第62話 オカンのお家
「これは?」
「あたしのお家」
何も無かったはずの塩田側荒野に、いきなり二軒の家が並んでいた。
うん、昨日までは何も無かった。間違いなく。
タバスは、じっとりと眼を据わらせ、こちらの建物と良く似た二階建ての家を見上げる。
小洒落た感じの煉瓦な家。柱は磨かれたオークで全体的に薄いオレンジな色合いをしていた。
大きな窓には透明度の高いガラスが使われ、窓辺には鉢植えの植物が至るところに植えられている。
色鮮やかな花々に色の濃い緑。白斑の入ったツル草の葉は子供の手のような形で、家の所どころを壁に添うように這い上がっていた。
木製のデッキにベランダ。そこにも鉢植えの植物が所狭しと並んでいる。
どれだけ植物が好きなんだ。
「これって一体どうやって建てたんですか? 一晩で建てられる物じゃないですよね?」
「あちらからインベントリに入れて持ってきた」
のほほんと笑う幼女。
「ああ、異世界のアイテムボックス....」
タバスは乾いた笑いを張り付けたまま、力なく大地になついた。
常識外れも規格外なのも知っていたはずなのだが、それでも驚きは隠せない。
家が入るアイテムボックスって何だよ、カタツムリかよ、家持ち歩くってどんなんだよ、ヤドカリや亀もびっくりだよっ!
「時間経過がないとはいえ、たまにはお日様や風に当てたらんとな。気分的に」
事もなげに宣う幼女に、タバスは目眩を覚えた。
そしてふと、もう一軒に眼を向ける。
こちらは全く違う様式だ。木造で壁には漆喰がつかわれ、全体的に平たい印象の家屋。
窓は木枠に紙が張られており、木の鎧戸がついている。金属はほとんど使われていない。
ほぼ木と紙だけで作られた不思議な家。
眼をぱちくりさせて、タバスは珍しそうに千早の実家を眺めていた。
黒い屋根に堅牢な柱。重厚な佇まいを見せるそれは、幼女いわく和風建築と言い、来訪者らの祖国伝統の作りであるらしい。
確かに。なにがしかの歴史を感じる建物だ。
「かれこれ数百年以上前に建てられたらしいから。平安色が濃いね。宮作りの意匠で釘が一本も使われていないんだ」
「は?」
釘が使われていない?? こんな大きな建物で??
呆然とした顔のまま、タバスは親父様の家を延々と眺めていた。
「和風建築の資料?」
幼女が常駐する探索者ギルド。そこには十数人の職人がおり、真剣な眼差しで幼女を見つめている。
「はい。いただけるなら提供してもらえると、ありがたいです」
何でもタバスに幼女の祖国の建物の話を聞き、職人達は好奇心から見学に向かったという。
そして絶句。
何とも複雑な組み合わせで成り立つ外観。梁や垂木の合間に彫られた小動物の彫刻や、欄干の見事な透かし。
重厚な佇まいの中にも遊び心が詰まった不思議な建築様式に魅入られたらしい。
「ふむ」
風情や趣を重視する和風建築は、この世界に新たな風を吹き込むかもしれない。
こちらの建物は全てが実用性重視だ。遊び心など皆無な建築物ばかり。それが当たり前だった。
しかし生活に余裕が出来た人々は、初めて見た遊び心に興味を擽られたのだろう。
「良いよ。あちらから資料を手に入れよう。出してある実家も自由に出入りして、なんなら解体してみても良い。復元出来るから、好きなだけ研究しな」
思わぬ申し出に、職人達は色めいた。
千早はさっそく地球へ転移し、手に入る範囲の宮作り関係の書籍や和風建築の本を買い求め、図書館のデータベースから各種詳細を抜粋しコピーして、インベントリにしまう。
あとは専門店で店員さんに話をし、初心者から長く使える大工道具を選んでもらい、あるだけ購入して驚かせた。
道具の使い方、手入れのノウハウなどの本も買い求め、ついでに園芸屋さんに寄っていく。
あらかたの買い物を済ませた千早は、建築で考えていた事を思いだして、神埼の執務室を訪れた。
「魔術具ですか?」
千早はコクりと頷く。
「前々から考えてたんさぁ。ダンジョン内のトイレに魔術具つけたらって。あちらは排泄物もゴミも、みんな魔術具で分解してるんよ」
変幻可能な有機物なら何でも分解する魔術具。スライムの消化器官を利用し、魔石をエネルギー源として半永久的に動くらしい。
分解された物は大地に拡散され、新たな栄養源となる。ダンジョン内で循環するのだ。
「こう広場みたいなとこに作ってさ。周辺を三メートルくらいの深さに掘って、試してみたい事があるんよ」
「掘る? 穴の真ん中にトイレを作る感じですか?」
「そうそう。外だとわからないけど、密閉されたダンジョンなら出来るかもなぁと思って。ダンジョンの汚物処理も楽になるっしょ?」
