第60話 オカンと関わる人々 ~side・タバス~


 ある日ふらりと現れた三人の異邦人。


 浅いと言うほどではないが、どこかあっさりとした顔立ちで明らかに我々とは違う人種であると思える親子。


 家族かと思いきや、青年側が親子に敬語を使っていた。ずいぶんと砕けた口調ではあるが、態度は目上に対するそれであり、幼子にすら丁寧なあたりから身分ある親子と従者かとタバスは考えていた。


 彼等は探索者ギルド隣の雑貨屋に買い取り依頼を出し、買い取った店主はギルドを訪れ、その品物をタバスに見せる。


 素人目にも分かる輝き。出された三つの鉱石はミスリルであり、それも非常に純度の高い一品。

 こちらに持ち込んだ理由が一瞬で理解出来た。

 こんな代物を店先に並べられる訳がない。盗人を呼び込むための餌を吊るすような物だ。

 ギルドなら適価で買い取り、独自のルートから職人に売る事も出来る。

 しばし思案し、タバスは右手を指三本、左手に親指一本つき出す。

 ミスリルの取引は大金貨が基本だ。タバスが示したのは大金貨三十六枚。


「これでどうだ?」


 店主は軽く眉を上げ、さらに指二本を右手側につき出す。


「この辺りですね。鑑定持ちをお呼び下さい。これはダンジョン産です」


 二倍近くの金額を提示された事より、店主の言葉の最後の下りを耳にして、タバスは思わず息を呑んだ。


 ダンジョン産でこの大きさ? 通常、ダンジョンで採掘したり宝箱から出るミスリルは、せいぜい親指程度の大きさだぞ?


 この大きさなれば鉱山などの地上で堀当てる事が可能だ。ただしダンジョン産と比べて、かなり純度は落ちる。

 純度は高そうに見えるが、この大きさだ。てっきり鉱山で一当てした物かと思ったが。

 ダンジョンで、このサイズのミスリルが手に入る場所は一つしかない。


「至高の間か....」


 つまりあの親子は踏破者なのか? 子連れで?


 瞬時に出所を看破したギルド長に微笑み、店主は大金貨六十枚を懐に入れ、ほくほく顔で帰っていった。

 買い取り価格は大金貨五十枚。右から左に流しただけで大金貨十枚の儲けである。店主の店の純利益半年分だった。

 思わぬ幸運に、ドルアデは小躍りしつつ女神様に心から感謝した。




 これまた、どえらい物が来たな。


 高純度のミスリル。それも拳大が三つ。これは競り合いになる。良い金になりそうだ。

 タバスはギルド経由で商人に召集をかけ、ミスリルである事は秘密裏に、武器防具に使える特殊鉱石を入手したと伝聞する。

 金に敏い商人はもちろん、生粋の職人達も特殊鉱石と聞き、近辺の街や村から集まって来た。


 探索者ギルドの会議室には七十人ほどの買手が集まり、半分は物見遊山か、まったりと飲み物を口にしていた。


 雑談や情報収集に花を咲かせていた人々の視線が開いた入り口に集中する。

 タバスが両手に持つのは布のかかったトレイ。内側に紫色の布が張られたそれを、タバスは床より何段か高い壇上のカウンターに運んだ。

 誰の眼にも見えるトレイからタバスが布を取ると、ざわめいていた会議室の中が、水を打ったかのように鎮まりかえる。


 白銀に煌めく拳大の鉱石。みまごう事なき神々の象徴。.......


「.....ミスリルか」


 思わずと言った呟きと共に、会議室内にどよめきが満ちた。


 拳大のミスリルと言えば一振りの剣になる。職人ならば喉から手が出るほどに欲しい代物。

 一攫千金な御宝を眼にし、獰猛な顔つきで周囲を見渡す商人達。そこにさらなる爆弾をタバスは投下した。


「これはダンジョンの至高の間から採掘された極上品です。これと同じ物が後二つあります。競りは入札式。お一人様一つ限り。高値をつけた上位三人にお売りします。金額は大金貨三十枚以上で。制限時間は十分です」


 ダンジョン産のミスリルが三つ?? 


