第52話 オカンと異世界観光 ~7~


 キャルマの街を襲った大災害。


 どうみても自然災害とは思えない有り様に、人々は騒然とした。


 神々の怒りなのだと幼女が説明すると、得心顔で人々は口々にキャルマの非道を罵る。


 そんな人々を眺めつつ、千早と司教は顔を見合せ苦笑した。


 明かに人死には出ているだろうが、加護や祝福があれば耐えられる断罪だ。一瞥して幼女はそれを見切っていた。

 神の領域に足を踏み込んでいるからこそ、神々は罪なき者を罰しない事を理解している。

 罪の大半を犯していたであろう町長が無傷なのは癪に障るが、まあ街のこれからを思えば不幸中の幸い。

 死に物狂いで頑張って貰おうじゃないか。


 そんな中、リカルドの馬車が子供らを連れてやってきた。


「ええ? 何で皆いるの?」


 馬車から子供らを下ろしながら、リカルドはディアードの人々がいる事に驚いている。然もありなん。

 千早は苦笑しつつ、リカルドに事の起こりから説明した。


「そうか。じゃあ、間に合ったんだな」


 少し寂しげな笑顔で、リカルドは幼女の頭を撫でる。

 間に合ったと言えばその通りだが、ほぼ全滅状態。辛うじて片手で崖にぶら下がっていたようなもの。

 崖から指先が離れる瞬間に辛くも間に合っただけだった。救えたのは、たったの七人。

 そう独りごちる幼女に、連れてきた子供ら五人を指差しリカルドは笑う。


「十二人だ。そしてこれから砂漠を渡るはずの弱者達も救われた。僅かでも生きてさえいれば無限につながるんだ。妹様は良くやってくださったよ」


 物は言いようだな。


 たぶん千早を慰めるため、必死に考えたであろう言葉に、幼女は面映ゆそうな笑顔で頷いた。


 しかし、事態はこれで終わらない。




「救援要請??」


 呆れたような幼女の言葉に、周囲の人々も絶句する。


 キャルマの街から救援要請。上から目線で、ありったけの食糧と物資を寄越せとの事らしい。


「....あのさぁ、ほぼ全員餓死して壊滅状態だった魔族の街に、そんなモンあると思っている訳?」


 ジト眼で幼女に睨めつけられ、キャルマの使者達に一瞬怯えが走る。

 しかし、炊き出しや作業をしている人々を指差して、こんなに物資があるじゃないかと、半べそかきながら主張した。

 その情けない姿に溜め息をつき、幼女はこんこんと説明する。


「この街には何もない。あるのはディアードから持ってきた物資だ。あんたらは魔族の街に支援を求めているんだろう? あんたらが切り捨てた街に物資などある訳なかろうも」


 ディアードの物と、この街の物を一緒にするな。


「なら、ここと同じようにキャルマの街も支援してくれっ、頼むっ!」


 ようやく理解した男らに、幼女は薄く笑い、椅子から立ち上がった。


「そうやって、この街の人々も、あんたがたに必死に頼んだだろうね。.....あんたがたは、どうした?」


 言外の含みを覚り、男達は言葉を失った。


 見捨てたのだ。その事実が彼等に重くのし掛かる。


 今、同じ状況に立ち、そして同じ結果を迎えようとしていた。相手は言えるのだ。見捨てると。その権利は相手にある。


 男達の顔が青から真っ白に変わった。


「支援物資は王様に十分渡してある。リカルドが着いたって事は支援の馬車もすぐ側まで来てるはず。早馬でも出せば物資は間に合うはずだ」


 幼女の話に男達の表情が少し明るくなった。だが直ぐに沈み込む。その視線はチラチラとバロック司教に向けられていた。


 ああ、そういう事か。


 あの大惨事だ。大量の怪我人も出た事だろう。治癒魔法を使える司教様の支援も欲しい訳か。


 再び呆れたような眼で男らを見つめ、千早は司教様の様子を伺う。

 帰ってきた年長組を叱りながらも、生きていてくれた事を神々に感謝し、一人一人、話を聞きながら労っていた。

 好好爺な面差しに時折見せる暗い笑み。キャルマの男らの目的を理解しつつ、気づかない振りをしているのだろう。


 幼女も人の悪い笑みで司教に同意を示す。


 善行も悪行も全ては己に返るのだ。


 しれっとキャルマの男達を黙殺し、司教と幼女は彼等を追い出した。




「厚顔無恥というか、よくもまあ、あんな図々しい事が言えるものだな」


 呆れを通り越し、感心するかのように敦が呟く。


「約定に従い、魔族は長く彼等の下働きをしてきました。主従の錯覚を起こしているのでしょう」


「魔族かぁ。やっぱ魔力高い訳? 司教様にも角や羽があったりする?」


 興味津々な敦に、司教様はローブのフードをずらして見せた。

 そこには両サイドのこめかみから羊のように渦を巻く立派な角がある。


「私はある血筋で大きな角がありますが、大抵は掌サイズな角ですね。羽根もあります。出し入れ自由なので普段はしまっています」


「凄い立派な角だね。ある血筋って? 貴族とか?」


「まぁそんなとこです。私は生来片足が欠けていたので砂漠に放逐されました。身分など意味はないのです」


「へ? あれ? 両足あるよね?」


 敦は司教の足元を見て首を傾げる。


「エリクサーです。両足を落として瀕死の私に妹様がエリクサーを与えてくれました。復活した時、欠損も完治していたのです」


「なるる」


 怪我の功名って奴か。敦は納得顔で頷いた。


 そしてふと幼女の様子がおかしい事に気づく。


「どした? 難しい顔して」


「ん~ 襲撃来るだろうなぁって」


「ああ、そっか。来るだろうなぁ、あいつらなら」


