第55話 オカンの異世界観光 ~10~

 

 末路の見えたキャルマの街を後にして、三人はディアードの街へ転移する。


「すごい...」


 素朴な称賛。ディアードはガラティアの王都にも負けない賑わいだった。

 いたるところに屋台があり、中央広場では芸人が芸を披露している。ちょっとしたお祭り状態だ。

 感嘆に言葉もない二人を引きずり、幼女は難民用ハウスへ向かう。

 大きな倉庫みたいな建物の前には魔族と人間が仲良くたむろい、談笑に花を咲かせている。


 屈託ない笑顔の人々。


 ここに来るまで多くの人達とすれ違ったが、誰もが笑顔で楽しそうに働いていた。


「バロック司教は?」


 談笑していた魔族は幼女に微笑み、司教なら孤児院で子供らを見ていると教えてくれた。

 孤児院に向かう傍ら、出逢う人全てが幼女に挨拶する。老若男女問わず、たわいない世間話を混ぜつつ、親しげに幼女を撫で回していた。


「妹様、おかえりなさい」


「今日も良い牛乳が絞れましたよ。飲むかい?」


「ホールチーズおろしたんです。まだ若いけどマールビャシア区がお祭りらしいから差し入れしようと」


「良いね、喜ぶよ」


 わいわいと集まる人々があれやこれやと幼女に手渡す。ついでとまでに司祭や侍従長にも渡された。

 二人は牛乳を飲んで眼を見張り、チーズを口にして絶句する。


 懐かしい反応に、人々は笑顔で顔を見合わせた。自分達も初めて口にした時は、ああだった。


「今日は慈愛神リュリュトリス様の祭日なんですって。マールビャシア人達が張り切って街を飾ってましたよ。期間は四日だそうです。後で私らも子供とマールビャシア区に遊びに行きますよ」


 如何にも楽しそうな婦人に侍従長が不思議顔で尋ねる。


「マールビャシアとは? ここら辺りはバルビス国と聞いておりましたが?」


「バルビスは滅びましたよ。と言うか、こちらの大陸に存在した国々のほとんどは帝国に攻め滅ぼされました。...見たところ獣人の方かしら? ここは滅ぼされた国々の難民が作った街です。ようこそディアードへ」


 にっこり笑う御婦人。


 難民の街。


 突き付けられた事実に、ガラティアの二人は愕然とする。


 元難民だと言う彼らに悲壮感は全くない。かつてはあったのかも知れないが、現在を見る限り、とても戦に焼け出されたような人々には見えなかった。

 ガラティアの二人から思惑を読み取ったかのように、周囲の人達は肩を竦めて口々に来訪者達のおかげだと言う。

 国が違えば文化や風習も違う。宗教的な対立や妬み嫉みも必須。上手く行く訳がないと誰もが思う。


 だが来訪者達はそんな物笑い飛ばした。


 それは全て己の中にある価値観が反射されているだけなんだと。


 自分が妬むから相手も妬む。相手は自分なのだ。

 歩み寄って話を聞き、理解に努めれば、大半の相手は同じ事を返してくれる。まぁ、たまに予想外な相手もいるが。


 相互理解。これを忘れなければ大体の問題は無きに等しい。


「細けぇ事ぁどうでも良い。皆、戦に焼け出された難民だろうが。同じ境遇の家族みたいなもんだ。おまえら、家族を助けるのに理屈や理由が必要なんか?」


 ふんすっと胸を張る幼女。


 何でも幼女の故郷の国是は八紘一宇。これの意味は、全ての世界全ての人々は、空と言う一つの屋根の下に住まう家族であると言う意味らしい。

 だから助けあい共に幸せを目指すのは当たり前。

 家族が幸せでなくば、自分だって幸せにはなれない。家族が苦しんでいるのに平気な輩は人でなしだ。


 納得の理論だった。


 誰にでも個人差はある。宗教の対立? そんなもんリンゴが好きかオレンジが好きかってのと大差ないわ。どっちが好きでも問題ないだろう。

 文化の違い? そんなん区画を分ければ良いだけの話。家の内装みたいな物。人様の家の内装にケチつける奴がおかしい。

 誰もがやりたい事をやって、足りない所は協力して、御互いが助けあえば世界は上手く回る。そんな細かい事ぁ気にならなくなるもんよ。


 にぱっと笑う幼女に、誰も二の句が継げなかった。


 そして異世界から多くの技術と知識、物品をディアードにもたらしてくれて、貧しかった難民の街は一大都市にと変貌を遂げたのだ。


「難民達の多くが過ちを犯し、御加護や祝福を失っていました。そんな中、教会....いえ、今思えば帝国のはかりごとだったのでしょう。街に黒死病と言う流行り病が発症しました。本来ならあっという間に蔓延して屍の山が築かれる所を来訪者達が救ってくれたのです」


