第67話 オカンと竜と青嵐 ~3~


「どんな感じ?」


 翌朝、千早は浜にやってきてミゲルに声をかけた。


「悪くないですね。ほら」


 ミゲルは浜と岩場の境にある生け簀へ幼女を抱き上げて連れていく。

 三メートル四方の生け簀の中には大小様々なエビや蟹、貝類がわらわらいた。

 地球でいうタイガーエビや車エビみたいのや、ワタリガニっぽいの。二センチ大から十センチ近いアサリやハマグリ。色がピンクやブルーなのが混じっている事には突っ込まない。

 伊勢海老みたいに大きいエビもチラホラいて、生け簀の中は賑やかだった。

 千早が初めて見る異世界の海産物に眼を輝かせていると、少し訝しげにミゲルが呟く。


「ただ、竜の様子がおかしいんです」


「おかしい?」


 ミゲルは頷くと沖にいる竜を指差した。


 言われて千早も気づく。たしかに竜の位置が数日前に見た時より、あきらかにこちら近くなっていた。


「ほんとだ。近いね」


 蠢く影しか確認出来なかった竜が、遠目ながら視認出来る位置まで来ている。

 瞬間、幼女の眼が音をたてて煌めいた。

 竜の背中や周囲にちんまい何かが動いている。


「ひょっとして、孵化した??」


「みたいですね。ここまで近くで見た事ないんで、もう少し大きくなったのしか知らなかったっす」


 にかっと笑うミゲル。


 姿形からすると恐竜のようだ。あれだ、なんつーか、某猫型ロボットの初映画で見たピー助そっくり。


 子供ピー助と親ピー助。揃ってセットでお得な感じ。誰得? あたし得なり。


「初めて見たよ、可愛いなぁ」


 ただ親ピー助は胴体だけでも七メートルほどあり、映画のピー助よりデカイ感じがする。


 あちらからもこちらが見えるのだろう。親ピー助が、じっとこちらを見ていた。


 子育て中だ。刺激しない方が良い。


 千早はミゲルにもなるべく刺激しないよう言い含め、明日の端午の節句用に海産物を朝イチで届けて欲しいと御願いした。


「いーぃらぁかぁーのなぁみぃとーぉ、くぅーもぉーのぉーなぁみぃー♪」


 歌って踊りながら千早が街に戻ると、少し騒ぎが起こっていた。また蜂蜜かな?

 しかし、些か趣が異なる。端々に焦りにも似た危機感を漂わせる喧騒に、幼女はてちてちと駆け寄っていった。

 それに気づいた探索者の一人が大きく手を振る。

 リカルドのパーティ。暁のメンバー、ハフィルと言う女性魔術師だ。

 肩で切り揃えた水色の髪を振り乱し、ハフィルは幼女に叫ぶ。


「帝国の攻撃ですっ! 渡しの帝国側が襲撃を受けていますっ!!」


 ハフィルの言葉に、幼女の瞳が険しくすがめられた。




「状況は?」


 渡しのある橋桁にやってきた千早は、攻防している探索者らに声をかける。

 すると指揮を受け持っていたタバスが答えた。


「親父様と敦さんが迎撃に出ています。リカルドが遊撃に曉と他を率いて周囲を掃討中です」


 海で区切った帝国側には土魔法で壁を作ってある。高さ十メートル、厚さ三メートルの壁には三ヶ所の扉があり、中央の正面扉のみを交易用に検問として使用していた。


 話によると、こちらから出発した商隊のキャラバンが、帝国辺境の街に荷を降ろしていた時、辺境警備の帝国軍と鉢合わせ、奴等は商隊相手にも関わらず武力行使に出た。

 幸い荷を降ろした後だったキャラバンは身軽なのを駆使し、強行突破を試みたが、あえなく捕縛。

 帝国軍と鉢合わせた際に出した早馬がディアードの警備隊に報告したため、親父様が敦と即出陣。

 帝国軍を叩きのめし、ただいまキャラバンと逃走中。


 帝国側も早馬で周辺から援軍を呼び寄せ、結構な数との戦闘になっているらしい。


「了解。外壁上部に魔術師と弓兵を配置して、帰還する人々の援護をよろ。入り口正面にテキサスゲート展開。左右の扉を開けて、狼煙をあげ人々の誘導忘れないでね。橋をかけるから、作業よろん」


