第53話 オカンと異世界観光 ~8~


「土地的には良い場所じゃないが、まあ何とかなるだろう」


 千早がやってきたのは砂漠と荒野の境目。元の魔族の街から三十キロほど離れた僻地である。

 ここの地下には水脈があるのだ。前に水脈探しをした時に見つけた場所。

 元の街からは距離があり断念したが、新たな街の場所としては絶好の位置にあった。

 この砂漠の向こうは魔族の国。本来ここから更に荒野を越えてキャルマ近くにある魔族の街まで向かう訳だが、ここに街を作ればその三十キロを短縮出来る。

 糧を得るためと約定に縛られ、魔族はキャルマの近くから離れられなかった。しかし新たな水源と自給自足で独立するならば、こちらの方が好都合である。


 千早は街にいた人々を一端ディアードに全員転移させ、畑や養鶏、牧畜などを学ばせる事にした。


 その間に此処を人々が住める程度にまで仕上げる。


「ま、そんなに難しくもないけどね」


 千早はパンっと両手を合わせ、大地に手を着いた。

 みなぎる魔力が砂漠の砂を押し退け、地下の岩盤まで巨大な穴を穿つ。

 直径数キロにわたる巨大な穴に、千早はインベントリへ収納していた魔族の街その物を埋め込んだ

 地下数十メートルに及ぶ大地を街ごとえぐり、インベントリに収納してきたのだ。

 作った湖や畑もそのまま。新たな水源と繋げば、すぐにでも生活基盤が整う仕組みである。


 元の街の大穴には砂漠の砂を詰め、河に繋がる穴もしっかり塞いできたし、無問題。


 千早は湖横にある荒野と街の隙間に穴を掘り、水脈と大地をへだつ岩盤を慎重に砕いた。

 噴き出してきた水をニンマリとながめ、十分な量が湧き出てる事を確認し、湖壁面の石垣から流れていくように微調整。

 岩盤周辺を錬金でセラミックコートし、大きな複数の石で石垣と岩盤の間を埋める。

 これで石の隙間や石垣を通って十分な水が供給されるだろう。


 あとは周辺整備だ。


 砂漠からやってくるであろう放逐された魔族達のために街周辺随所に土ごと木を植える。

 潤沢な水が約束された荒野や砂漠は、もはや荒涼とした地獄ではない。手をかけてやれば如何様にも変化する広大な大地である。

 千早はインベントリから出した腐葉土や土砂、ポリマーを撒き散らして砂に混ぜ込み、そこへ土ごと木を植えて水魔法で水をまく。

 そして溜め池の左右にある簗近くから順に、水の届く範囲へ木を植え続けた。


 夕方、陽もかなり傾いた頃に街が完成する。


 水車も問題なく動き、溜め池から砂漠に向かって、畑、ブッシュ、植林した苗木と、計画通りの形に出来上がった。


 あとは成長を待つのみである。


 簗から染み出す水が、さらに多くの植物を呼び込むだろう。木々が育てば鳥が渡り、大地を肥やしてくれる。


 千早は思う。ここもディアードと大差ない。国境である砂漠に位置するのだから、独立都市としてひっそり暮らしても良いのではなかろうか。


 どちらかと言えばガラティア寄りだ。


 少し思案し、千早はシュルンと転移した。




「と言う訳でさ。砂漠に出来た魔族の街に自治権くれないかな?」


 ここは王宮。幼女の支援物資により立ち直ったガラティアは、食べるに困らなくなり、王様も安心して食事を摂っていた。

 その晩餐テーブル正面に、いきなり幼女が転移してきたのである。

 再会の挨拶もなおざりに、幼女は斯々然々と事の次第を話し出す。


 そして王様は顔面蒼白。いや、元々真っ白ではあるのだが。


 魔族の街がほぼ餓死し、壊滅状態? キャルマの街が神々の約定を破った? 更にキャルマの街が断罪に焼かれ、獣人が襲撃してきたので、魔族の街を移転した? 魔族らは独立して街を作る? ガラティア国境ギリギリなので、自治権が欲しい?