幼女から詳しい話を聞き、神埼は眼を輝かせた。
作る時は手伝うからと言い残し、千早はディアードに転移する。
そして目の前の光景に絶句した。
目の前には屋根も壁も無く、外郭を完全に解体された実家があり、その周辺では数十人の職人が、真剣な顔で討論している。
「こうこうで....最後に楔が入る訳だ。良く出来てるなぁ」
「これ。俺らでもやれそうだよな、彫金持ちが居ただろう、呼んで来い」
「この形状が一体感を出して繋がるんだな。で、これが....」
やいのやいのと検討する職人の熱気に、知らず幼女の顔が笑みで緩む。
幼女が来た事にすら誰も気づいていない。
子供のように夢中な男どもを一瞥し、千早は声を張り上げた。
「資料と道具を購入してきたぞーっ」
途端、弾かれたように立ち上がる職人達。
出された数十冊の本と道具に群がり、キラキラした眼差しで見つめている。
まるでオモチャを得た子供のようだ。
千早が持ち込む地球の物は、爺様が自動翻訳の魔法をかけているので、誰にでも読める。
しばらくしたら和風様式の物が建つかもしれない。
職人達の新たな挑戦に心踊らせる千早だった。
しかし、事態は斜め上を爆走する。
うん、確かに許可は出したよ。
職人達の熱烈な要望で、和風建築をやってみたいって話だったよね。その資材も地球から集めて来たよ。
数十人の職人が建てるんだから、何軒になるか分からないし、かなりの資材を集めて来た。
余れば、これからも使えるしね?
湖北に新都市を建築する話に便乗して、新都市は和風様式でも良いねって、ただの世間話のつもりで相槌も打ったよ、うん。
幼女は目の前に広がる光景に眼を据わらせ、己の浅はかさを恨んだ。
「まさか、こうなるとは思わんだろうがぁぁぁっ!!」
幼女の前には湖を背景に、純和風の御殿が広がっていた。御殿の敷地だけでディアードの元の街の広さ。
左右に武家屋敷的な物があり、迎賓館と御寝所だという。
いや、それ日本語間違ってるから。
どうやら宿を御寝所だと勘違いしてるっぽい。
持ち込んだ資材のほぼ全てを使った渾身の作だとか。何がどうしてこうなった。
「これを参考にしました」
満面の笑みで職人が開いた本は、和風建築の真髄とあり、中には京都御所や三十三間堂、神社仏閣など、鳴り物入りの和風様式がズラッと並んでいた。
あ~、それ行っちゃいましたか~。
職人らが任せろ大丈夫というから、ほとんど視察もしなかった、あたしが馬鹿だった。
まさか、こんな事態になるなんて思わんやん??
神社仏閣が建てられなかっただけマシと思う他ない。忙しかったし、仕方無いっ!!
「すごいね~。でもこれ、何の用途に使うん? 観光の目玉かな?」
中央に馬鹿デカイ御殿があるのに、なんで別で迎賓館や宿をつくるのさ、意味わからん。
理解が追い付かない千早が疲労困憊の眼差しで御殿を見つめつつ呟くと、職人らは顔を見合わせてニッコリ笑った。
「俺達からの感謝の気持ちで作りました。女神様と妹様の御所ですっ!」
千早は真ん丸に目玉が点になった。
はい?
「あの家を見て思い付いたんです。妹様らはまだ孤児院で寝泊まりしてるでしょ? 来訪者様らに相応しい家を建てようって」
「俺ら頑張ったんですよっ、この国は秋津国で来訪者様らの故郷の名を頂いています。ならば来訪者様らの住む場所は御所であるべきだと。隅から隅まで本を読んで、女神様と来訪者様に素晴らしい建物を作ろうって」
で、あれほど和風建築に拘った訳ですか?
まさかのーっ、まさかすぎるーっ
彼らにとってはサプライズ的なノリだったのだろう。自ら招き入れた大惨事に幼女は撃沈される。
千早にしたら、和風建築が混ざった建物の一つでも出来たら嬉しいなぁ程度の軽い気持ちだった。
こんなガチ御殿来るなんて夢にも思わんやんっ!!
思わず崩折れ、しくしくと泣く幼女。
職人らは幼女が望郷に涙していると勘違いし、こちらの都市は和風様式で作りましょう。来訪者様の故郷のように、雅な都市にしますっと力強く頷いていた。
それって、さらなる大火傷の予感しかしないんだけど? 外国人の、フジヤマゲイシャ的なハリボテ臭がプンプンするんですがっ!!
この後しばらく、和風建築に燃える職人と、それを阻止しようとする幼女の資材争いが各部署で勃発し、理由を知らぬ人々を混乱に陥れる事となる。
ちなみに、御殿を見た親父様は、かっけぇー...と呟き、敦は涙目になるほど大笑いしていた。
春の作付けも終わり、今日も平常運行な秋津国である。
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