第49話 オカンと異世界観光 ~4~


「問題は水よなぁ」


 千早はガイアスからもらった地図を広げ、口に咥えたボールペンをユラユラ上下させる。

 キャルマの街あたりから王都側は豊かな穀倉地帯だ。林や森もあり大河の恵みによって肥沃な土地が広がっている。


 そして問題はキャルマの街から此方側。


 穀倉地帯の分かれ目なキャルマの街を境に土地は荒れだし、荒野となり沙漠に続いていた。

 荒野である土地に魔族が街を作ったのは同胞のため。

 身体的弱者は、成人すると同時に沙漠へ放逐される。ガラティアまで砂漠と荒野を越えなくてはならない。

 死に物狂いでガラティアを目指す同胞を救助するために、こちらへ辿り着いた魔族達は荒野に街を作ったらしい。


 なんかうちらに似てるな。


 地球の来訪者を受け入れるため、千早らはディアードの街に居を構える事になった。

 最初は異世界観光して良さげな土地を探すつもりだっのだが、孤児院に深入りし、街の人々と慣れ親しみ、教会に喧嘩を売り、あれよあれよという間にディアードを拠点にする事になってしまった。

 なし崩し的ではあるが、地球人が安全に異世界来訪するにも都合が良く、まあ結果的に良い拠点だろう。

 千早らがテコ入れして、街はみるみる大きく豊かになり、地理的に何処にも属してない独立都市である。

 動きに制限がかからず、煩わしい交渉事もない。


 期せずして良い土地が手に入ったのだ。


 ここもそんな感じにしたいなぁ。まあガラティア国内であれど、地外法権の独立自治みたいな街に。


 それにはとにもかくにも自給自足の確立である。農業、養鶏。この二つが必須で、あとは余裕が出来れば牧畜や加工。そして最低限必要なのが水だった。

 キャルマの水番が運んでくれるのは飲料水のみ。

 穀倉地帯に点在する作業場所へ運ぶついでに魔族の街にも寄ってくれるだけ。

 大地を探索したが、ここらの地下には水脈はなかった。少しはずれた所にあるが、そこは砂漠地帯で水を運ぶには少々キツイ。


 千早は地図を片手に穀倉地帯周辺に飛び回る。


「これがガイア河か」


 目の前には雄大なパノラマを展開する水面がひろがっている。河幅は広く、対岸は微かに影がみえるていど。

 キャルマから北に十キロほどの位置に横たわる大河、ガイア河。ここから引かれた支流がキャルマの街や穀倉地帯に伸びていた。


「ん?」


 千早は軽く眼をすがめる。

 伸びる支流の先は曲がりくねり、再びガイア河に合流していた。


 これって、あの支流から魔族の街に水路を引いても良くね?