 愕然とする人々を後目に、タバスは十分の砂時計をひっくり返し、カウンター前の板とペンで金額と名前を書き、自分に渡すよう説明した。


「一つ大金貨五十枚で三つとも買い取りたい」


 軽く挙手をし、一人の男が叫んだ。恰幅の良い、如何にも金がありそうな服装の商人然とした男。

 タバスは軽く眼をすがめ、剣呑な眼差しで男を睨めつける。


「お一人様一つ限りと申し上げたはずです。御理解出来ないのであれば退場願います」


 ぴしゃりと断言するタバスの声は低く鋭利で、応相談などと緩い事はしないのだと全身で物申していた。


 時間を与えないのもその一つ。


 競り合いになったり、時間があったりすると、顔の利く商人なれば一睨みで相手を黙らせる事が出来る。

 そうやって力のある者は無い者から全てを奪うのだ。タバスは、それが堪らなく嫌だった。

 こうして御互いの金額が見えなければ損得勘定で動く商人には迷いが生まれる。

 なるべく安く手にいれたい商人は、このくらいなら勝てるだろうと言う金額を入れるだろう。

 逆に有り金はたいてでも手に入れたい職人は、自分の出しうる最大限の金額を入れる。

 結果、両者の金額差が埋まり、競り合いで手の届かない金額にされるより、ずっとマシなのだった。

 確実に儲かる商品なれば出来るだけ大勢にチャンスを与えたい。お一人様一つ限りも、そのためだ。


 唸る商人達と違って職人達は即座に板に書き込み、タバスに渡してくる。


 真っ直ぐ自分を見据える真剣な眼差し。


 希望の輝くそれに、タバスは自己満足なれど、胸の蟠りが少し溶けた気がした。


 入札の結果、一つは商人に。二つは職人に渡る事となる。

 タバスは金額のみを発表し、商品受け渡しは後日とした。

 まさか職人に二つも渡るとは思わなかったからだ。

 誰の手に渡ったか知れたら、彼等の周囲が危なくなる。世の中の汚さは熟知していた。


 ミスリルの前では、職人の命など無いも同然。


 慎重に慎重を重ね、タバスは相手の宿泊先を訪れ、商品と代金の受け渡しをする。

 一番の高値をつけたのは、なんと職人だった。

 大金貨七十二枚。老齢のドワーフ混じりである。

 彼は差し出されたミスリルの塊から、一番重そうなのを選び取り、満面の笑顔に涙すら滲ませていた。

 そして渡された大金貨七十二枚分の硬貨。

 大金貨六十五枚と金貨や銀貨。ありったけのお金をかき集めてきたのだろう。


 それを受け取り、タバスは大金貨六十四枚を取り出すと残りを職人に返した。


「三人中、一番低い値段で統一します。同じ物なのに差額が大きいのは不公平でしょう?」


 微笑むタバスを信じられないような眼差しで見つめ、職人は涙ながらに、ありがとうと何度も呟いた。


 ありがとうはこちらですよ。大金貨百枚以上の稼ぎですから。お買い上げ、ありがとうございます。


 口にはせずに、タバスは感謝の笑みを深めた。




 そんなこんなで、タバスは異邦人達の動向に眼を配っていたのだ。


 住みかは孤児院。アルス爺の遠縁。海を渡った東の島国からやって来た。....か。

 なるほど。所見で異邦人だと感じた自分の直感は間違いではないな。またドルアデんとこに良い物持ち込んでくれないかな。


 最初はそんな感じで、可も不可もなかった異邦人達は、徐々に存在感を増していく。


「大変だ、ギルド長っ! 卵の相場が荒らされてるっ」


「は?」


 聞けば孤児院から卸された卵が、市場で安価に売られているという。買ってきた卵を見せてもらうと、茶色から真っ白まで色々な濃さの卵が籠に五個で銀貨一枚。一個銅貨二枚という破格な値段。


 は? ふざけろよ、卵なんて採集にどれだけ苦労するか。卵採集専門な奴等でも十日で三十個がせいぜいだ。最低でも一個銀貨一枚だろう?


 しかも目の前には魔獣や野鳥の卵とは違う、ふっくら丸々した大きな卵。


 これが銅貨二枚。


 タバスは背筋に言い知れない悪寒を感じた。


 その悪い予感は当たり、次には鶏々が。更には食事処や屋台、それに伴う料理協会や商業ギルドがと、立て続けに探索者ギルドへ駆け込んでくる。

 予想通り、全てに異邦人らが絡んでいた。

 しかも元凶の幼女と話を交わすうちに、タバス筆頭でディアードの要人達は、途方もない未来に心踊らせ呑み込まれた。

 にっかり笑う幼女の指揮に合わせて、荒唐無稽とも思える話を信じ、あれよあれよと街は変わっていった。


 だがそれと同時に街の問題も浮き彫りとなる。


 その最たる癌である教会各位。


 長年に渡り人々を嘲り罵り、難民が人ではないような扱いと態度で洗脳し、金銭をむしりとり続けた諸悪の根元。


 この街が経済的に貧しく、人々の心が荒み切っている最たる理由。


 しかしそれらは、呆気ないほど簡単に自滅した。


 幼女が流行り病の発覚から教会を叩きのめし、追い出して建物を更地にした時。


 タバスは泣き出したい程の歓喜で全身が熱くなるのを感じた。


 思わず空を見上げて涙を堪えたが、空に死んだ母の面影が浮かび、無様にも失敗する。


 救われた。心からそう思った。


 経済的な事や物質的な事ばかりではない。心が。魂が救われた気がした。

 我々は生きているのだ。権利を主張し、安寧を望んで良いのだ。幼女は我々にそう示してくれた。

 難民だからと見下げられる事もなく、咎人だからと理不尽に罵られる事もなく、ただ平和に暮らして良いのだと。

 今まで教会の理不尽に耐え忍んできたが、あんなもの無くて良いのだ。むしろ要らない。


 白銀色の司祭に女神様。


 この奇跡の光景を見て、再び道を違えようなどと考える愚か者は街にいないだろう。

 幼女と共にあれば、神々の赦しを得られるのも、そう遠くはないはずだ。


 全てを笑い飛ばす彼女の勇姿は、タバスの記憶から生涯消える事はなかった。


 この先、どんなに幼女に振り回されようと、今日の感動を忘れる事はないだろう。




 だが近い未来、この感動すら凌駕する事態に呑み込まれ、タバスが千早に死ぬほど悪態をつきまくるのだが、彼はその未来をまだ知らない。

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