第51話 オカンと異世界観光 ~6~


 時を遡る事一日前。


 千早は転移でディアードの街に戻り、非常召集をかけた。

 探索者ギルド会議室に集まった面々は各区画代表に、各ギルド、各協会の代表ら三十数名。

 何事かと興味津々な彼等は、斯々然々と語られる幼女の話に怒り心頭。

 険しく歪んだ代表らの顔を一瞥いちべつし、幼女はニヤリと笑って指を立てた。


「奴等に眼にもの見せてやろうや。なに、魔族の街が豊かになれば、勝手に地団駄を踏んでくれるさ」


 応っ! と、眼を輝かせる人々。


 満場一致で、ディアードの街は魔族の街への技術支援を可決した。


 元々は人口三千人ほどの小さな街だったが、今や人口はその五倍。それぞれの国の人々が与えられた区画で努力し、各々の故国をなぞらえた立派な街を作っていた。

 割り振られた今回の仕事を最優先とし、人々は動き出す。得手不得手を考慮して、足りない部分は足る人が補い、凄まじい勢いで作業は進んでいく。


 人海戦術って素敵よね♪


 目標は水車五台とそれに付属する各作業小屋。そして揚水による水分配のためのタンクと配管。


 あとは必要に応じて順次足していけば良い。


 急ピッチで行われた突貫作業で、目標の物は明け方辺りに出来上がった。

 揃った部品類をインベントリにしまい、今度は組み立てに参加してくれる技術者を募る。

 すると多くの技術者が参加を表明し、あまりの多さに全ては連れていけんっと、幼女は親方組を選別し、残りは親方らに選んでもらう。


 選ばれなかった職人が、情けないうなりを上げたりしているのを苦笑しつつ眺めていた千早に、一人の魔族が声をかけてきた。


「我々も同行させてください。砂漠の街は我らの故郷です。バロック司教も良く存じております」


 元気になった難民魔族達。元々は砂漠の街に救助された人々だった。

 今でこそガラティア全体に存在する魔族だが、最初は皆、砂漠の街から始めたのだ。

 自分らを放逐した故国より、自分らを救ってくれた砂漠の街こそが彼等の故郷。

 家庭を持ち子をなしても、それが揺らぐ事はない。

 砂漠の街を知らぬ二世三世でも、親から話は聞いていた。


 その故郷が危機なのだ。じっとしていられる訳がない。


 真摯な眼差しでですがるように千早を見つめる魔族達。馬車だと一ヶ月くらいの行程か。すぐ行きたいんだろうし、転移しかないか。

 チラリと魔族を見ると、救助した難民のほぼ全員がその場にいた。

 獣人は国が落ち着いた事を知り帰国したので、残ったのは魔族百名ほど。


 職人らと合わせて百五十くらい。


 転移は両手に二人ずつしか出来ない。八十往復くらい。魔力が保つか。


 ......まぁ、なるようになるかな。


 幼女は、ニッと笑ってサムズアップした。


「いよっしっ! 皆で殴り込みだ、ここみたいな街を砂漠にも作ろうっ!!」


 高らかに叫ぶ幼女に呼応し、人々は腕を突き上げて歓声を上げる。


 かくしてディアードの勢力をかけた、砂漠の街復興支援が始まったのだった。




 今日は天気が悪いな。一雨くるかな?