 どれ一つをとっても一大事である。それを幼女は何でもない世間話のように話していた。


 王様は手にしていたカトラリーを力なく落とし、真っ赤なお目々を大きく揺らす。


「.....爺ぃぃーーーーっ、直ぐに参れーーっ!!」


 ウサギな王様の絶叫が王宮に谺した。


 何時でも何処でも幼女の周辺には隕石が落ちるのだと学習する王様であった。




「とにかく現状把握じゃ、来訪者様のいう通りであれば大惨事なはず。司祭を共に連れてキャルマを支援して参れ。おって細かい指示を出す」


 大慌てで穴熊な侍従長と相談するウサギな王様。

 緊急事態に兵士達が駆け回り、物資や食糧を積み込んだ馬車が用意される。

 右往左往する人々をのんびり眺めなから、幼女が軽く手を上げた。


「侍従長と司祭様だけなら、あたしが転移で連れていけるけど?」


 幼女の言葉に眼を輝かせ、ウサギな王様は是非とも御願いしますと急遽司祭を呼び寄せた。


 半信半疑な二人を連れて、千早はキャルマの街に転移する。




「これは...」


 言葉に出来ない壮絶な惨状の街を愕然と見つめ、侍従長と司祭様は二の句が継げない。


 建物は原型を残さず瓦解し、未だに燻る焰がか細い煙を立ち込めさせている。

 人々は瓦礫を寄せ集めた簡易的な掘っ立て小屋を幾つか作り、大半はボロい天幕をはったテントのような物に寝泊まりしているようだ。


 幸いな事に王都からの支援物資が間に合い、なんとか食事にはありつけているらしい。


 呆然と立ち尽くす司祭様らに気がついて、数人の獣人が街の入り口に駆け寄る。


「司教様? あああ、なんとありがたいっ、大勢の怪我人がおります、なにとぞ癒しを御願いいたします」


 すがりつく人々は、司祭の横に立つ幼女を見て驚愕に眼を凍りつかせた。


「おまえはーっ」


 震える指で幼女を差し、男はワナワナと唇を震わせる。


 怪訝そうな侍従長と司祭様。


「この子供が災害の原因ですっ、こいつが何かしたに決まってるっ! 魔族らをそそのかし、街を消したっ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶのは町長。酷い言われようだ。


「約定の意味も知らず、破ったキャルマの自業自得なり。破ったからには魔族に労働させる権利はないし、襲撃されると分かってて待ってるほど、あたしらは暇人じゃないなり」


 つーんっとそっぽを向き、幼女は町長の顔も見ずにつっけんどんな受け答えをする。

 それをチラ見しながら、穴熊な侍従長は持ってきていた書類をペラペラと捲っていた。


「ああ、これだ。ありました。魔族の街とキャルマの街の約定誓約書」


 振り返る人々を一瞥し、穴熊な侍従長はコホンと咳払いをして書類を読み上げる。


「キャルマの街は魔族の街に対し保護を誓い、最低限飢える事のない支援を約束する。魔族の街は対価としてキャルマの街に協力し、労働力を提供する事を約束する。神々への誓約となし、キャルマ町長は耳を。魔族の長は角を捧げるものとする。これを教会は認め、王家の承認を得る。なお、この約定が破られた場合、神々の裁定により断罪が行われる事を心せよ」


 侍従長が読み終わると、辺りはシンと鎮まり返った。ただ一人、司祭様のみが得心顔でウンウンと頷いている。

 約定には教会の立ち会いと王家の許可が必要で、数百年前であろうと、滅多に行われない古代の儀式の記録はキチンと保管されていた。


「これに相違なくば、断罪の雷がキャルマを襲ったという事になり、キャルマが魔族との約定を破ったという事になるのだが、間違いないな?」


 厳めしい眼差しで、穴熊な侍従長は町長を睨み付けた。明らかに原種よりな侍従長が高位の貴族とみてとり、町長は言葉を詰まらせ狼狽える。


「そんな約束知りません。我々は街を守るために苦渋の決断をしたまでです」


 ヘラヘラしながら、町長はおもねるかのように穴熊な侍従長に笑顔を向けた。


「知らないわりに魔族を働かせようとしてたねぇ。ほぼ餓死させておいて、その上魔族の街はキャルマの物だから身一つで出ていけだとか、ありったけの物資を寄越せとか? 苦渋なわりにキャルマは楽しそうだったけど?」


