第57話 オカンと新しき国


 春が来る一足前に、魔族らは砂漠の街へ移動していった。新たな街の作付けや春の立志式で放逐される魔族の仲間を救助するためである。


 感謝しきりな彼等を転移で送り届け、千早は帝国から逃れる荒野の人々を回収し、土魔法で大地を深く穿ち、渓谷とみまごう巨大な溝を作った。


 大陸とディアードを隔てる物理的な堀。


 最後に左右の海に当たる部分を削り、一気に流れ込む海水が溝を満たす。荒野の中央に巨大な河が現れ、ディアードを大陸から切り離した。


 女神様からも許可を頂き行われた地殻改造。女神様は以前滅ぼされたアルス爺の祖国、ストラジアを救えなかった事が、ずっと痼になり後悔していた。

 女神様自身が棲まうほど穏やかで優しい人々に溢れた美しい国。

 それが無惨に滅ぼされた時、女神様は誓ったのだ。後悔は二度は御免被ると。エンシェントドラゴンと共に。


 女神様自身が世界の理に触れてならないなら、触れられる者に託すのみ。


 そんな二人の目の前に件の幼女は現れた。


 心優しく大らかで屈託ない子供。元が五十とは思えない無邪気さ。

 大人の知識と処世術を十二分に身に付けつつも、中身は完全に子供のままな千早の存在は奇跡としか思えなかった。

 青臭い正義感や情に振り回されてるかと思えば、それを実現してしまう鋭利な観察眼と的確な決断力。


「ファーマーの我が儘は世界を救うんやっ!」


 だから嫌な事は嫌、やりたい事をやる。ふんすっと胸を張り、断言する幼女。


 いっそ清々しいほどの俺様なのに、そんな雰囲気は全くなく、人々は喜んで受け入れる。


 見ていて気持ちの良い爽快感。こんな人間は今まで見た事がない。共に地球からやってきた父御ててごや青年とも全く違う生き物。


 女神様は、くふくふと笠を膨らませながら笑う。


 妹神の世界で妹神の血族に生まれた規格外な幼子。わたくしの神族。可愛い可愛いわたくしの妹。


 ああ、なんと楽しい事でしょう。わたくしも我慢したり耐えたりしなくて宜しいのだわ。だって大義名分があるのですもの。


 世界が停滞し、淀み、荒れていくのを見守るしかなかった苦しい日々は終わる。


 小気味良い幼女の道行きを見守るだけで良い。


 女神様は幾久しく感じなかった満足感に胸を満たし、千早の頭の上で歓喜に舞い踊っていた。




「さってっと。まずは渡しを始めないとな」


「渡し?」


 疑問符を浮かべる敦に、千早は軽く説明する。


「馬車二台と人を十人くらい乗せられるイカダ型な船で渡しをやるんだよ。観光名所にもなりそうだな♪」


 帝国とディアードを往復する渡し。広大な河の途河は、ちょっとした行楽気分になれるだろう。

 何より帝国側の街にも取引先があり、流通を止める事はしたくない。帝国でも辺境スレスレな村や街は貧しいのだ。

 安価なディアードの食糧がないと死活問題。それも帝国がディアードに進軍を決めた理由の一つだろうな。

 息のかかった教会を追い出し、無償で司教や司祭を育成し、安価で美味しい食糧を売りまくる。

 皇帝の面子も教会の威信も地に落としたような物。


 まあ、どうでも良いけど。心の底から。


