第71話 オカンと竜と青嵐 ~7~


「うふふふふ」


 千早は山積みな柏餅やチマキを見上げて御満悦である。


 イレギュラーな戦闘や戦後処理、その他諸々により作る事を諦めた千早は、地球で購入し持ち帰ってきた。

 問屋を回り回って各五万個ずつ。ディアードに二万。各国区画に五千ずつ。十分に足りるだろう。


 あれやこれや有りはしたが数日遅れでお祭りだ。


 街を見上げて、幼女はニンマリ笑う。


 街中の窓からはお手製らしい小さな鯉のぼりが至るところに泳いでいた。中央広場には沢山の吹き流し。

 赤、青、緑、桃、橙、黄、水。色とりどりな鯉のぼりや吹き流しが溢れる街に、御馳走を作る匂いが漂っている。


 祭りムード一色なディアードに、キャスパーらは眼を見張っていた。

 探索者達と帰ってきた捕虜らに気付き、幼女が嬉しそうに振り返る。


「お帰り。食材になる物は孤児院へ運んでね。素材はギルド横の雑貨屋によろ」


 言われて頷き、キャスパーらは二手に別れて運んでいく。


 訪れた孤児院はてんやわんやの大騒ぎ。炊き出し専用の大きな厨房には鍋が幾つもかけられ、さらに大きな竈には次に焼く料理らがズラっと並べられていた。

 眼を丸くする捕虜達に気づいた子供が笑いながら寄ってくる。


「お肉ですか? ありがとうございます、助かります」


 喜色満面な笑顔でキャスパー達から肉を受け取り、奥へと運ぶ子供達。

 そんな中、キャスパーは居並ぶ食材の中でも一際眼を引く真っ赤な粒を見つめていた。

 見慣れない艶々した赤い実。木苺などに似ているが、それより遥かに大きくみずみずしい。

 それに気づいた子供が微笑みながら、その赤い実の入った籠をキャスパーに差し出した。


「妹様の世界の果実です。イチゴと言います。去年の秋に植えて、今年の春の初収穫です。味見されますか?」


 異世界の果実。


 恐る恐る摘まんで口にした捕虜達が絶句するのはデフォである。眼を見張って咀嚼する彼らを、孤児達は懐かしい物を見る眼で見ていた。


 一方、雑貨屋では解体した素材が持ち込まれ、ざっと計算した店主から代金が支払われる。


「しめて金貨七枚だな。ほい、銀貨で七百枚な」


「え?」


 差し出された袋を見て、捕虜らは疑問符を浮かべた。


「え?って。金貨のが良かったか? 大きいと使いにくいかと思って銀貨にしたんだが」


 訝る店主に、捕虜らはブンブン頸を振る。


「いや、そうでなく、換金されると思わなかったものだから」

「うちは真っ当な店だ。ちゃんと適価で計算してあるぞ」


 憮然とする店主に、いや、だから、そうではなくと捕虜達は自分らが使役されている身分であり、当然これらの代金も接収されるものと思っていた事を辿々しく説明した。

 それを鼻先で笑い、店主は悪戯気に眉を上げる。


「妹様がそんな事なさる訳なかろうが。労働に払われる対価と、あんたらが手に入れた素材の換金は別物だ。この街で暮らすなら金が必要だろうとおっしゃっていた」


 使役の労働さえこなせば、後は自由に暮らして構わないんだよ、と、店主は金の入った袋を投げて寄越す。

 銀貨三百枚ずつと百枚が入った三つの袋を受け取り、捕虜らは手の中のずっしりとした重みに、顔を見合せ困惑していた。




「祭りだーっ、端午の節句なり、子供らは並べーっ」


 わあぁぁっと声をあげて、八方から子供達が集まってくる。

 その子供らに柏餅とチマキを手渡しつつ、千早は屋台組の様子を伺った。

 ディアードならではの屋台から、食事処が出している出店まで。中央広場から四方へ伸びる道ぞいには、ギッシリと各種屋台で埋まっていた。

 山積みな和菓子配りを探索者達に任せて、千早は広場中央に設置された屋台へ駆け出していく。

 そこには六つの屋台が円陣を組むように置かれ、ジュワジュワと良い音をたてていた。


「良い感じだな。美味そう♪」


 屋台に置かれた鉄板には無数の窪み。言わずと知れたタコ焼である。ソースと醤油の二種類に、お好みでトッピング。

 置かれた鰹節や青海苔をかけ、ちゃーっとマヨネーズで線を引いたら出来上がり。


「さっ、一番最初は妹様が御召し上がりください」


 屋台を任された孤児院の子供らが眼を輝かせて出来立てのタコ焼を幼女に差し出す。

 ワクワクと期待の眼差しを向ける子供達からタコ焼を受け取り、千早は熱々なそれをハフハフとかじるように頬張った。


「うっまぁ~っ、凄いよ、良く出来てるっ」


 満面の笑みで応えた幼女に、子供らは手を取り合って喜んだ。

 端午の節句は子供のお祭り。屋台は全て大人に任せて、子供には祭りを楽しんでもらおうと思っていたのだが、千早が指南する料理を他の誰かが先んじるのは許せないと、孤児らがガンとして譲らず、タコ焼の屋台だけは孤児達に任せる事となった。

 千早がタコ焼の鉄板を持ち込んでから五日。孤児院では毎食タコ焼で練習しまくっていたらしい。

 そのせいだろう。孤児達は誰もタコ焼の屋台に寄りつかない。他の屋台でキャッキャッとはしゃいでいた。


 毎食タコ焼だったんじゃ、もうウンザリだろうなww


 一皿五個入りのタコ焼を平らげ、千早はもう一つの屋台に脚を向ける。そちらでも、今か今かと幼女を待ち受けていた。

 こちらもタコ焼用の鉄板が置かれているが、中身がちょい違う。ぷりんっと小さな尻尾が飛び出したタコ焼モドキ。中身はエビである。

 チリソースにパセリの微塵切りをふりかけて食べるのだ。

 熱々な中のエビに甘辛いチリソースがマッチして、タコ焼とは全く違う風味が堪らない。


「うん、美味いっ。ほんと上手に出来てるよ、凄いね」


 春の味覚が甲殻類と知った千早は、ディアードの春の名物にタコ焼エビ焼を思い付いたのだ。

 魚介類で海鮮BBQも良いな。来年のお楽しみだな。


 絶賛する幼女の至福な顔に固唾を呑み、彼女がどちらも食べ終わったのを見てから、街の人々がタコ焼の屋台に殺到した。

 押し合いへし合いする人々に、幼女の眼が軽くすがめられる。

 途端、えもいわれぬ殺気を感じ、美味そうな料理に我を忘れて群がっていた人々は一斉に列を作り並び始めた。


 気持ちは分かるんだけどねww


 さっと並んだ現金な人々に苦笑し、千早は踊りながら他の屋台の散策に向かった。


 その一部始終を見つめていたキャスパーは、秋津国の規律正しさの理由を垣間見る。上が真っ当なら、人々も真っ当になるのだな。

 声を荒げる事も厳罰を下す必要もない。敬愛する相手に軽蔑されたくない。ただそれだけで人は動くのだ。


「来訪者殿は余程愛されているとみえる」


 ディアードが出している飲食系の屋台は全て無料。好きなだけ呑み食いして、子供らの成長を労い誉める祭り。

 そこら中で歌い踊り、他から来た商人達の屋台や、大道芸、吟遊詩人なども花をそえている。

 キャスパーは知らず顔が緩んでいった。


「良い街だ」


 こんなに心穏やかな日々は何時ぶりだろう。

 部下達には銀貨を山分けし、あちらこちらで祭りを楽しんでいる。顔見知りも出来たのか立ち話に興じる者もおり、終始和やかに時間は過ぎていった。


 千早は人々に声をかけられながら屋台を散策する。


 料理系はディアードが負担し無料だが、他はあらゆる処からやってきた商人や行商人で賑わっていた。

 遠路遥々皇都からやってきた者もいて、中々の品物が混ざる出店もある。

 硝子細工や銀細工。貝や鉱石などの細工物が多く、装飾品とか日曜雑貨が溢れるように並んでいた。

 革や毛皮の細工物も多い。やはりこちらでは実用的な物が好まれるようだ。

 そんな品々が並ぶ中、千早は一つの髪飾りに眼をとめる。

 某クリスタルメーカーを彷彿とさせる繊細なカット。それを台座に留める銀細工も見事な髪飾り。

 そのクリスタルの意匠が全てシメジな事に内心苦笑した。


 女神様人気はこんな所にも見え隠れするのなww


 それを手に取り、マジマジと見つめ溜め息をつく。


「素晴らしい品だな。まるでスワロフスキーみたいだ」


 幼女の呟きを耳にして、その出店の店主らしき男が身を乗り出してきた。

 その顔は驚愕に染まり、何かを紡ぎたげな唇が細かく戦慄いている。

 不思議そうに千早が首を傾げると、後ろから伸びてきた手が件の髪飾りを掴み上げた。


「....これ? 気にいったのか?」


 手の主は親父様。髪飾りを眺めながら薄く笑みをはく。


「うん、スワロフスキーみたいやろ? こちらにこんな繊細な技術があるなんて知らなかったわ」


 ニッコリ笑う幼女の頭を撫でながら、親父様は懐から大金貨一枚を取り出し、店主の男に渡した。


「あ....それ、大銀貨八枚です、多すぎます」

「そうか....ん」


 狼狽える男から大金貨を返してもらい、今度は金貨を渡す。


「釣りはいい。...良い物。ありがとう」


 軽く首を傾げ、親父様は買った髪飾りを千早の頭につけた。少し髪をすくいあげ、右上にとめる。


「良く似合う。....誕生日おめでとう」

「あ」


 今日は五月七日。千早の誕生日であった。


 唖然とする幼女。本人すらも忘れていた。


 途端、周囲が騒然となる。


「誕生日?? 妹様のっ???」

「何で、もっと早く教えてくれないんですかっ」


 わらわらと人々が集まり、口々におめでとうございますと繰り返す。そして頭を抱えて、何かないか、御祝いせねばっ、どうにかならないかと右往左往しだした。


「親父様だけ狡いっしょーっ、何で俺にも知らせてくれないんすかぁぁぁっ」


 敦が親父様の襟首を掴み、ガタガタと揺するが親父様は涼しい顔。子の誕生日を祝うのは親の特権だと、親父様にしては珍しくニンマリ笑う。


「うわあぁぁっ、これだよ、この人はっ」


 敦は絶叫しながら頭を掻きむしった。


 やいのやいのと騒ぐ人々を微笑ましくみつめ、千早は思わず破顔する。異世界初の誕生日。みんなが祝ってくれていた。こんな嬉しい事はない。


「あっりがとーっっ♪♪」


 喜色満面な笑顔で幼女は人々に礼を述べ、そのまま跳び跳ねるように駆けていく。 

 千早に眼を奪われ、人々は中央広場に脚を向けた。


 思わぬ慶事に気を取られ、不穏な視線が放たれているのに気づく者はいない。


 背後にいる出店の男が金貨を握りしめたまま、剣呑な眼差しで真っ直ぐ幼女を見据えている事に。

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