第54話 オカンと異世界観光 ~9~
「女神様の神族であらせられたのすね」
穏やかな笑みをはき、司祭様は得心顔で幼女を見つめる。あれから現場の確認と各種詳細を調べ、キャルマの街は現状維持と決定された。
国としては復興支援するが、あからさまな罪を犯した以上教会からの支援は意味がない。
「罪人には治癒魔法もポーションも効きませんからな。効くとすればエリクサーあたり。高価過ぎて支援項目には入れられません」
教会側は罪を犯すと御加護や祝福が消失する事を知っていた。人心を騒がさないため、秘匿されているらしい。
むしろ公開した方が世のためな気がするが。馬鹿をやらかす人間も減るだろう。
幼女の言葉に司祭様は苦笑する。
「それでは駄目なのです。御加護を失わないために努力するのでは意味がない。人として有るべき姿を見失ってしまう。さらに悪人なれば、御加護を失わずに悪事を働く抜け道などを考えるでしょう。表面上は善人が増えても、本物の悪人も増えてしまうのです」
なるほど。人としてが重要であって、御加護云々は二の次と言う事か。分からなくはない。
司祭は考え込む幼女を不思議そうに眺めていた。
緊急召集で馳せ参じれば、神々の断罪で街が壊滅したと言う。取り急ぎ現状把握と確認。多くの死傷者がいるだろうと、キャルマの街へ派遣されたが。
ちょこんと立つ幼女が転移魔法を使えるとは思わなかった。神話の時代のお伽噺にしか存在しない奇跡の魔法。
そこで気づくべきだった。
目の前の幼女が只者ではない事に。
聞けば異世界よりの来訪者。未曾有の大飢饉に喘ぐガラティアへ、大量の食糧や物資の支援に来てくだされたと言う。
昨日起きた宰相を筆頭とする国庫横領事件。あれらにも深く関わり、国の中枢を救って下されたらしい。
こんな幼子がと思うが、先ほど見せた濁りなき白銀色の瞳。女神様の神族の証。
幼女が女神様の神族なれば、数々の眉唾物としか思えない話も納得である。
難しい顔をして物憂げな幼女は、溜め息をついて空を仰いだ。
「
何の気なしな幼女の呟き。
しかし、彼女が呟いた途端、周囲に風が集まり、金粉をまきちらしながら、幼女の周りを包み込む。
司祭が驚嘆に眼を見開いた瞬間、つむじ風からシメジな女神様がポンッと音をたてて現れた。
そして地面に胡座をかいて座る千早を見て、慌てたかのように石附を振るわせる。
《まあまあ、千早ちゃんっ、地面に座るなんてはしたなくてよっ、誰か? 椅子はなくって?》
唖然とする人々の前を飛び回るシメジ。その笠を指先で摘まんで、幼女は女神様を自分の掌にのせた。
「姉様。神々の約定が破られてん。....沢山の人死にが出た。断罪の雷で罰は下されたんだけど、反省の色が無いなり。どうやったら理解してもらえるやろか」
しょんぼりと項垂れる幼女の頬にシメジな女神様は張り付き、テシテシと石附で柔らかな頬を撫でる。
《約定を破るとは大それた事を。ガラティアなれば、守護神は護僮神アマラディアティでしたわね。
女神様の言葉に、一迅の風が千早の周囲を舞う。
金粉を纏わせた翠色のつむじ風からポンッと
恭しく女神様にかしずくと、若葉の心地好い香りが周囲に満ちた。
《女神様にあらせられましては御健勝そうで何より》
嬉しそうなクローバーに、女神様はいきなり全力で頭突きをかます。
小さなシメジの頭突きとは思えない衝撃音と吹っ飛ぶクローバー。ひゅっと息を呑む周囲の人々。
戦慄き横たわるクローバーを、女神様はさらに石附で蹴りまくる。
《御健勝ではありません事よっ、千早ちゃんを泣かすとは言語道断っ、貴方の信徒達がやらかしてくれましてよっ!!》
ああああっ、と悲鳴を上げるクローバー。
いきなり起こるシメジとクローバーの一方的なバトルに、周りはドン引きだった。
勘弁してくれ、こちとら真剣なのに何笑かしにきとるんじゃ。
じっとりと眼を据わらせる千早に、瀕死のクローバーがジリジリと這い寄ってくる。
《い...妹様にあらせられますね。アマラディアティと申します。以後お見知りおきを...っ》
わなわなと七つ葉をふるわせながら、アマラディアティはパタっと力尽きた。
どうしろと。
《力尽きている場合なのかしらーっ!?》
女神様は雄叫びとともにクローバーへジャンプし、満身の力で細い緑の茎をへし折る。
《あ"ーーーーっ!!》
何処か懐かしい断末魔を残し、クローバーはポフンと消滅した。
「いったい何だったんだ」
疲れが見える幼女の呟きに、女神様はどや顔で胸を張る。