 面子や権威で飯が食えるか。そんなんは富裕層のお遊びだ。下らねぇ。

 民を守らぬ特権階級はただのゴミだ。むしろ害悪。早々に退場願いたい。


 シビリアンコントロールの概念に至るまでは、まだまだ時間が必要だろう。しかし、いずれ人々は辿り着く。大地に住まいひしめく平民こそが国の根幹であるのだと。

 だからこそ皇帝は侵略を始めたのだろう。絶対的な支配者として恐怖を植え付け、人々の心を挫くために。ある意味、最先端の時代感覚だ。

 戦火と飢えのダブルコンボに、無慈悲な兵士の暴力。これに耐えうる強靭な精神の持ち主は滅多におるまい。恐怖は簡単に人の心を揺らがせる。


 そこに奴等は飴玉を差し出すのだ。


 奴隷となれば衣食住を保証すると。細やかな餌で大量の労働力を確保する。

 酷使されようとも、飢えて焼け出され暴力の餌食となってきた難民にすれば、命の保証がなされるだけで天国に見えるだろう。


 地球世界でも過去には存在した黒歴史だ。


 奴隷は家畜と同じで、番わせ増やし繁殖させつつ売られ続ける。生まれた時から奴隷な子供達は奴隷である事に疑問を持たない。

 だからこそ今が正念場。負の連鎖が生まれる前に、奴隷となった人々を解放しなくてはならないのだ。

 侵略が始まって、すでに数十年の月日がたっている。つまり奴隷の二世三世が生まれている可能は高い。

 子供であれば、まだ人生の修正が利く。しかし、成長するにすれ、奴隷である事に誇りを持つほど洗脳されてしまう。


 そうなったら手遅れだ。


 人である事を完全に否定する史上最悪の愚行。


 これに終止符を打つため、千早はディアードと帝国の繋がりを完全に切りたくはなかった。


 神々の力を借りれば容易く為されよう。しかし、本来神々は人の理に干渉してはならない。


 だから最後の切り札。


 人々の問題は人々が解決しなくてはならない。右往左往して惑い、試行錯誤を繰り返し、自力で勝ち取らねば意味がない。人々に成長が望めない。

 一気にどうこうとは出来ないのだ。


 そんな事を思案しつつ、幼女は地図と物資の目録を交互に眺め、サクサクと書類を仕上げていく。

 切り離した陸地は街の五十倍はある荒れ地と原生林。豊かな水源を持つ湧水の湖から四方に河が流れ、その近くにディアードの街がある。

 湖の南側に位置するディアードと対にして、北側にも都市を作ろうと千早は考えていた。


 春を前に駆け込んできた難民や貧民達。これが思いの外多かったのだ。ざっと八千人。


 湖の東側を農地や牧場に開拓しており、徐々に開墾する予定であったが、北側の都市開発に合わせて、西側も開拓の必要がでる。

 人手は腐るほどあるのだから、同時進行でイケるだろう。


「都市か。まずは道と住居。青写真描かないとな。技術屋らに依頼して....資材は各地から集めてこよう」


 簡易テント村で寝泊まりしている難民らのためにも、小さくともまともな家が必須である。

 こちらと同じように難民ハウスを幾つか建てて、都市外周から民家を建てて、国別に区画割り。区画ごとの街の開発は住む難民達に任せ、あたしらは中央になる都市部の建築だな。


