価を受け、数年もたてぱ王公貴族からも依頼が入るほどの評判な宝石職人として複数の後援を得られ、揺るぎない地位を築いていった。


 ある意味チートだよな、これも。


 祖国を逃げ出した時は絶望もしたが、今振り返れば悪くない人生である。

 立派な店に多くの職人を雇い、地球の技術の一端を公開しただけで周囲から多くの称賛を得られた。


 順風満帆だと思われたブリュマの生活は、逃げ延びた国が再び戦火に見舞われ、脆くも崩れ去る。


 帝国人以外は全て奴隷とされるか、殺されるのだ。ただひたすら逃げるしかない。

 容赦ない帝国の侵略は人々の逃げ場をみるみる奪っていく。

 ブリュマのみならず、逃げ惑う難民らの絶望は深く、もうどうにでもなれと自暴自棄な雰囲気が蔓延していった。


 そんな中、再びブリュマは己のスキルに救われる。


 たまたま帝国民な行商の中にブリュマの彫金の腕を知る者がいた。少年が高い技術を持つ彫金師だと聞き、行商人の主が匿ってくれると話を持ち掛けてきたのだ。

 いわく、半奴隷にはなるが、お給料も出すし、住み込みの職人として生活も最低限を約束してくれる。


 逃げ場の無くなりつつある大陸で渡りに舟な申し出に、ブリュマは速攻飛び付いた。


 以来、彼は奴隷の首輪をつけつつも他の職人と変わらない待遇で行商人の元、真面目に働いている。

 妬みや嫉みから他の職人に暴力を振るわれたりもするが、ブリュマの腕に惚れ込んでいる主の手前、あからさまな嫌がらせや迫害はなかった。


 自分の身分を証明し、奴隷狩りや難民迫害から守ってくれる首輪をさすり、ブリュマは幸運であったと思うと同時に言葉に尽くせぬ複雑な感情が胸のなかに沸々とわきあがる。

 なまじ地球人の記憶が甦ったがために、奴隷という存在が如何に理不尽なモノかを彼は理解していた。

 この記憶さえなくば、きっと今の幸運を心から喜べただろう。


 しかし日本人の矜持が、これを全力で否定する。


 昼に見た幼女。聞けば異世界からの来訪者だという。

 真っ黒な髪と瞳。今日の端午の節句の祭りや街中を泳ぐ鯉のぼり。何より秋津国と言う国名。


 探索者らから振る舞われた和菓子を見つめ、ブリュマはポロポロと涙をこぼした。


 柏餅と笹ちまき。あまりの懐かしさに言葉を失う。


 彼女は間違いなく日本人だ。自分のように転生ではなく異世界転移。いずれ始まるとシメジな女神様が言っていた。


「なんで俺は死んでしまったんだ。同じ異世界でも転生より転移のがまだマシだった」


 仕事に集中しやすいようにとの主の配慮から、小さいながらも一人部屋をもらっていたブリュマは、己の境遇を憐れみ、静かに一晩中泣き続けた。




 悲喜交々な思惑が交差する中、秋津国にガラティアからの早馬がやってくる。届いた書簡には、以前打診されたエルフの国からの親善使節来訪の先触れが記されていた。


 さらっと眼を通し、千早は軽く嘆息する。


「ガラティアを経由してエルフが御越しだ。時期は初夏のあたり。人数は代表六人と従者三十人ほど」


 何時もの面々にキャスパーを加え、探索者ギルド会議室には各部署で調べられたエルフ情報が集まっていた。


 国名を大樹の国と言い、その名の示す通り首都であるサルルーシャには世界樹と呼ばれる巨大な木がシンボルとして立っているらしい。

 先に木が有り、その周辺が街になり国となった。

 エルフは古い歴史を持ち世界最古の民族と呼ばれ、非常に長命。千年はかるく生きるが、繁殖力が弱く、絶対数が少ないため、引きこもりで友好国のガラティアにも中々出てこない。

 今回もガラティアの新年晩餐会に招かれて、春までの滞在中にディアードから献上された蜂蜜を知り、興味を持たれたらしい。


「まあ、来る者は拒まずだしな。気持ち良く観光でもしてもらって、穏便にお引き取りねがおう」


「そうですね。調べたところ、これと言って禁忌らしい風習はありませんでした。食事も我々と同じで良いようです。若干、果物を好む傾向がある以外は特筆する事はないですね」


 タバスの報告を聞きながら、ガラティアの使者が軽く手を上げる。彼の名はマリュス。王宮親衛隊、隊長だ。豹系の獣人で、真っ白いモフモフは王家の縁者である事を示していた。


「若干補足を。エルフは年長者を重んじます。目上な方には幾ばくかの配慮を進言いたします」


 硬い物言いは軍人の性か。

 千早は頷き、大まかな概要を決めると、各部署の代表らに周知を徹底するよう命じた。

 遠方からの御客様だ。国を上げておもてなしし、気持ち良い滞在期間を過ごしていただこう。


 すると職人ギルドの代表が眼を輝かせて声を上げる。


「我々の建てた御所の出番ですねっ、家具や調度品も揃い出しています。御客様が来られる前には完成させますっ!!」


 満面の笑みな職人ギルドの面々に、周囲は応援ムード。秋津国らしい和風建築でお出迎えし、御所で過ごして頂こうと、和気藹々に話している。


 あ~....。あのなんちゃって御所を使う気か。


 いや、物としては十分立派な建物だ。何処に出しても恥ずかしくない一品だ。

 しかし生粋の日本人としては、どうしても違和感が拭えない。

 彼等の感性には、わびさび的なモノがなく、上っ面をなぞっただけの雅やかな意匠を好む傾向があり、それが幼女には受け付けない。

 あれを和風建築として御客様に披露するのか。

 うんざりとした顔を隠しもせず、千早は思わず頭を抱えた。


 そんな状況の中、キャスパーは目の前で起きている事態が理解出来ない。

 捕虜らに伝える代表として呼ばれたが、エルフ? 獣人?

 この大陸以外にも陸地があり、人間とは違う姿形の人々が住んでいるという噂は聞いていた。

 だが、それを目の前にして驚愕が隠せない。

 根も葉もない噂にすぎないと思われていた他の民族と、秋津国は既に親交を持っていた。話を聞くに、かなり親しそうだ。


 キャスパーは天井を仰ぐ。


 これ以上驚く事はないと思っていた矢先にコレである。この国はビックリ箱にも程があろう。


 そう言うキャスパーらも、秋津国からすれば招かれざる御客様なのだが、彼等にその自覚は無い。


 春麗ら。


 竜の産卵から始まった青嵐。


 帝国の船を防ぎ、キャラバンを追撃から守り、多くの捕虜を捕らえて、後れ馳せながら端午の節句も無事に終了。


 そして今度はエルフの来訪である。


 初夏の風が吹く前に、さらなる嵐が来るのだが、オカンはまだ知らない。

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