 そう言うと千早は人工の大河を渡る。幅七メートル程の石造りな橋は、中央が3つの橋桁になっており有事には橋桁を上げて外界と遮断出来る仕組みである。

 身体強化をかけ、真一文字に突っ走る幼女を見送りながら、タバスは言われた通りに人々へ指示をだした。


 外壁に千早が辿り着くと、そこは既に交戦中。


 軽く跳躍して上部から見渡すと、至るところで騎乗兵達が剣を交えている。

 外壁周辺にも帝国兵がたむろい、扉を破壊しようと躍起になっていた。

 はるか彼方の地平線からも続々と帝国兵が集まってきている。


「こんな辺境で御苦労なこった。死傷者は?」


 いつの間にやら横に立つ幼女に驚きながらも、外壁警備の探索者班長であるヒューベルが経緯の説明をした。


「死者はおりません。重傷者もなく、皆ポーションを装備し、ポーションが尽きたら戻るよう指示してあります。妹様発案の支援魔法飛ばしが功を奏し、帝国兵相手にも十全の働きをしています」


 千早は軽く頷くと、外壁上部に居並ぶ魔術師達を一瞥した。

 誰もが真剣な面持ちで戦場を見据え、状況に応じた支援魔法を味方に放っている。


 こちらの常識では身体強化や治癒、解毒などの支援魔法は本人に触れなくては発動しないと思われていた。


 それに否を唱えたのが幼女である。


 攻撃魔法と同じように、支援魔法も飛ばせるはずだ。効果を指定した範囲治癒があるのだから、魔法の効果を封じ込めた魔弾を意識して練習すれば、きっと出来る。


 ってか、あたしは出来る。


 魔法は想像力だ。既存の常識は全て捨て去れ。やれる。出来る。あたしは知ってる。


 力強い千早の言葉を信じ、懸命に練習した結果、多くの魔術師が支援飛ばしを会得した。


 常識がまだ固まっていない若い者ほど理解が早く、見渡して見れば、前線に立つ魔術師の多くは十代だった。

 帝国兵の一撃を受け、崩れた探索者へ即座に複数から治癒が飛ぶ。

 一瞬の発光とともに探索者はギラリと眼を光らせ立ち上がった。

 倒したはずの相手が無傷で復活したのを目の当たりにし、帝国兵は思わず後退る。


 良い動きだ。しかし、まだ無駄が多い。


 幼女は外壁中央に立ち、左右へ音域を広げる魔法を展開して、声を上げた。


「眼を泳がせるなっ、正面を見つめ動きを追えっ、一点集中するのではなく、全体を漠然と視界一杯に入れて、崩れた、動いたと思った所に集中しろっ!!」


 幼女の言葉を聞き、魔術師達の動きが変わる。

 縦横無尽に放たれていた支援魔法が交差する事はなくなり、直線的に効率良く放たれるようになった。

 重複していた魔法の無駄が減り、それぞれが自分の正面をエリアと見据え、フォロー範囲が広がる。

 魔術師らの動きが変わったのを確認して、千早はほくそ笑む。初めての実戦にしては良くやれていた。


 ここで千早が帝国の奴等を一掃するのは容易い。しかし、それをしては秋津国が成長出来ないのだ。


 秋津国のスタンスは専守防衛。


 万里の外壁と広大な人工の大河。大陸から分かたれた秋津国は、奇しくも地球の日本と似通った立地となり、かつて日本が得ていた世界に対する地理的優位を、帝国に対して持っていた。

 あとは人々が育てば、強固な国として永く安寧が続くだろう。


 それを成し得るに神々の力は無用の長物。


 ただ助言し見守るだけが、こんなにもどかしく苦しいものとは。

 千早は逸る心を抑えて、じっと戦況を見つめていた。




「中央検問前、敵を排除成功っ、テキサスゲート展開急げっ!!」


 中央扉前に敷かれている石畳。半円形に幅五メートルほどに敷き詰められたそれを人々が外していく。

 五十センチ四方の板は厚さ五センチ。錬金で作られた強化軽石板。然したる重さもなく女子供でも運べる板を、多くの人々が瞬く間に外していった。


 すると板の下には十センチ間隔に区切られた格子が現れる。


 厚さ一センチほどの板を交差して作られた木製の格子。深さは三十センチほど。


 人々が引き上げ開けた正面に騎馬の帝国兵が殺到する。人々が出入りするために開いている正面扉を確保しようと、物凄い勢いで戦場を駆け抜けて来た。


「戦を知らぬ素人めっ、戦闘中に扉を開けるなど、不用意なっ!!」


 ニタリと残忍な笑みを浮かべた帝国兵は、次の瞬間、前につんのめり疾走してきた勢いのまま前方へと投げ出された。

 落馬しつつも受け身をとり、振り返った彼の見たものは、地面に脚をめり込ませて悲痛に嘶く愛馬の無惨な姿。

 前肢が半分地面に埋まり、引き抜こうと躍起になっている。

 周囲を見渡すと仲間の騎馬兵達も似たような状況になっていた。酷いものは脚が骨折し、あらぬ方向へ向いている。

 慌てて這いずるように兵士が確認に向かうと、馬の脚は木製の格子にスッポリと嵌まり込み、どうやっても抜け出せない。


「....なんだ、これは? 新手の魔法か?」


 騎馬を悉く無力化するあざとい仕掛け。


 これはテキサスゲートと言い、本来は鹿などの偶蹄目を捕らえる為の罠である。 

 馬や水牛なども升目の大きさを変えることで捕らえる事が可能であり、一度脚を取られると木枠を破壊せねば外せない。

 正面入り口に殺到した帝国兵の殆どがテキサスゲートの餌食となり、動けなくなった馬達が新たな障害物として立ちはだかる。

 立ち往生する帝国兵に、外壁上部から魔法攻撃が放たれた。弓兵も加わり、テキサスゲート周辺は阿鼻叫喚の嵐。撤退か救助か。惑う帝国兵の後方から、親父様が護衛するキャラバンの一行が駆けてきた。


 途端に帝国兵らの眼が陰惨に輝く。


 あれを捕らえて人質にしよう。口にせずとも慣れた遣り口に、帝国兵らはアイコンタクトで頷きあい、駆けてくるキャラバンに向かって走り出した。


「狼煙。...テキサスゲートか。右へ行く。左は任せた」


 親父様の言葉に頷き、敦はキャラバンの馬車を率いて左に。親父様は騎馬の者を率いて右に別れる。

 正面から突撃してきた帝国兵の目の前でキャラバンが別れ、どちらにと迷った帝国兵は、脚の遅い馬車を追撃した。


 馬車は外壁左に向かい、開かれた扉を目指して駆け抜ける。左側扉前には大河に沿って馬車二台分の幅を取った通路があり、陸地側に高さ三メートル程の壁があった。


 通路入り口から扉まで二百メートルほど。馬車を追ってきた帝国兵も通路に殺到し、馬車とともに扉へ向かって駆けていく。

 馬車が射程内に入り、魔術兵が攻撃魔法を放った瞬間、目の前に銀色の遮断壁が下ろされた。

 慌てて立ち止まり上を見上げると、外壁上部に幾重にも遮断壁が吊るされている。


 そして後方にも遮断壁が下ろされ、帝国兵らは自分達が通路と言う袋小路な罠にハメられた事に気がついた。


 外壁上部からは魔術師と弓兵が袋小路の帝国兵らを睨めつけるように見つめている。


 絶望に顔をひきつらせている帝国兵らを見下ろし、千早は軽く安堵の息をついた。


「勝ったな」


 春麗ら。いきなりの嵐に見舞われたが、なんとかなった。


 台風一過。安堵に胸を撫で下ろしつつ、幼女は掃討戦と後始末の指示を出した。


 馬は収容、治癒し、街の財産になる。武器防具も剥ぎ取って修繕すれば警備隊の強化に回せる。

 捕らえた捕虜は身代金と引き換えになるし、それまでは食い扶持がわりに働いて貰おう。


 あれやこれやと思案する幼子を嘲笑うかのように時代はうねりを増すのだが、今の彼女はそれを知らない。


 束の間の休息は、後日あらぬ方向から破られた。


 帝国が捕虜達全てを見捨てたのである。煮るも焼くも好きにしろとの三行半を投げて寄越され、唖然と顔を見合わせる秋津国の面々だった。

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