第61話 オカンと関わる人々 ~side・リカルド~


 秋も深まり、人々を脅かす冬の気配が忍び寄り始め、誰もが深い落胆に溜め息をつく頃。


 立て続けに街を騒がす問題児が現れた。


 見掛けは五歳になるかならないか。無邪気な顔に、のほほんとした雰囲気で大人を引き連れ、ちょこまかと走り回る蒼いローブの幼女。


 そう。先頭が幼女なのだ。


 探索者ギルドを訪れ登録は七歳からだと聞き、如何にもショックな顔で項垂れていた。

 苦笑する大人ら二人が登録をしている間、床にしゃがみ込んで、いじいじと指先を絡めている愛らしい姿。

 周りがほっこりするような室内に、いきなりけたたましく誰かが階段を降りてくる。


「来たかっ」


「来たよ」


 すんっと鼻をすするような声で、口をへの字にする幼女。

 降りてきたのはギルド長。喜色満面な顔で幼女に声をかけていた。


「登録は?」


「七歳からだって」


 今度はギルド長が、如何にもガーンと言う面持ちで顎を落とす。そしてカウンターの職員に食ってかかっていた。


「コイツは高位の術士だ、登録を許可するっ」


「七歳からの決まりです。これは子供を保護するためにも譲れません」


「保護も何も、コイツから市民を守らねばならんっ、今のコイツは平気で魔法を使える立場だ、ギルドの規則で縛らないと、えらい事になるぞっ!」


「ギルドには規則以前に義務が生じますっ! 否やの無い強制依頼や、緊急クエスト!! 子供を危険な仕事に向かわせるつもりですかっ!」


 凄まじい剣幕の受付嬢に圧され、思わずギルド長が後退る。

 瞳をランランと輝かせ、受付嬢のコルートは畳みかけるように低い声音で呟いた。


「私個人としては、七歳からでも不承不承です。せめて成人した十三歳からにしてほしいくらいなんです」


 しゃがみ込む幼子を切なそうに見つめ、コルートは小さな包みを幼女に差し出す。

 受け取った幼女が包みを開けると、中にはハチミツでコーティングされた豆菓子が入っていた。

 嬉しそうにポリポリと豆菓子を頬張る幼女に微笑み、コルートはギンっと音がたつほどの勢いでギルド長を睨めつける。


「登録は七歳からです。このラインだけは絶対に譲りません」


「.....はい」


 こめかみに冷や汗を浮かべつつ、ギルド長は剣呑な眼差しのコルートにコクコクと頷いた。

 途端、周囲から大爆笑が起こり、ギルド長は苦虫を噛み潰したかのような顔で幼女の横にしゃがみ込む。


「頼むから市民に手を出してくれるなよ?」


「心得た。でも孤児院に何かしら起きたら容赦はない」


「だーかーらーっ、おまえ、自分の年齢を逆手に取るから手に負えねぇわっ」


「子供に優しい世界って素敵ね♪」


「この、悪魔っ!!」


 唾を飛ばす勢いで叫ぶギルド長と、それをケラケラと笑い飛ばす幼女。

 一種異様な光景に周囲の人々の爆笑は掻き消え、えもいわれぬ悪寒が室内を満たす。

 今のやり取りで、幼女が年相応でない事は一発でわかった。しかもギルド長が下手に出てるあたり、相当な実力者なのだろう。

 わからぬ馬鹿は未だにクスクス笑っている。

 一見、子供にギルド長がやり込められている雰囲気だからな。理解出来なくはない。

 しかしパーティ曉で笑うメンバーはいなかった。むしろ警戒気味に幼女を見つめる。


「どう思う?」


「術士と言っていた。年齢では測れないね」


「スキル構成次第で大化けするからな、特に魔法系は」


「だな」


 これがリカルドと幼女の出逢いだった。


 そこからはノンストップな怒涛の展開。


 鶏や鶏卵、孤児院の炊き出しや物品販売の話はリカルドも知っていた。だが、その中心人物が幼女とは知らず、各協会やギルド代表らが紹介する幼女の姿に眼を見張る。


 そして生産を主にした食糧庫的な街作りを目指すと言う計画を聞き、さらに度胆を抜かれる。


 こんな辺境の荒れた土地で? 頼れる物は湖しかなく、深い原生林には野獣や魔獣が蔓延り、それ以外は見渡す限り荒野しかないのに?


 絶句する人々に、幼女は柔らかく微笑み子細を説明した。


 話をよくよく聞けば幼女の力押し。


 幼女が魔法で荒れ地を砕いて水を含ませ、そこを人々が開墾して畑とする。最初は放置し野草などが一面を満たしたら家畜を放つ。

 二年ほどかけて土地を肥やし、翌年には畑として使えると言う。

 それを繰り返せば、十年後には荒れ地一面が畑になるという寸法だ。

 土地は休ませなくては痩せる一方。今ある畑も休ませ改良し、収穫量を増やす方向へ持っていきたいらしい。

 それまでは鶏を育てる養鶏と、家畜から加工品を作る牧畜を主体とし、平行して畑の改良、開墾を進めたいと幼女は語る。


 夢物語のような話に絶句する人々を一瞥し、幼女はニタリとほくそ笑んだ。


「最初は、あたしの魔法が物をいう。だけど後はあんたがたの努力しだいだ。畑や家畜ってのは手間をかけただけ応えてくれる。維持し継続出来るかどうかは働く人間に託されるんだ」