 何の気なしに呟いた幼女と敦の会話に、周囲が眼を見張る。

 おや?っと眉を上げ、当たり前のように千早は説明した。


 誰もが魔族達のように状況を受け入れる訳ではない。愚かしい愚策でも足掻き取りすがるものだ。


「つまり奴等は暴力に訴え、この街を襲撃し、物資を奪い、子供らを拉致して人質に司教を脅す事も出来るって訳だ」


 淡々と紡がれる言葉に、人々は声も出ない。そんな事は想像もしていなかった。

 理解不能と顔全面に表している人々に苦笑し、来訪者組は顔を見合せた。


 基本的に善人なんだよな、この世界の人々は。


 長く平穏が続いていて、争い事と云えば宗教同士の対立くらい。

 侵略戦争などは久しく行われておらず、ある意味平和ボケしていたからこそ、人族の大陸は帝国の侵略に為す術もなく呑み込まれた。

 同じ平和ボケでも、過去の記録を詳細に残し、後々の子弟に繰り返し伝え続けてきた日本人には、相手が行うであろう最悪な事態が手に取るように分かる。


「良い事があると期待しつつも、常に最悪に備えよ」


 幼女の呟きに、人々の視線が集中した。


 親父様のみが微かな笑みをはき、千早の頭をポンポンと撫でる。


「懐かしい。....今も。...かな?」


「んだね。今も何処かで同じ事言ってるんだろうね」


 意味が分からない二人の会話。


 説明を求める敦の視線に気づき、幼女は口を開いた。


「これもお母ちゃんの言葉や。日々油断せず、常に備えよってね」


 唖然とする人々の心情を敦が代弁する。


「皇さんらの母上って、いったい何者ですか? 今まで聞いてきた話だけでも、只者では無い感が凄いんですけど」


 まあ、確かに一般家庭の主婦が言う言葉ではないわな。色々と。


 親父様を振り返ると、親父様は知らぬとばかりに肩を竦めて見せる。


 うちら細かい事に拘らないからな。親父様は氏素性もどうでも良かったのだろう。


 ちなみに、自分もどうでも良い。お母ちゃんはお母ちゃんだ。それ以外の何者でもない。


「分からん♪」


 幼女は敦に向かって、にぱっと笑う。


「そういう生き物だよな、あんたらは」


 苦虫を噛み潰したかのように口元をひきつらせ、敦は不毛な会話を打ち切った。


「で、どうよ? 手立てはあるんだろ?」


 不遜な笑みを浮かべる敦に、幼女はニタリと不敵な笑みで返した。




「なんだと....?」


 五体満足で動ける男どもを率いてやってきたキャルマの町長は、己の眼を疑う。遠目に見えるはずの魔族の街が跡形も無いのだ。


 各々武器を片手に馬車へ乗り込み、魔族とやりあう気満々だった男どもも、信じられない眼差しを荒野に向ける。

 魔族の街があった場所は荒涼とした荒れ地に戻っており、豊かな水が揺蕩っていた湖も跡形もなく砂に埋まっていた。

 大量の砂で覆われた大地は、むしろ以前より砂漠が近くなった気がする。


 腰が砕けたかのように崩折れ、膝を着いたまま、町長は愕然と荒野を見つめ続けていた。


 そう言えば、あの子供は何と言っていた?


 街ごと移動すると。移動出来るとは言っていなかったか? 荒唐無稽な言葉に、自分は意を示さなかったが、現実に街は跡形もなく姿を消していた。


 呆然とする男どもの最後尾に水番の二人がいる。これ以上の暴挙は許されないと、いざとなれば町長と刺し違えるつもりで一行に加わっていた。

 水番である彼等は、三日おきに運搬するせいで魔族らと顔見知りであり、他の人々より関わりが深い。

 だからこそ、今回の話も最後まで反対していたし、街に止められても水を運び続けた。

 いよいよとなれば、二人で町長を止めようと、なに食わぬ顔でついてきたが。


 それも杞憂に終わったようだ。あの幼女の方が上手であった。


 キャルマの街が何をやらかすかを完全に読まれていた。しかも、こんなに手際良く行動するとは。


 帽子を目深にかぶりなおし、二人は安堵とともに空を見上げる。


 魔族の無償に近い労働がなくばキャルマの街は立ち行かない。彼等がいたからこそ我々は穀倉地帯の管理者となりえたのだ。

 それを自ら切り捨てた時点でキャルマの命運は尽きていたのだろう。


 街は壊滅状態。満足に動ける者も少なく、教会も機能が停止している。


 魔族の切り捨てを率先して行った教会関係者からは御加護と祝福が消滅し、それに伴うスキルも消え、治癒魔法が使えなくなっていた。

 さらに今回の断罪で、教会関係者のほぼ全てが死に至り、大勢の怪我人を抱えたキャルマの街はバロック司教に眼をつけたのだ。


 あとは幼女の想像どおりの思惑を抱き、彼等は魔族の街を襲撃に来た。


「このままでは皆死んでしまう。キャルマの街もお仕舞いだ。別の街に管理権が移ってしまうっ!」


 元々、魔族の協力があったからこそキャルマの街が穀倉地帯の管理者たりえた。

 それがなくば、他の大きな街が管理していただろう。数百人に及ぶ無償の労働力など、そうそうあるものではない。

 今思えば、それを見越して先代達は約定を結んだに違いないのだ。

 魔族は自分らや、これから訪れるだろう子弟達の安寧を。キャルマは穀倉地帯の支配権を。御互いが欲しいものを手に入れるチャンスだった。


 それを愚かにも我等が棒に振ったのだ。


 先代達に申し訳なく思いながらも、魔族が自由を得た事に安堵する水番の二人だった。

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