第48話 オカンと異世界観光 ~3~

 

 すやすやと眠る子供達を眺めつつ、千早は司教と話をした。


 子供らをのぞき、生き残った魔族は司教だけ。街を復興しようにも手が足りない。 

 穀倉地帯の手伝いで糧を得ていたこの街には致命傷だった。

 教会と孤児院のみでは街は立ち行かない。


「仕方無し。自給自足すべ」


 のほほんと宣う幼女に、司教は力無く首を振る。


「畑には水が必須。この街には井戸もありません。キャルマの街に流れる河から水を運ばなくてはならないのです」


 キャルマとは千早が道を尋ねた街らしい。この街に名前はなく、そのまま魔族の街と呼ばれていた。


 キャルマの街の向こうには大きな大河があり、ここら周辺の穀倉地帯を支えている。

 豊かな運河と暖かい気候に恵まれ、魔族が小さな村を作っても受け入れてくれる余裕があった。

 水は必要な分分けてもらえ、水番と呼ばれる人達が各所に馬車で運んでくれており、この街もその恩恵に与っていた。

 しかし、今後畑の手伝いが出来なくなる以上、それらも使えるかどうか分からない。

 今はまだ運んで来てくれているが、魔族達が瀕死で倒れていても、声一つかけてくる事はなかったと言う。


「それは仕方無いよ。切り捨てると決めた以上、最低限しか関わらなかろうも。些かの情でも向けようものなら、罪悪感に押し潰される。見ない聞かないは防衛本能だ。それでも水を運んでくれたあたり、生きて欲しいとは思っていたんだろうな」


 司教の眼がみるみる驚愕に見開かれる。


 せめて子供だけでもと、あれほどすがったのにキャルマの人々は眉一つ動かしはしなかった。


 なのに我々に生きて欲しかっただと?


 戦慄く司教の指を見つめながら、千早も心境は同じだった。渇きは凌しのげても飢えは凌げない。緩慢な死の恐怖が長引くだけ。


 ある意味、放置の方が親切だっただろう。


 出来るだけの事はした。それでも救えなかった。そういった欺瞞ぎまんと大義名分。それらが欲しかっただけかもしれない。それでも......


「あたしゃ素直に感謝出来るね。彼等の運ぶ水がなければ、まず間違いなくこの街は全滅してた」


 ニヤリと笑う幼女に、司教は毒気を抜かれる。


 逆説的ではあるが、その通りだった。


 欺瞞であろうが偽善であろうが、今自分たちが生きているのは間違いなくキャルマの街から運ばれた水のおかげである。


「怨み言一つ言えませんね」


 何処へもぶつけようのない哀しみ。誰が悪い訳でもない。未曾有の災害に我々は翻弄されただけ。

 それでも誰かを憎まねばやりきれなかった。


 自分や子供らを生かすために糧となった仲間達。どれほど無念であった事だろう。


 司教はとつとつと、独り言のように死に逝く大人達の事を語った。


 生きたまま四肢を切り落とし、最後の瞬間まで微笑んでいた彼等。


 嫌がる子供らを安心させるため、呻き声一つ上げずに静かに言切れていった人々。


 強く優しかった仲間の事を話しつつ、司教はハラハラと泣いていた。


 それを静かに幼女は聞き、そして呟く。


「彼等は何のためにあんたを生かしたのかな?」


 問われた言葉に胡乱気うろんげな顔をし、司教は幼女を見つめた。


「怨み辛みを背負わせるため? 後悔や懺悔の日々を送らせるため? あんたがそんなんじゃ彼等も浮かばれないね」


 幼女は座っていた椅子に立ち上がると、両手をテーブルにつき、至近距離から司教の顔を睨めつけた。


「泣き言は死んでからで沢山だ。あんたは生きてる。彼等はあんた達を生かすために糧となった。あんたがすべき事は何だ? 彼等が文字通り命を捧げたのは何のためにだ?」


 幼女の瞳に見据えられ、哀しみと怨みで固まり止まっていた司教の思考が動き出す。


《子供らに俺を食わせよう。あとは頼むな》


《子供らに....子供らだけは》


《まだ死なねぇ。まだ左腕がある》


《おまえも食え。絶対死ぬなよ》


 一人二人と糧となり口々に頼まれたのは子供らの事。彼等は怨み言一つ口にする事はなかった。


 脳裏に浮かぶ仲間達。彼等は本当に優しく強かった。それに引き換え自分は.....