 そして、すうっと眼をすがめ、幼女は吐き捨てるように囁いた。


「最初から諦めるな。足掻け。死に物狂いになれば出来ない事はない。後の子供らに豊かな土地を残してやれるかどうかは、あんたらにかかってる」


 幼女の真剣な眼差しに、人々の視線が集まる。


「大切なのは今じゃない。これからだ。この先だ。自分の子供らが貧しく飢えるかどうかは、これからのあんたがたの働きしだいだ。生きるだけなら畑は要らない。街も何も要らない。未来に何かを遺す。後の子供らを生かすために、死に物狂いで足掻け。努力は報われる。あたしは知ってるんだ」


 努力は報われる。そうだろうか。


 リカルドは無駄な努力がある事を知っていた。水を撒いても芽が出ない事もある。

 空回りや見当違いなど、この年齢なれば散々見てきた事案である。


 幼女の夢物語が現実になるなど、到底信じられない。


 ここに集まった人々の大半が同じ気持ちなのだろう。誰もが胡散臭げに幼女を見つめていた。


 しかし幼女は、それも予想済みだったらしい。


 にかっと破顔し、大きく右手を振る。


 するとギルド会議室の扉が開き、大勢の子供らがわらわらと飛び込んできた。

 手に手に大きな皿を持ち、その皿には溢れるほどの料理が盛られている。

 調理された肉や野菜。スライスして一口大にカットされたパンには見たこともない料理が乗せられ、手軽に食べられるよう工夫されていた。

 さらに数種類のスープや、ピザとか、ホットドッグとか、聞いた事もない料理がズラリと並ぶ。

 表面が薄く焦げた白い物は、器の縁がぐつぐつと煮たっている。グラタンとか言うらしい。


 暴力的なまでに鼻孔を擽る芳ばしい香り。


 誰もが喉を鳴らす中、幼女はしたり顔で声を上げた。


「百聞は一見に如かずだ、食べてみぃ。これらは全て孤児院で作られた物。子供らに出来る事が、あんたらに出来ないとは言わせないなりよ♪」


 リカルドは御馳走と幼女を交互に見つめ、してやられたとばかりに苦笑した。


 完敗である。


 現物を目の前に出されては反論の余地もない。

 この数ヶ月、幼女と子供らだけでも、これだけの物が作れたのだ。

 大の大人が雁首並べて出来ませんとは、口が裂けても言える訳がない。

 リカルドはチラリとギルド長や代表らに視線を振る。

 すると代表らは致し方無さげな顔で談笑していた。


 あんたらもやられた口か。


 辛抱たまらず、人々は料理を口にする。

 途端、絶句。御互いに口を押さえ眼を見張り、次にはガツガツとかっ込み始めた。

 しゃべる間も惜しむが如く無我夢中で食べ漁る人々。


 思わずリカルドは数歩後退った。


 そこまでか? 孤児院の料理ならリカルドも炊き出しで食べた事がある。


 確かに格別な美味さではあったが、貪るほどではないだろう。

 ドン引くリカルドの視界に、佇む幼女の姿が映る。彼女は切無げに眼を細め、食べ漁る人々を見つめていた。


「やまぬ雨はない。明けない夜はないってね」


 歌うような呟きをリカルドの耳が拾う。何故か気になる一節であった。


「それは?」


 いきなり声をかけられ、幼女の瞳が真ん丸に見開かれる。こうして見ると、ただの子供なんだがな。


「あたしの国の言葉だよ。永遠に続く雨はない、永遠に続く夜もない。必ず雨はやみ夜明けはやってくる。どんなに辛くても諦めるな、困難を乗り越えれば必ず明るい未来が訪れるってね」


 なるほど。良い言葉だ。


 リカルドは太陽が大好きだった。常に人々を照らし、闇を払う尊い光。

 特に夜明けが好きだ。眺めているだけで心が洗われ意味もなく希望が湧いてくる。

 不屈の意味も込め、パーティ名にしたくらいに。


「まあ、なせばなるとも言うし、気休め程度だけど無いよりマシさな」


 にっと笑う幼女。意味不明な言葉が多いが、なんとなく理解する。


 なせばなる。なさねばならぬ、何事も。

 ならぬは人のなさぬなりけり。


 呪文のように歌いつつ、幼女は踊りながら会議室を出ていった。

 もはや確認するまでも無いのだろう。人々の顔に浮かぶ満面の笑みが全てを物語っている。


 やらない選択肢は霧散した。


 リカルドは幼女を不思議そうな眼差しで見送り、御相伴に与るべく料理のあるテーブルへ向かう。


 そして言うまでもなく、絶句して眼を見張り、無我夢中で食べ漁った。


 ホワイトソース? チーズ? ベーコン? なんだ、これっ?! 美味すぎるっ!!


 ありとあらゆる食材の説明を子供らに聞きながら、リカルドは幼女の事も尋ねた。

 しかし、幼女の話を振った途端、子供らは貝のように口を閉ざす。


 後日、その理由を知るリカルドだが、すでにその頃には幼女に心酔していたため、特に驚きもなく、むしろ敬愛に拍車がかかっただけだった。


「美味いと楽しいは正義だ!!」


 幼女に叫びに頷き、正にその通りと苦笑するリカルドである。


 その正しさはディアードの街が実証済み。


 これからも、幼女と共に楽しくも騒がしい日常が待っているのだろう。けっして不愉快ではない明るい明日がやってくる。


 てちてちと歩く後ろ姿を見つめ、リカルドは眼を細めながら、嬉しそうに幼女の後をついていった。

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