第56話 オカンと異世界観光 ~終幕~
「ありがとうございます。これで確認終了です。バロック司教。後は王宮にお任せください」
キャルマの街の件で魔族側の確認を取り、穴熊な侍従長は深々と頭を下げた。
司祭も教会側の落ち度を謝罪し、二度とこのような事が無いよう監査を強化すると約束する。
「だから何だって話だがな」
辛辣な幼女の呟き。ガラティアの二人は言外の非難を察して、顔を俯かせた。
これからがどうなろうと失われた命は返らない。失われたら御仕舞いなのだ。今回失われた命は二百と少し。飢饉による死者はさらに増えるだろう。
しかし、魔族は純粋な飢饉の被害者ではない。人為的に餓死へ追い込まれたのだ。数字の一部にされるのは堪らない。許せない。
幼女は事実の正しい公開と、教会に対し賠償を求める。必ず今回の件を万人に周知し、魔族への歪んだ見解を払拭するようにと。
「それは....教会の権威が失墜してしまいます」
固唾を呑み、俯いたまま指を戦慄かせる司祭。だが穴熊な侍従長は顔をあげ、王の名に誓って幼女の求めに応じると約束した。
狼狽える司祭を鋭い視線で制し、唸るような低い声音で呟いた。
「隠しおおせる物ではありません。病が伝染しないようキャルマは隔離しなくてはなりませんし、黙っていては第二第三の事件が起きるかもしれない。権威の失墜と人々の安寧。教会はどちらが大事か?」
選びがたい二者択一。しかし腐っても司祭は聖職者だった。人々の命が秤に乗るならば答えは一つ。
「失った信用は取り戻すチャンスがあるが、失われた命は二度と取り戻せないんだよ」
幼女の怒気を孕んだ呟きに、司祭は力なく頷いた。
「御話は終わりましたかな?」
意気消沈するガラティアの二人と幼女らに、アルス爺が声をかける。
途端にガラティアの二人は眼を見開いた。
目の前には見事な白銀色の髪と髭を携えた老人が立っている。女神様の神族の証。
好好爺な淡い微笑みを浮かべ、アルス爺は幼女に頭を下げながら、街の教会の事で話があると椅子に腰掛ける。
「実は子供らのスキルに属性精霊支援を持つ者が続出しておりまして。教会に治癒魔法師だけでなく、魔術師も必要となるかと。教える者が足りません」
「なるほど。おけ、魔術師経験がある者を募集しよう。こんだけ人が増えたし、十や二十いるだろう」
ディアードの街は元々女神様を信仰対象に教会を作っていた。さらに増えた各国の区画では、それぞれが守護神としている五柱の神々の教会が建てられている。
以前千早が、自分の故郷には親神様を筆頭に数百万の神々がいて、他所の国の神々でも受け入れて、祝い祈り楽しんでいたと話したら、皆が唖然とした。
「神様は神様だろうも。他所からきた御客様だ。祝い祈り大事にもてなさないと。信者もなんも関係ないわ。神様と言う一つのカテゴリーだ」
神様は敬い祈るもの。ただそれだけ。種族も民族も国すらも関係ないと、幼女は踊りながら笑った。
至言だった。神様は神様なのだ。
相手が大切にしている物は同じように大切に。
たったそれだけがディアードの街の規則である。
だが、たったそれだけで人の和が繋がり気持ち良く回る。日本人な来訪者らは、それを良く知っていた。
自ずと各国の区画の交流が深まり、同じく五柱も祈り奉られ、素直な子供らの祈りは快く神々に受け入れられて、御加護や祝福が増えた。
当然、精霊も神々とともに子供らを祝福する。
結果、多くの子供らに五柱の加護持ち祝福持ち支援持ちが続出したのである。
話の内容に唖然とするガラティアの二人。
そんな事に気づきもせず、世間話のようにのほほんと相づちを打つ幼女とアルス爺。
高等教育は教会が受け持っていると聞き、是非とも見学したいと二人は食いついた。
案内された教会に再び二人は唖然とする。
地球で言う巨大なチャペル形式の建物に、多くの人々が行き交っていた。
祈る者、治癒を受ける者、和やかに談笑する者。
大きな鐘が時を告げ、街中に鳴り響く。
外観は煉瓦と白い漆喰。屋根は鮮やかな青だった。入り口から中に入ると木や煉瓦で統一された温かい内装。中央には赤いカーペットがひかれ、左右には長椅子が数十列ずつあり、奥に祭壇と巨大なクリスタル。
鎮座されたクリスタルは大地を統べる女神様の象徴。他の教会でも置いているところは多いが、こんなに巨大で美しい物は初めて見た。
濃淡のある紫が混じり、透明な部分には金の糸のような物が複数内包されている。
幅一メートル、高さ五メートルはあろうかと言う水晶の原石は、神格すら感じる荘厳さ。
あんぐりと空いた口が塞がらない二人に、幼女の高い声が聞こえる。
「高等学習会はこちらなりよー」
間の抜けた語尾が二人をハッと正気づかせた。彼等は慌てて幼女の後を追う。
そして再び、あんぐりと口を空ける。
そこは広い講堂になっており、複数のグループがそれぞれの講義に没頭していた。
治療魔法はもちろん、精霊魔法、空間魔法や光、闇魔法。他にも薬学、錬金などスキルに関する指導もされている。