 泣きながら司教は静かに笑った。


「貴女の仰有るとおりですね。なんて無様なんでしょう、私は」


 そして立ち上がると、テーブルの上にいる幼女を抱き上げ床におろした。


「足掻きます。貴女に救われた命です。仲間に繋げてもらった人生です。子供らを守るためなら、何でもやりましょう」


 司教は挑戦的な眼差しをして幼女を見る。その瞳に涙はもう無かった。


 にししと笑いつつ、千早は司教を鑑定する。


☆バロック・ロア・シャムフィール 56歳 レベル31


職業 元皇太子 農民 教師 司祭


称号 放浪の血族


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


スキル 状態異常無効 自動回復大 全精霊支援中 全属性魔法大 光魔法小 治癒魔法大 回復魔法中 身体強化小 薬学中 錬金小 看破小


固有スキル 隠密極 弓術極 解体極


祝福 創造神ネリューラの祝福 慈愛神リュリュトリスの微笑み 叡智神グリスワルドの知己 護僮神アマラディアティの庭師


加護 創造神ネリューラの加護 慈愛神リュリュトリスの加護 叡智神グリスワルドの加護 護僮神アマラディアティの加護


 おいおいおい。


 すっとんきょうな顔で真ん丸目玉な幼女に首を傾げ、司教はひらひらと千早の顔の前で手を振る。


「どうかしましたか?」


 いや、どうかするだろうよ。ステータスはともかく、スキルがおかしいだろ。

 魔族というからには魔法に長けているのだろうが、隠密極に弓術極って何さ。


 それに職業の元皇太子と称号。


☆元皇太子 生来右足が脹ら脛から無く、カタワの皇子として虐げられ砂漠に追放された。


☆放浪の血族 高貴な血をひきし者が独力で才能を極に昇華させた場合に得る。 効果・二番手三番手のスキルを極に昇華させる。


 なるほどな。この人は努力が出来る人か。


 得心顔で幼女は何度か頷き、にぱっと笑うと司教の手をひき、子供らのいる中央広場に駆け寄った。


「取り敢えず亡くなった人達を弔おう。司教様頼むね」


 千早はパンっと両手を合わせ、そのまま大地に手を着く。そして魔力を波打たせ、放置されていた遺体を優しく包み中央の広場に集めると、静かに分解していった。


 これは炊き出しした村や街でも行った事。


 この世界には埋葬という概念がない。裕福な者は墓石を作るが、モニュメント的な意味しかなく、遺体は魔術で分解され大地に還る。


 それらを見送り弔うのが司祭の役目だった。


 来訪初日に感じた文明にそぐわぬ清潔感。あれは汚物や廃棄物を魔術道具で分解してしまうため感じた違和感だった。


 トイレにそんな魔術道具が仕掛けられてたなんて、聞くまで全く知らなかったわ。


 何処の街でもトイレは外にあり、周囲に畑や花壇、果樹など植わっているのが不思議ではあった。個人宅でも同じで、庭の中心にトイレがある。

 魔術道具により分解された廃棄物は周囲の大地に拡散されるため、トイレ付近の土地は肥沃なのだ。

 理屈はわからずとも、それを知る人々はトイレ周辺に某かを植えている。


 トイレは排泄物のみならず有機物全ての捨て場でもあり、最初入ったとき、ただの穴しか空いていない事に眼が点になったのも良い思い出。


 牛糞や藁や落ち葉なんかをまぜこぜして堆肥を作っていた時、それらの意味をタバスらに説明したら、ああ、だからトイレ付近の土は肥沃なんですねと納得顔で頷いていた。


 微生物が分解して発酵云々が理解出来るのは、そういった魔術道具があったせいであろう。


 まあ、おかげで農場も牧畜も上手く回っている訳だが。


 分解され金色の粉となり風に漂う死者達は、司教の祝詞に見送られ、一陣の突風とともに砂漠の方へ流れていった。


「お疲れ様でした。いってらっしゃい」


 千早は柔らかく微笑むと、両手を合わせて死者達を見送る。


 きっと御先祖様らに温かく迎えられるだろう。


 千早が合掌した途端、大地から光の筋が立ち昇った。二本三本と直下立つ複数の光。

 それらは七色に煌めき、その一筋一筋が天高く吸い込まれていく。


 唖然と見上げる幼女らの前につむじ風が起こり、毎度お馴染みシメジな女神様が顕現した。


 女神様は幾分慌てた感じで周囲を飛び回り、千早が居るのを見て、合点がいったかのような顔で安堵している。何故か分かるシメジの機敏。これにももう慣れたな。


《神域で浄化が発動したので慌てましたが。千早ちゃんだったのね。驚いたわ》


 浄化? なんのこっちゃ。


 女神様によると、生前に罪を犯した者を癒し赦す儀式なのだそうだ。

 哀しみ怨み、心残りなどを昇華させ、魂の傷を癒し、安らかに旅立たせる。


 幼女が労い祈った事で発動してしまったらしい。


 えええぇぇ.... あたし、うっかり祈る事も出来んなも。


 シメジな女神様を指先でウリウリとつつきながら、難儀な体質になってしもうたと溜め息をつく幼女。

 そんな二人を、司教と子供らが、有り得ない物を見る眼差しで凝視していた。


 千早がそれに気づくのは、シメジな女神様が帰って、後ろを振り返ってからである。


 唖然と事を見守っていた司教の困惑気な眼に見つめられながら、千早はそっと眼を逸らす。


 また、やってしもうたーっっ


 今更すぎる感想を脳裏に抱きながら、この街をどうやって維持するか。


 難しい顔で思案するオカンだった。

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