 色々散策し、千早は町に帰ると司教に話を持ちかけてみる。

 すると司教は少し思案し、眉をひそめて微かに笑う。


「以前そういった話にもなりましたが。繋げる事を反対する者がいて流れました」


 仕方無さ気な司教に詳しく聞くと、魔族を信用出来ないの一言である。


 水路が繋がれば何をされるか分からない。何を流されるか分からない。魔族の国と戦争なんかになった日には拠点にされかねない。

 イニシアチブはガラティアが持つべきだと、水の権利を与えなかった。


 なんじゃそら。


 つまり飼い殺しにするために、水という必要不可欠な資源を独占すると。

 水だけは運んでくれたという話に感謝した昨日の自分を殴り飛ばしてやりたい。

 大河からキャルマ、魔族の街までそれなりの緩やかな傾斜がある。その気になれば支流などすぐに作れる。それをしない理由がこれかよ。


 剣呑な眼差しで遠方にあるキャルマの灯りを眺めつつ、千早は残忍に口角を歪めた。




 翌日千早は、街の南。砂漠近くの何もない荒野に大穴を掘る。

 土魔法で大地を穿ち、長さ一キロ、幅五十メートル。深さは三メートルほどか。

 塹壕のような細長い穴を砂漠地帯に沿うように掘り、その土は砂漠周辺に満遍なく混ぜた。


 そこから街のすぐ近くにも大穴を掘る。


 こちらは街の一辺に沿うような楕円形。長さ五百メートル、幅二百メートル。深さは十メートルほど。

 ほぼ街の半分ほどもある大きさだ。

 そして街を挟んだ反対側。キャルマの街がある方面に、先ほどの穴より二回りほど小さい穴を掘る。


 それらから出た土砂全ては、砂漠に混ぜ混んだ。

 大量の土砂が混ざり込んだ砂漠は完全に色が変わっている。


 さらに幼女は、三つの穴同士を繋げるように穴を掘る。キャルマ側から砂漠側には街の中央と左右に三本。

 街側から砂漠には四等分するように五本。


 いきなり始まった幼女の土木作業に、司教や子供らは度肝を抜かれ、何が起こっているのか分からない。


 だが心配はしていない。


 幼女がキャルマの街のやりように憤慨している事を司教は知っていた。

 命の源である水の独占に心底腹をたてていた。


 この街は、きっと救われる。


 飛び回る幼女を眺めながら、司教は子供らの世話に明け暮れた。


「うしっ、これでイケるはずっ」


 大穴の内側と周辺を全て石垣で覆い、準備は完了。


「じゃ、少し待ってて」


 そう言うと、幼女はキャルマの街の方へ走っていく。


 一体、何が起きるのか。


 呆然と幼女を見送ったまま微動だにしない司教の腕を孤児が引っ張る。


「司教様っ、見てっ」


 言われて大穴に眼を向けた司教は、有り得ない光景に愕然とした。

 なんと大穴の壁面にある石垣の中層から、大量の水が湧き出したのだ。

 噴き出した水はみるみる嵩を増し、大穴を満たしていく。濁り波打つ水だが時間がたてば沈澱して透き通るだろう。


 信じられない奇跡に、司教は眼を見開いたまま言葉も出ない。


 そんな司教に傍らに、いつの間にか幼女が立っていた。


「ここは河よりかなり下に位置してる。傾斜に水が流れるように、穴を開けてやれば河の水は此方に流れるのさ」


 司教は理解した。つまり、あの石垣の裏には大河に繋がる穴があるという事か。

 振り返ったキャルマは確かにこの街より上に位置している。なるほどと、司教は得心した。


「穴が広がって地盤が緩んだりしないよう穴の内側にも錬金でセラミックコートしてある。石垣をひっぺがさない限り誰にもカラクリはわからんよ」


 にししと笑う幼女に頷き、二人はこれを秘密にした。たまたま水脈を掘り当てたのだとし、湧水で言い通そうと決める。


 素晴らしい贈り物だった。


 これで水に不自由しない。子供らに飲み水で我慢を強いる事もないし、十数キロも荷車を押して支流に洗濯に行く必要もない。


 昨日とは違う歓喜の涙が司教の頬を濡らす。


「はは...年寄りは涙脆くていけませんな」


 袖で涙を拭いつつ、司教は心からの感謝を幼女に伝えた。これで慎ましくも畑作が出来ると。

 すると幼女はキョトンとし、次には人の悪い笑みで司教を見据えた。


「何いってんのさ。こんなん序の口よ。あのキャルマの奴等に一矢どころが針ネズミな気分味合わせてやろうや♪」


 ニタリとほくそ笑む幼女に、司教は全身が粟立つのを止められなかった。




「もう全滅してるだろう? まだ水を運ぶのか?」


 水を載せた馬車が二台。キャルマから魔族の街に向かっていた。


「三日に一度の配達は先代らの取り決めだ。反故にする訳にはいかん」


 そう言いつつも彼らの表情は暗かった。


 スタンピードによる大災害から数ヶ月。未曾有の大飢饉に誰もが狼狽え混乱した。

 そんな中、魔族もこの土地の一部だと言う者と、あれらは部外者だと主張する者で意見が分かれたのだ。

 王都は遠く、支援が来るかもわからない。備蓄は残り少なく、キャルマの街を養うのが精一杯。冬を越せるかどうかも怪しかった。

 そんな心許ない状況で、魔族の面倒まで見られない。これが街の大半の意見だった。


 正論だろう。


 しかし、頭が納得しても感情が納得しない。

 せめて水だけはと、皆の反論を押し切り運び続けた。俺は水番だから。

 無駄な事だとせせら嗤う嘲笑を背中に浴びせられながらも、三日に一度の約定は守り続けた。


 何度も後悔した。


 行く度に痩せ衰え枯れ木のように細くなっていく魔族達。せめて子供らだけにでもとすがる彼らを振り払い、ただ水だけを運び続けた。


 地獄だった。押し寄せる罪悪感に叫びだしたかった。眠れぬ夜が続いた。何度も運ぶのを止めようかと思った。


 それでも.....運ばずにはいられなかった。


 彼らが生きている事を確認せずにおれなかった。


 それが俺にとって唯一の救いだった。


 しだいに魔族達は、水を運んでも顔を出さなくなった。前回運んだ時、水の樽は半分も減っていなかった。つまり.....

 馬車の男は軽く眼を伏せ、最悪が脳裏を過る。

 だが、まだ生きている。水を必要としている。


 僅かであろうと運んだ水が減る限り、水番の男は運ぶのを止めるつもりはなかった。


 しだいに近づく魔族の街を視界に映しながら、馬車は一路沙漠に向かいわだちを残していく。


 この後、彼らは奇跡を目の当たりにし、驚嘆と歓喜で泣き叫ぶ事になるのだが、二人はまだ知らない。

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