「大して時間がたった訳でもないのに懐かしいな。その時も来訪者らの的確な指示と、あちらから持ち込んだ薬で事なきを得たんだよな」


 クスクス笑う人々。


 流行り病の発症。これは街にとって死活問題である。しかし、来訪者達はそれの対処を知っていた。

 病とは身体を損ない起きる物と、眼には見えない小さな病の種が身体に入り込んで悪さをする物の二つで、後者なれば普段の生活習慣で防げるのだと言う。

 食事の前には各種薬草から抽出したハーブ水で手を洗い、食器もそれで濯ぐ。

 これだけで病の種の八割は死滅するのだとか。

 後は普段から野菜や果物をバランス良く食べて身体の免疫を高めるとか、身体を暖める食事とか、病に対抗出来る身体作りの推奨や、体操やストレッチの推進。日々の努力が明日の幸せっ!と、あれやこれややっているらしい。


 信じがたい話の数々。どこの国にも属さないディアードは、人口二万近くあり、すでに小国と言っても過言ではない。

 ガラティア国の対岸に隣接する荒野は広く、海沿いに広げる事が可能である。

 このまま行けば新たな国が誕生するのも近いかもしれない。優しい隣人は大歓迎だ。


 ガラティアの二人は嬉しそうに微笑んだ。




 そして三人は孤児院の前にいた。街の人々によって増築され、元の建物に幾つかの小屋が左右に建てられている。


 右は幼女いわく寺子屋。


 子供らに基礎学習を学ばせる教室が年齢に合わせて3つに区切られていた。

 年少、年中、年長。先生らしい人に、ありがとうございましたと駆けていく子供らをガラティアの二人が驚愕の眼差しで見送る。

 教師は難民から募集した知識層や技術者達。彼等が持ち回りでボランティアをしてくれていた。

 そこに来訪者らの知識も加わり、飛躍的に子供らの学力は上がっている。


 左は幼女いわく児童館。


 眼の離せない赤子や幼児を預かり面倒をみたり、子供らが自由に遊んだり出来る広い建物だ。

 常に多くの子供らがいるため、誰がしかが常駐し、子供を連れて集まる母親同士の交流の場にもなっている。

 定期的に育児相談や、子供に必要な栄養学習、歯科、内科の定期検診なども行い、眼に見えて子供達の健康は改善されていた。

 医学と言う新しい分野を作り、興味津々な知識層の人々が熱心に学んでいる。

 この世界既存の薬草や、地球世界から持ち込んだハーブなどをブレンドし、殺菌力の高いハーブ水を研究、安価で販売したり、多少の外科治療や体調不良には対応出来た。


 戦争難民は御加護などを失っている者が多く、教会による慈悲が使えない。

 それらを補うための診療所にもなっている。

 安心が寄り集まった場所。それが今の孤児院だった。


 簡単な説明に、ガラティアの二人は唖然とし、落とした顎が戻らない。


「いずれ此処にしっかりした学園を建てたいなぁ。孤児院を併設して、学びの本拠地にしたい」


 しかも無償なのだと言う。


 知識の集積、研鑽、拡散は先人の義務であり、後の子弟に伝えるのが当たり前なのだと幼女は宣った。


「いざと言う時の避難所にもしたいし、あちらの技術で難攻不落な建物にするんだ。籠城可能で逃げ込んだ人々を守れるように。備蓄倉庫や鶏小屋や畑も作って子供らに管理を任せて。自給自足な学園♪」


 知識を守り人々を守れる。そんな夢の学園。


 それは既に学園ではなく、都市だ。名付けるなら学園都市。そんな夢物語を当たり前のように語る幼女。


 街の子供らの殆どが、寺子屋か児童館に来ていた。


 初添えの済んだ子供であれば貴重な労働力だ。なのに親は教室に通わせる。都合が合えば親も共に学びに来ると言う。

 子供を教室に通わせるのは親の義務であり、子供一人につき幾等かの手当が街から出ているとか。

 子供は宝である。食べさせ遊ばせ学ばせ、元気に健やかでなくてはならないと、福祉が充実していた。


 これに魔族は全力で同意し、ガラティアに帰国せず残る事を選んだ。


 結果それが功を奏する。

 百人からなる残留魔族らが、砂漠の街で新たな住人になる事になったのだ。

 元々ディアードの街で働いていた彼等は各種職種にも精通していた。

 砂漠の街に鶏小屋や農業を起こすのに最適な人材達である。


 砂漠の街は安泰だ。


 ふわりと微笑む幼女に、ガラティアの二人はかつて無いほどの驚異を感じた。

 身の危険とかではない。何か予想もつかない未来が訪れそうな、漠然とした予感。


 神々と対等に話をする幼女。信じられないほど発展した街。賢く健やかに育つ子供ら。種族、民族をこえて手を取り合う人々。当たり前のように広がっている異世界の知識や技術。


 どれ一つをとっても、計り知れない驚異である。


 しかし恐れる事はない。


 八紘一宇か。


 かつて人族の国に棲まうと言われていたエンシェントドラゴンが、同じような教えを説いていた。


『人々が手を取り合えば、乗り越えられない苦難は無い』


 古き時代に悠久の知己が残したと言う一節の言葉。


 それを体現したようなディアードの街を見つめ、ガラティアの二人はドラゴンの教えの正しさを痛感していた。


 ここからディアードとガラティアの、永く良い付き合いが始まる事となる。

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