教壇と長椅子が複数用意され、各々の教壇には今日の講義内容を記した木の板が立てられていて、目当ての講義の長椅子に座り、静かに講義を待つ人々。
後方の壁一面にはギッシリ本の詰まった本棚が並び、誰もが気楽に取り出しては読んでいる。
どれ一つをとっても規格外である。
「夢の世界だ.....」
学ぶと言う事自体が難しいこの世界にあって、こんなに気軽に学びたい事が学べるなど、司祭のような知識層には楽園である。
出来うるなら自分も参加したい。学びたい。
両手を戦慄かせながら、キラキラと眼を輝やかせ、今にも駆け出しそうな両足を、必死に理性で押し止める司祭様であった。
「お見苦しいところをお見せしました。申し訳ない」
恐縮しながらも興奮冷めやらぬ司祭様。講堂から彼を引きずり出すのに苦労した幼女と侍従長である。
「まあ、事は済んだ。ガラティア王宮まで送るよ」
子供みたいに興味津々な司祭様に苦笑しつつ、幼女は二人の手を取った。
そこへ複数の人々が掛けてくる。
「お待ちください妹様、御客様にこれを」
息を切らせて駆けてきた人々は、手に手に包みをもっていた。
「我々が育て加工した食品です。是非ともガラティア国王陛下に献上致したく存じます」
鶏を筆頭に鶏卵、チーズ、ベーコン、腸詰め、焼き菓子など。ディアードを代表する食べ物を差し出され、ガラティアの二人は笑顔で受け取る。
多くの人々から見送りを受け、三人はガラティア王宮へと転移した。
「ふぉおおおぉぉ」
二人が帰還した王宮に、ウサギな王様の不可思議な声が響く。
真っ赤なお目々を限界まで見開き、王様は献上された物を試食していた。
ふくふくした頬を押さえ、キラキラした瞳を潤ませて、ウサギな王様はピクピクとお髭を揺らす。
「なんたる美味っ、飲み込んでしまうのがもったいないのぅぅぅ」
穴熊な侍従長がウンウンと頷いて同意した。
「大丈夫です。沢山頂きましたし、なにより我が国と国交を結んで下さるそうです。税無しで自由貿易を希望されております。食品に関しては、こちらの物価に影響がないように国繋がりで納めたいと。流通は王家に一任してくださるそうです」
自由貿易で出張する商人達が扱うのは加工品のみ。馬車でガイアスの領地ナフィリアまで一日。王都まで十日ほど。
観光がてら行き来するのに最適な距離である。
御互いの国を繋ぐ浅瀬の両サイドに関を設け、対岸同士の交流は歓迎ムードでスタートした。
時は厳寒を過ぎ、ディアードの雪も溶け始めた早春。春はまだ遠くとも微かな足音が聞こえる異世界である。
だが新たな火種は燻り、不穏な噂がディアードの街を席巻する。帝国がディアードに向けて出兵を決定し、徴兵を始めたのだ。
「とうとう来るか。まあ、予測はしてた」
大して驚きもせず、幼女は息急ききって駆け込んできた探索者達に果実水を出す。
「姉様から許可はもらってるし、準備万端。取り敢えず至急噂を流してくれ。ディアードは独立し、帝国側から入る事は不可能になると。移住するなら急げと」
訳も分からず首を傾げる探索者達。
そんな彼らに幼女は人の悪い笑みを浮かべた。
真しやかに流れる噂につられ、元々ディアードへ移住を考えていた難民や貧民が、春を待たずに一斉に辺境を目指した。
帝国国境付近の辺境まで出れば、ディアードの探索者達が馬車を走らせており、随時人々を拾ってくれる。
それを知る人々は決死の思いで兵士の眼を掻い潜り、一路ディアードへ向かう。噂にしか過ぎない楽園の存在を信じて。
それだけ帝国の悪辣な圧政に喘ぐ人々は多いのだ。
そんな人々の波も一段落した頃。
春を迎えた麗らかなある日。
地平線を埋め尽くす大群が荒野の端に現れた。
ディアードはさらに五十キロほど先にあり、兵站の関係で拠点を荒野の入り口に設営している。
獰猛な眼差しで、まだ見えぬディアードを睨めつけていた指揮官に、斥候から報告が届いた。
「大変ですっ、荒野がありませんっ」
「何だと?」
意味の分からない報告に指揮官は眼を剥き、自ら確認に馬車を走らせた。
そして呆然と立ち尽くす指揮官。
そこには巨大な大河が横たわり、遥か彼方の水平線に微かな陸地の影が見える。あれがディアードか?
水を嘗めるとしょっぱく、大河の正体は海水だった。
ディアードは対岸と浅瀬で別大陸に繋がる辺境である。この大陸から槍の穂先のように突きだした地形。
幼女はそこを利用し、ディアードの土地を帝国の大陸から分断したのだ。
横たわる河川の幅は約十キロ。大軍が渡河出来る幅ではない。
完全に大陸から分断された陸地。手の出しようもない絶望感で、帝国の指揮官は茫然自失のまま、その場に崩折れた。
茫然自失な指揮官を遥か上空から見下ろす幼女と女神様。二人はほくそ笑み、愉快そうにディアードへと飛び去っていく。
帝国から物理的に独立したディアード。
楽園の異名を持つその街の名は、瞬く間に異世界中に知れ渡った。
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