第68話 オカンと竜と青嵐 ~4~


「まいったね」


 戦闘結果として、敵捕虜百六名。内重軽傷者七十数名。


 武装解除させて左右の通路に閉じ込めたまま、水の樽と食事だけ差し入れ放置中。春も終わりに近く暖かいし、片側が大河なので用は足せる。 


 さっさと引き取ってもらおうと、幼女は帝国へ手紙をしたためて城の門番に渡してきた。

 転移しまくりな千早は帝国内も熟知している。面倒事は早く終わらせたい。

 書簡の形はとったが、ようは兵士一人につき大金貨一枚払え。賠償込みでチャラにしてやると言う簡潔な内容である。

 渡し逃げする幼女に首を傾げながらも、門番は書簡を宮内の役人に回した。


 後は説明するまでもなく、皇宮は蜂の巣を蹴飛ばしたかのような大騒ぎとなり、件の幼女を大捜索したが見付からず、さらには遅れて辺境警備の部隊から戦闘敗退の早馬がやってくる。


 戦線が開かれた事も初耳なら、負けた事も初耳。


 成り行きで行われたとはいえ、これは立派な侵犯であり、既に春の初めの挙兵で宣戦布告済みとはいえ、囚われた捕虜などへの約定は何もされていない。


 あちらも面倒なのだろう。捕虜一人につき大金貨一枚と言う破格な安さを示してきた。

 戦後処理賠償も込みという徹底ぶりだ。

 こちらにも捕虜が居れば交換と相成っただろうが、あいにく春の挙兵は空振りに終わり、交換する捕虜もいない。


 大金貨百枚程度。内政を預かる役人らは安堵に胸を撫で下ろし、身代金としての申請を上に出した。


 ところが上は申請を却下したのである。


 いわく、大陸全土をほぼ掌握する帝国が、国とは名ばかりの辺境の街に負けるなどある訳がない。あってはならない。

 敗退として記す事も許さない。奴等は勝手に攻め入り消息不明となった。そう処理するように。


「つまり、百人からなる生存者を見捨てると?」


 無慈悲な上からの命令に、役人達は固唾を呑んだ。


「見捨てるのではない。元からおらぬ者だ。我らが皇帝陛下に汚点をつける者など必要ない。違うか?」


 即答出来ない役人らを一瞥し、上からの使者は一通の書簡を手渡した。


「これをディアードの街とやらに届けよ。それで終わる」


 ニタリと広角を歪める使者に身震いし、役人らは早馬をたて、書簡をディアード外壁の門番に届けた。


 そして冒頭に戻る。


 困惑顔な秋津国の面々。


 なんと言ったら良いのか分からない。


 辺境を守り警備していた兵士にとって、外部からの侵入者は排し捕縛する対象だ。

 秋津国のキャラバンが追われたのは致し方無い。無論、こちらも反撃するし、劣勢なれば援軍も呼ぶだろう。

 捕虜らは深追いしすぎたきらいはあるが、軍人としての職務を全うしたに過ぎない。

 あわよくば秋津国に打撃を与え、功をたてようとでも思ったのだろうが、我が国を甘く見すぎていた。


 街に毛が生えた程度の国を想像していたのかもしれないが、秋津国となって最初に千早が行った事は、法整備と職業軍人の育成である。

 強者探索者らに訓練を施し、彼らを隊長として部隊を編成し、さらに一般人にも訓練参加を呼び掛けた。


 富国強兵。


 かつて信長が行った職業軍人育成論。


 富める国は兵士を養える。戦いの専門職が、日々訓練に勤しめる。結果、軍人の水準が上がり、国の守りが堅くなる。


 基本、名のある武将など以外は、ほぼ平民で構成されていた軍隊の戦国時代において、専門の職業軍人育成を推進した信長の構想は、あの時代では間違いなくピカイチ。時代を先取る最先端のセンスであった。


 千早はそれを更に一歩進め、富国強兵なる最近の思想を取り入れる。


 人は安寧であれば変化を嫌う生き物だ。豊かで平和な日常が約束されているのならば、守るために全力で抗う。


 事実、強制でない任意の戦闘訓練に、街中から手の空いている人々が集まった。


 子供らを守るため。街を守るため。


 一度全てを失った人々は、二度と失わぬために少しでも力をつけようと進んで訓練に参加していた。


 そんな国が弱い訳がない。


 畑を耕す農夫すら、今では原生林近辺の下位魔獣を一刀両断にできるのだ。人々の努力の賜物である。


 今回の結果が示してもいた。


 書簡の筒をクルクル回しつつ、幼女はタバスに捕虜から代表を呼ぶよう頼んだ。


 タバスは外壁の上から捕虜達に声をかける。


「誰か代表を出してほしい。身分か官位の高い者はいるか?」


 タバスの言葉で捕虜達の視線は一人の人物に集中した。


「私が行こう」


 通路から出した男をタバスは丁寧に案内する。タバスの礼儀正しさに、初老の男はかすかに眉を上げた。


 会議室にタバスが連れてきた初老の男性。

 名をキャスパー・デ・マドル。帝国軍将校らしい。


 キャスパーは街の要人らしい人々の中に幼子を見つけ、軽く眼を見張る。何故こんなところに子供が?