 淡々と語る幼女の言葉に、町長の顔は赤から青に変わる。


「出任せですっ、我々は何とか魔族を救おうと努力しましたっ、街を奪おうなどとしておりませんっ!」


 訝る侍従長と司祭様。言った言わないの平行線になりそうな所へ、水番の二人が現れた。


「町長。司祭様の前で偽りはやめようや」


「我々は襲撃に同行しました。その子の言葉どおり、キャルマは魔族を裏切り、一片の食糧すら与えませんでした。魔族らは....飢えて....バロック司教様一人と子供らを残し全滅しました」


 魔族数百人を街ぐるみで餓死に追い込んだのだと告白する二人を唖然と見つめ、司祭様の顔がみるみる怒気に彩られる。


「なんという事を.....約定の件がなくとも許される事ではありませんっ、教会は何をやっていたのですかっ!!」


「教会が率先して行いました。教会は断罪のおりに稲妻が落ち、司教ら共々消滅しております」


「然もありなん。聖職者たる者がなんと愚かな事を」


 教会の中には魔族を悪しき者として忌み嫌う派閥もあり、屁理屈で迫害を黙認する教会も少なくないらしい。


 後悔しきりな水番の二人。


 今思えば、彼等は魔族が生きていた事を、涙を流して喜んでいたっけ。今も正直に話している。


 ふむ。街ぐるみとは言え、中には反対した者もいたのだろう。


 思案する千早の横で、町長は更なる悪足掻きをしていた。


「そんなカビの生えた誓約は無効だ、我々は何も知らされていなかったっ」


「それが本当なら由々しき事態です。キャルマの先代達は、神々の約定を軽んじていた事になります。新たな罪が増えますな」


 神妙な顔で頷く侍従長。知らぬ存ぜぬは通らぬと気付き、町長は言葉を変える。


「いや、約定の事は知っていました。破ると断罪があるとは知らなかったのです」


「契約を破れば罰則がつくのは当たり前でしょう? 魔族を散々こき使っておいて、都合が悪くなれば切り捨てる。そんな非道を神々は許しはしないんだよ」


 かぶせるような幼女の声に、町長は憤怒の声音で怒鳴りつけた。


「喧しいわっ、だいだいお前が余計な事をするから、魔族が生き延びてしまったんだっ、あんな無駄飯喰らいなど、いない方が世の中のためだっ!!」


「言質とったから♪」


 ニタリとほくそ笑み、幼女の全身に魔力がみなぎる。すがめられた双眸には濁りなき白銀色の瞳が輝いていた。

 驚愕に眼を見開く人々と反して、幼女の変貌に慣れている侍従長が町長に叫ぶ。


「黙らっしゃいっ!! 罪もない魔族達を死に追いやり、断罪を受けたにも関わらず反省の色もないっ、言い訳三昧で事が済むと思うてかっ!!」


「支援する価値も救う価値も有りませんね。教会本部に今回の顛末は報告します。キャルマに再び教会が建つ事は無いでしょう」


 溜め息混じりな司祭の言葉は、遠回しな拒絶を含んでいた。


「キャルマの街は神々を軽んじた罪人の街。多くの魔族を虐殺した者達に教会の慈悲を与える事は出来ません。神々の怒りを我々まで買ってしまう」


 ぴしゃりと言い切る司祭様に、街の人々から絶叫があがる。何故こんな事になったのか。彼等には一生理解出来ないだろう。


 白銀色の瞳に切ない光を浮かべ、幼女は愚かなキャルマの人々を見つめていた。

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