 キャルマの街あたりに黒々とした暗雲がたちこめている。あれがこちらに流れてきたら、結構な雨が降るかもしれない。

 そんな事を考えつつ、千早は作業に取りかかった。


 本来なら秋植えだが、ここらは温暖だし、今植えても良かろうと、千早は砂漠と緑化地帯の境目に木苺やつる苺を植えていく。

 風避け獣避けのブッシュだ。人であれば蔓を避けて入る事が出来るし、実のある季節なら収穫して食べる事も出来る。

 春と秋に実るこれらは、昔から補助食糧として荒れ地に植えられる事が多かった。

 強靭な落葉植物である木苺は、時間をかけて土地を肥やしてくれるだろう。


 根っ子さえあれば、なんぼでも芽を出すしな。ガシガシ刈り取って乾かせば焚き付けにもなるし、便利な植物なり。


 黙々と作業しつつ、千早は溜め池の水の溜まりが早い事に気づいた。

 水車を回すための水流は勢いが必要で、段差の落ちる力を利用しても、これ以上減らす訳にはいかない。

 だが、畑になる土地に染みる水が多すぎるのも困る。植物が根腐れしてしまう。

 水域を確保するため、千早は溜め池の左右に石垣式のやなを作った。

 こちらから砂漠に水を逃がし、畑に染みる水を減らすのだ。


 千早は畑周辺の砂漠にもポリマーを混ぜ込み、野草の種を撒き散らす。

 俗にハーブガーデンと呼ばれる四季の種ミックスだ。これ一つをまけば、四季おりおりのハーブが一年中芽をだし、人々を楽しませてくれる。

 雑草と違い収穫して食べる事も出来るし、放置してても勝手に種を落として繁殖する。

 枯れた草木が砂漠を肥やしてくれるし、一石二鳥、三鳥だった。


 左右の石垣と砂漠の砂を利用して、山葵栽培とかもいいなぁ。木々が育ったら考えよう。


 砂漠の温度差は中々に侮れない。結構色んな作物の育成条件が当てはまる。


 住む人々にとっては絶望の象徴である砂漠も、地球の現代科学を駆使出来るファーマーには夢の大地であった。


 そんなこんなで作業が続き、一段落した頃に騒動はやってくる。


「は? 街から退去しろ?」


 目の前に居並ぶのはキャルマの街の代表。


 水番らから話を聞き、取り急ぎ確認に来たらしい。そしていきなりの退去勧告である。


 神妙に頷く彼等の言い分によれば、この地はガラティア国の土地であり、魔族が住めるのはこの土地を管理している我々の温情。

 先代達の約定により住まわせているだけ。居候の身分で独立など烏滸がましい。そんな勝手をするなら出ていけ。


 なるほど。言い分としては分からなくもない。


「良かろう。全てを回収して、この街を更地に戻し、他へ移るとしよう」


 何の問題も無さげに頷く幼女。


 全てを幼女に託す魔族達も、彼女を信頼しているのか、誰も異議を唱えない。


 むしろ狼狽え驚愕に眼を見開いたのはキャルマの代表達であった。


 少し脅かせば素直に言うことを聞くとでも思っていたのか。おめでたい奴等である。


「は? ここを出て、何処へ行くと言うんだ。この街はガラティアの財産。全て置いて身一つで出ていけ」


 居丈高に宣う男性の言い分は滅茶苦茶だった。


 いわく、身一つでやってきたのだから、身一つで出ていけ。ここに有る物は全てキャルマの街に帰属している。持ち出す事は許さない。野垂れ死ぬ寸前を拾ってやったのに、恩知らずな奴等だ。これだから魔族など信用出来ない。


 つらつらと並べ立てる男性を見つめ、幼女の顔が陰惨に陰り、笑みを深める。


「言いたい事は、それだけか?」


 軽く首を傾げ、幼女はキャルマ代表らを睨めつけた。


「あんたらがどう主張しようと、ここを築いたのは魔族達であり、我々が手助けをした。あんたらが勝手に財産だと主張している水車やその他は我々が魔族に貸与している物であって、あんたらには全く関係ない。それと魔族が退去するなら水源は埋めていく。私が作ったものだからな。二度と使えないように、しっかり埋めて更地にして返すよ。魔族らの努力を認めないなら、無いも同じ。ここは更地だったのだろう?ならば更地で返すのが道理よ」


 理路整然と語る幼女に、キャルマの人々は言葉もない。


 確かに、魔族が居なければ此処に街が出来る事もなく荒れた大地が広がるだけである。

 手に入れようと思っていた水車なども魔族の物でなく幼女が貸しているだけだと言うならば所有権は幼女にあり、キャルマの街の物ではない。

 ぐぐぐっと言葉に詰まるキャルマ代表らを辛辣な眼差しで見上げ、幼女はニタリと口角を歪めた。


「別にもっと魔族の国よりな沙漠に移動したって構わないもの。むしろその方が沙漠に放逐される魔族の救助が楽になるし。自給自足で独立出来る目処があるのに、この土地に固執する理由も無いわ」


 クスクスと嘲笑うかのような幼子に、キャルマ代表の男性は、やもたまらず怒鳴り付けた。


「子供が大人の話に口を出すんじゃないっ、バロック司教っ、こんな子供の言う事なぞきかんからなっ、今まで通り穀倉地帯の手伝いをしながら、この水車とやらをキャルマの街に譲るんだっ、分かったな?!」