 席の並びからいって、幼女の位置が主席。椅子も他よりランクが高い物だった。つまり、彼女が街の代表だと会議室内の現状が示している。


「これを見てもらえるかな?」


 幼女の手からタバスをかいしてキャスパーの手に件の手紙をわたす。訝しげに眼を通すキャスパーの手が、しだいに戦慄き、次には信じられないといった面持ちで顔を上げた。


「まぁ、気持ちは分かる。こちらとしても、混乱&困惑中。あんたらを養う義務はないしな。どうするか相談したい」


 苦笑しつつ、千早はキャスパーに椅子を勧めた。


「怪我人もいるだろう? 野晒しでは悪化するし、悪さしないと約束出来るなら、街に収容するが如何?」


「是非に。正直、魔術師達の治癒も効かず困窮しております」


 キャスパーは眼をすがめて苦しそうに呟く。

 無理もない。命懸けで守ってきたであろう祖国に、さっくり裏切られたのだ。心に受けた衝撃はいかばかりなものか。


「あんたらには身代金がわりに働いてもらう。秋津国では働かざる者食うべからずってな。あんたらに使った費用分プラス大金貨一枚分の労働で手を打とうと思う。稼ぎ終わったら、帰国するも良し、好きにしたら良い」


 にかっと笑う幼女を、キャスパーは瞠目する。


 有り得ない申し出だった。


 囚われた捕虜の末路は処刑か奴隷。それが通例である。


 なのに労働で解放するだと? しかも大金貨一枚? 帝国の平民兵、二ヶ月分の給金だ。

 生活費と治療費込みだとしても、三月も働けば稼げる金額である。捕虜相手に温い。温すぎる。バカなのだろうか?

 鍛え上げられた軍人百余名。奴隷として売り払えば白金貨十枚はかたい。それがたった大金貨百枚? 白金貨一枚分?


 眼をしぱたたかせるキャスパーに、幼女から書面が差し出された。


「了解してもらえるなら、ここにサインを。契約が完了したら、怪我人を治癒して、ねぐらに案内するよ」


 半信半疑ながらもキャスパーは書面に眼を通し、先ほど受けた説明と相違無い事を確認し、さらさらとサインをする。

 契約が終了した途端、周囲がガタンと立ち上がり、忙しなく動き出した。

 呆然とするキャスパーを置き去りにして、事はサクサクと進んでいく。




「これで大丈夫でしょう」


 アルス爺率いる医療部隊が捕虜に治癒魔法をかけて、治癒魔法が効かない者は衛生隊に回された。

 衛生隊では医師が診察し、怪我の程度に合わせて薬品を使う。

 地球産の薬草類から作られた薬品類。これが、こちらでは凄まじい威力を発揮していた。

 治癒魔法やポーションが効かない者は御加護が消失しているのだが、ポーション以外の薬品類に免疫の無い異世界の人々には、我々地球人より遥かに薬効の効果が高かったのだ。

 しかも常に魔素を取り込み満たされた異世界人の身体で、地球産の薬品は凄まじい相乗効果を起こし、上級ポーション並みの効果を出した。

 結果、御加護有りには治癒魔法。御加護無しには地球産の薬品と、ほぼ効果が変わらない住み分けが出来ている。


 次々と癒されていく仲間を見渡し、治癒魔法が効かなかった仲間すらも完治していくのを見て、キャスパー達は言葉も無かった。まるで神々の御業を見ているようである。


 文明度が全く違う。我々は一体何に戦いを挑んだのか。


 今更ながら伝う冷や汗を背筋に感じながら、キャスパーは彼等の温い思考が、ただ温いのではなく強者の持つ余裕なのだと、ようやく理解する。

 敵をも隔てぬ道心の在り方に、これこそが強国の在るべき姿なのだとキャスパーは漠然とした驚異を抱いた。


「さってと。じゃねぐらに案内するわ。数ヶ月の事だし、贅沢は言わないでくれよな」


 苦笑して先頭に立つ幼女の後を人々がついていく。街中に入った途端、今回何度めかの驚きにキャスパー達は絶句する。

 皇都よりも賑やかで活気のある人々。建ち並ぶ家や店は綺麗で飾り的な金属の鶏々や牛などが眼を引いた。

 窓辺には花やガラスのベルが下がっていたり、清潔な道にはゴミの一つも落ちていない。

 人々の顔は明るく、子供らも清潔そうな出で立ちで走り回っていた。


 一見して穏やかな優しい雰囲気の街は、辺境特有の荒んだ空気を欠片も含んでいない。


 幼女の案内に従いながらも、キャスパー達は街から眼を離せなかった。唖然とする捕虜達に、幼女が声をかける。


「ここな。雑魚寝になるが、寝具は足りてるし生活には困らないはずた」


 そこには難民ハウス。最近は新たに訪れる難民もいないが、ここに辿り着いた難民らは、ここから人生の再スタートを切ったため、思い入れがあるらしく、いつも誰かしらが掃除などの手入れにやってきていた。


「............」


 捕虜らは再び絶句する。


 彼等は薄暗く湿った牢屋か、せいぜい薄汚い家畜小屋を想像していた。あるいは土剥き出しな塹壕か。帝国ならばそうだ。

 こんな手入れの行き届いた清潔な建物が用意されるとは思ってもいなかったのだ。


 唖然とする捕虜らを無視して、幼女はついつい踊りが出る。ステップを踏み手を泳がせつつ、納戸を開けて布団の説明。棚を開けて食器の説明。

 さらにチェストを開けて着替えの説明。ここにある物は全て街の人々からの寄付だと説明する。


 寄付とボランティアで成り立つ難民ハウス。


 賑やかで美しい街並み。明るい笑顔の優しい人々。礼儀正しく清潔感に溢れた秋津国。


 捕虜達は、自分らの知る世界とは全く違う異世界に迷い混んだような気分になり、複雑な顔で踊る幼子を凝視していた。


 異世界に在りて異世界を作る。オカンの爆走は止まらない。

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