 ざっと白銀貨千枚くらいか。また至高の間から軍資金になる物をパチッて来ないとな。


「ほんと。暇なしゃぁなも」


 軽く肩を叩き、幼女らしからぬ仕草で千早は伸びをする。そこへノックと共にタバスが顔を出した。


「妹様。お時間あれば会議室においでくださいますか」


 やや神妙なタバスの顔を不思議そうに見つめ、千早は彼に付いて会議室へと向かう。




「我々は、この独立した陸地を国としたい」


 会議室には何時もの面々。各ギルド代表に協会代表。各区画代表。

 彼等は現れた幼女に開口一番、ディアードを国にしたいと申し出た。


「良いんじゃないか? あんたらの街だ。どう名乗るも自由だろう。ディアード国か。悪くないな」


 快く頷きながら同意する幼女に、人々は顔を見合せ、視線で会話する。


 その仕草に千早は首を傾げた。


 自分たちの言いたい事が伝わっていないと感じた人々はタバスをチラ見する。

 タバスは苦笑しながら、足りなかった言葉を捕捉した。


「ディアードは首都となります。新たな国名を妹様に名付けていただきたいと考えているのです」


「はぇ?」


 思わず間抜けな声をあげ、千早は居並ぶ面々を一瞥する。固唾を呑んで見守る真剣な顔。


「あたしゃ部外者だぞなも。この街を起こした人らが名付けるべきじゃないか?」


「我々が起こした小さな街を、国と呼べるレベルへ発展させたのは来訪者の皆様です。いわばこの国の生みの親。是非とも名付け親にもなって頂きたい」


 ウンウンと高速で頷く面々。


 皆が望むのなら、否やはない。


 しばし思案し、幼女は顔を上げた。


「秋津国。私の故郷の古い呼び名だ。漢字と言う文字でこう書く。どうかな?」


 幼女が木の板に書いた文字とフリガナを凝視し、人々の顔が歓喜に色めいた。


「良いではないですか。秋津国。響きも良い。どことなく風情を感じる素敵な名前です」


 意味は蜻蛉の国なんだがなww


 風情があるっちゃあ、あるよな。確かに。


 会議室の面々は口々に秋津国と呟きながら、つぎの問題を幼女に出した。


「では次に国の代表なのですが、こちらも妹様を筆頭とした来訪者の方々にお願いしたいのですが。妹様を初代とし、秋津国王家を設立したいと考えています」


「うええぇぇっ??」


 今度ばかりは幼女も首を縦に振らなかった。


「いや、それは駄目だよ。国の代表はこの国の人々が選ばないと」


 今度はタバス達が疑問符を浮かべた。千早の言葉の意味が分からないようだ。


「選ぶ....とは? 国は建国した王家を筆頭とし、それぞれ領主を据えて税を集め国政を行うものですよね? 領主は妹様が選ぶにしても、代表....国王でしょうか? 選ぶとは?」


 あ~、そこからか。


 千早は簡単に民主主義の理念を説いた。


 国を支え国庫を維持するのは多くの国民であり、その国民が政を任せても良いと思う人物を選ぶ。

 自分達が選んだ代表なのだから、皆で協力して政を行う。それぞれの区画の代表で話し合う議会制度や、代表が人として路を踏み外した時に解任出来るリコール制度など、大まかな概要を説明した。


「主権は民にある。これが民主制度だ。あたしはこれを秋津国に適用したい」


 主権が民にあるなどと想像もした事がなかった人々だが、民が有らねば国たりえず、王家がなくとも国は立ち行くとの幼女の言葉に、不思議な得心を得た。


 実際に王がいなくとも、我々は街を造り国となした。王家は必須ではないのだ。


「では、妹様の故郷には王家は無いのですか?」


 当たり前の疑問である。首を傾げるタバスに、幼女は少し思案した。


「王家とは違うが、国の象徴たる一族はいるよ。だけど権限は何も無い。国教である神道の最高神官であらせられるだけかな。ただ、その影響力は計り知れない。神代の時代から現在まで続く外交や交渉力は、長年に渡り故郷を助けてくれてきた。特別でも偉くもないが、尊い御方達だよ」


 幼女は三権分立の説明をする。権力を一ヶ所に集中させず、各々独立させ、なにがしか起こればそれぞれがストッパーにもリーダーにもなる事が出来る仕組みだ。

 その中で、象徴たる一族は君臨すれども統治せず。親善や外交に力を入れ、国同士に摩擦が起こらないよう、友義を結べるよう奔走する縁の下の力持ち的な存在だと説明する。


「あたしの故郷は三千年近く続いてる国でね。遡れば神代にまで繋がっている。国民の誰もが神々の子孫と言われ、その中でも要たる三柱の神々がおり、象徴たる一族は三柱の御一人、天照大神の子孫だと言われているんだ。だからこそ国教の最高神官であり、故郷の象徴たる一族なんだよ」


 居並ぶ面々はポカーンとした面持ちで話を聞いていた。

 神代から続く国? 民の全てが神々の子孫? ならば目の前の幼子もそうなのでは? 


 民主主義、三権分立、シビリアンコントロールによる国民が行う政の監視。


 どれもこれもが既存の常識からかけ離れた夢物語のようだった。


 しかし幼女が規格外な事ばかりをやらかすのは周知の事実。これもまた、現実足り得る話なのだろう。


 そしてふとタバスが聞き覚えのある単語を口にした。


「アマテラスオオミカミ....と言えば、女神様の妹神ではありませんでしたか? 妹様の祖先にあたられるはずですよね? .....? と言う事は、妹様は、あちらの象徴たる一族の??」


 あ。やらかした。


 そういや、タバスは女神様の話ん時、一緒に居たんだった。コイツ口止め忘れてやがる。


 あちゃーっと片手を眼にあてて天井を仰ぐ千早に、むこな人々のキラキラ輝く視線が集中する。

 人々の期待に満ちた眼差しの集中砲火を受けながら、幼女は如何にして面倒事から逃げ出そうかと、必死に頭をフル回転させていた。


 かくしてディアードは首都となり、秋津国と言う小さな国が異世界に誕生する。


 王家等の特権階級は存在せず、ただ一つ、小さな一族を国の象徴として、大きな屋敷と迎賓館が建てられた。


 その一族の名は皇。小さな街を国へと独立させた一族として、永く人々に語り継がれる事となる。

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