 なるほど。無茶を通せば道理が引っ込むと思っている輩か。


 顔を真っ赤にして怒鳴り続ける男性に、一人の男が声をかけた。

 キツネ顔な男。名前をミリムと言うらしい。昨日やってきた水番の若い方だ。


「町長。これ以上醜態を晒すのはやめようや。俺らが魔族達を見捨てたんだ。約定に従い雇用契約は破棄される。もう俺らには何の権限もないんだ」


 約定? そういや、そんな事を司教や水番の男らが言ってたな。


「司教様。約定って何?」


 訝る幼女に、司教は数百年前に交わされた、先代達の約定の話をする。


 かいつまむと、キャルマは魔族の保護を。魔族はキャルマに対する奉仕を確約する約定であった。

 労働に対する対価として、最低限の糧と水を保証する。そんな感じの約束らしい。

 だからそれを破ったキャルマ側に、魔族が労働を提供する必要はもうないという事か。


「そして約定とは違える事を許さない規律であり、身体の一部を神に捧げ、神々の誓約の元に交わされる契約です」


 ああ、思い出した。古い儀式だ。確か爺様に教わった古代の術式。


 待てよ? 確か、それは....


「七代前の町長と交わされた約定。町長は耳を。我々の先祖は角を捧げ、神々に誓約を致しました」


 そこまで聞いて、千早は愕然とした。


 最低限の糧と水を約束した契約。それは既に破られている。すなわち.....


 未だに悪足掻きを叫び続ける町長と、宥める若者を凝視し、幼女は眼を見開いたまま静かに呟いた。


「あんたら、神々と交わした誓約を反故にしたんか....? あんたらの先代達は約定の意味を伝えてないんか?」


 顔を凍らせて呟く幼子を振り返り、怪訝そうな面持ちで男二人は首を傾げた。


 そして千早は司教を見た。


 彼は穏やかな顔で静かに佇んでいる。


「あんたさんは知ってたんだな? 知っていて黙っていた。なんでだ? 約定の話をすれば、皆を救えたんじゃないのか?」


「....話せないのです。神々の規約は厳しい。話せるのは約定が破られてからなのです」


 千早は胡乱気うろんげに空を仰いだ。朝から垂れ籠めていた暗雲が更に大きくなっている。


「約定は既に破られている。キャルマの街には時間がない。それも知っていたはずだ。なのに黙っていたんだな?」


 司教は軽く眼を見張り、眉を寄せて薄く笑む。


「御存知なのですね? 愚か者とお笑い下さい。司教にあるまじき行いです。....だが、...どうしても許せなかったのです」


「わかるよ。奴等の自業自得でもある。仕方無い」


 司教の戦慄く手を軽く叩き、幼女はキャルマの街を眺めた。垂れ籠める暗雲が色を増している。所々でバチバチと小さな稲光がたち、今にも破裂しそうな危うさだ。既に手遅れだろう。


 神妙な面持ちでキャルマを見つめている二人につられ、怒鳴りあっていたキャルマの人々も不思議そうに視線を向ける。


 すると暗雲が目映く光り、大音響をたてて幾筋もの稲光をキャルマの街に落とした。

 雨の如く降り注ぐ稲妻は、瞬く間に街を削り、破壊し、炎上させる。


 メギドのほむら


 地球でも神話に記される断罪の雷。ソドムとゴモラを焼いたという伝説の稲光を、千早は今目撃していた。


 あまりの出来事に、誰もが無言で炎上するキャルマを凝視している。


 神々との契約は厳しく重い。反故となった場合、与えた苦しみの倍返しが相場だ。キャルマの人々が魔族に与えた苦しみの倍返しがこれなのだ。


 ただし、これはキャルマと魔族、お互いの街が交わした契約である。街に報いがゆくため、街から逃げ出せば難を逃れられる。


 それを知っていて司教は沈黙した。


 約定を破った時点でキャルマに警告を与えられたのに、それをしなかった。


 する気も起きなかろう。お互いが協力し、それでも駄目だとの決断ならば、司教らも約定が破られた時に警告してくれただろうが、はなから魔族を餓死させる前提で約定を反故ににしたのだ。


 救いようがない。


 明々と炎上するキャルマを見つめながら、ようやくキャルマ代表らは正気にかえり、次には限界まで眼を見開いて絶叫した。


 力の限り絶叫し、馬車に駆け出す彼等を見送りつつ、千早は何とも言えない後味の悪さを噛み締めていた。

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