《お仕置きですわっ。千早ちゃんをしょんぼりさせた罰ですっ、あたくし御姉様ですからっ》
キノコvsクローバーのバトルって誰得だよ。ニッチにも程があろうが。
まぁ、気持ちは嬉しいかも。
「ありがとな。でも、あん人のせいやなかろうも。...消滅してたけど平気なん?」
《ダイジョブです》
「うおっ?」
いつの間にか復活したクローバーが幼女の肩に乗っていた。
丈夫だな、おい。
アマラディアティは七つ葉をカサカサ揺らしながら、思案気に呟く。なんでクローバーの機敏まで感じねばならんのか。
《正直、今の人心は荒んでますからね。荒むと言うか小賢しくなったと言うか。物事を都合良く解釈し、己の利になるならば手段を選ばない輩が増えております。頭が痛いです》
《加護も祝福も控えるべきかしら。人々が恙無く暮らせるようにと与えて来たけれど、増長するようなら、スキルも剥奪を考えねばなりませんね》
「医学の発展が先だよ。治癒魔法やポーション頼みな世界なんだから、御加護や祝福がなくなったら流行り病一つで、さっくり全滅してしまうなり。あちらから薬草系の植物持ち込んでも平気かな? こっちの生態系に影響ある?」
あーでもない、こーでもないと、やいやい話す幼女と神々。
あまりに信じがたい光景に、人々は言葉もなく、誰一人としてその場から動けなかった。
《じゃあ、取り敢えず、反省の色が無い人々に新たな罰を与えておきましょう》
そう言うと、シメジな女神様は笠を開き、砂のような粉塵を辺りに飛ばした。
御加護を所持している者は加護が発光し粉塵を寄せ付けない。
御加護が無い者は粉塵を吸い込んでしまい、しばし不思議そうな顔で佇んでいた。
辺りに満ちた粉塵が消え、いきなり女神様が発光する。途端に粉塵を吸い込んだ者達が違和感に呻き声を上げた。
《喉や口の中の粘膜を湿疹で爛れさせました。食べるどころが水を飲むのも辛いでしょうね。食べるに食べれず飢えを実感なさい。心からの後悔があれば誰がしかの加護を賜り湿疹も消えるでしょう。魔族が味わった苦しみを貴殿方も味わいなさい》
姉様、容赦ねぇ。でもこれって。手足口病じゃね?
細菌による疾患だ。御加護がないなら悪化の一途を辿るだろう。しかも伝染病だ。
以前地球で千早もかかった事がある。びっくりするぐらい痛いんだわ、あれ。御愁傷様。
口元をひきつらせる幼女の頭に、シメジな女神様がチョコンとのる。
「なあ。あれって新たな御加護を賜らなかったらどうなるん?」
《死に至りますよ?》
さらっと爆弾発言。
眼を見開く人々を余所に、久々に千早へ協力できたのが嬉しいのか、幼女の頭で舞い踊るシメジ。
《御加護の無い魂は輪廻の輪に戻れず消滅しますもの。今潰えたところで大差ありませんわ》
いや、あるだろう。
凍りついていた人々が、女神様の言葉で我に返った。口々に疑問と絶望と不満をもらし、小さな悲鳴すら聞こえる。
「なんでこんな事に....っ」
「魔族を虐げたからと言って何の罪になるんだ? 奴等は人に仇なす悪しき存在なんだろ?」
「そうよ、罪深い生き物だから、神々は過酷な地を与えたのだと司教様はおっしゃっていたわ」
悲嘆に暮れる人々の無責任な囁き。
「だから?」
凄みのある声音で幼女は人々を睨めつけた。
「司教がそう言ったから? だから何なんだ? あんたらは脳味噌も目玉も無いんか? 自分で考え判断する事も出来ないんか? あんたらから見て、魔族は悪しき存在だったんか? あんたらに彼等が何をしたんだ? キャルマの街と共にあり何百年も穀倉地帯を支えてくれた仲間やったんやないんかっ!!」
叫ぶ幼女に圧され、人々は明らかにたじろいだ。
「自分で考えもしない、目の前にあるモノを見る事すらしない、誰かの言いなりでただ流され同調するだけ、そんなん霊長類やないっ、人間辞めてまえっ、猿のがまだ物を考えとるわっ!!」
なんで分からないんだ??
辛辣な眼差しで幼女はキャルマの人々を睨めおろす。その瞳には言葉に出来ない複雑な苦悩が浮かんでいた。
悲痛な幼女の叫びもキャルマの人々には届かない。
そんな事より、いきなり蔓延した病の方が彼等には重大な問題だった。
どんなに真摯に祈ろうが、己の罪を自覚せず反省も後悔もないキャルマの人々に、新たな御加護を賜る事は未来永劫無い。
結果、一つの街がガラティアから消え失せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます