第47話 オカンと異世界観光 ~2~
「僕達は魔族です」
お腹のくちくなった子供らは、ここより南方の魔族の街からやってきたのだと話した。
言うまでもなく南方は砂漠とダンジョンがあり、今回の大飢饉の発端となったスタンピードが起きた地方でもある。
彼等の街は穀倉地帯の手伝いで糧を得ており、それらが全滅した事による被害が一番酷い地域でもあった。
魔族の街が南方にあるのは、砂漠に放逐される仲間を助けるためであり、穀倉地帯は何時でも人手不足であったため、御互いの利害が一致し、友好な関係を築いていたらしい。
しかし、今回のスタンピードによる皺寄せが魔族の街に死活問題をもたらした。
食べる物がない。分けられる物もない。魔物は飛び交う。戦場となった穀倉地帯は地獄と化したのだ。
元々身体的弱者であるがゆえに故郷から放逐された者の集まりな街は、今回のスタンピードで全く戦力にならなかった。
しかも、間の悪い事に収穫前で備蓄食糧もほぼ尽きている。
穀倉地帯を預かる獣人達は、備蓄食糧を魔族達に回さなかった。自国民が飢える寸前なのだ。情けをかける余裕はない。
苦渋の決断ではあっただろうが、一番に
魔族は結束力が強い。厳しい地域に国があるせいか、情が深く子供を宝とする人々だ。
僅かばかりしかない食糧を子供らに全て与え、大人達はみるみる痩せ細っていく。
それは孤児に対しても同じであった。
ガリガリに痩せ細りながらも這うようにして集めた食糧を孤児院に寄進する大人達を見るにみかねて、孤児院の年長組は街を抜け出し、行き交う荷馬車に潜り込み王都までやってきたのだという。
「僕らがいない分、少しは楽になるかなって」
ヒックヒックと嗚咽を上げながら話す子供らは、今まで物乞い紛いに生きてきたらしい。
幸運な事に王都は国庫からの支援があった。子供らに幾等かの情けをかける人々もいた。
千早は空を仰ぎしばし思案する。
食糧支援は始まったばかりだ。一番遠方にあたる砂漠の街に届くにはかなりの時間がかかるだろう。
間に合うか分からない。むしろ既に全滅している可能性のが高い。
それでも。あたしはファーマーだ。
農家は物を独占してはならない。買い占めに応じてはならない。人の食を繋ぐのが農家の使命だ。
千早は親父様からそう教わった。
儲けに眼が眩み、金のある方に物を流したら、流通が偏る。それは弱者が飢える事を意味する。断じてあってはならない。
千早は、人の命を繋ぐ百姓である事に誇りを持っていた。
幸いインベントリには唸るほどの食糧が残っている。ここで動かねば百姓の名が廃る。
「任せろ。すぐにでも炊き出ししてやる。あたしはファーマーだからな♪」
にかっと笑う幼女に、子供らは首を傾げた。
「ファーマー?」
見知らぬ単語を呟く子供らの頭を撫でて、幼女はふんすっと胸を張る。
「農民だっ」
「んじゃ、任せたぞリカルド。あたしは最速で向かうから子供達連れて後から来てくれ」
食糧と交換で馬車を用意し、幼女はリカルドに子供らを任せて駆け出した。
あっという間に見えなくなった幼女に眼を見張り、子供達は恐る恐るリカルドを見上げる。
「農民って、畑で作物作る人ですよね? あの子が本当に? お金持ちっぽいし、なんか凄く強そうなんですが.....」
困惑気な子供らに、リカルドは眉を上げてシニカルに答える。
「間違いなく農民だ。最強のな」
農民が最強? 意味がわからない。
全身で疑問符を浮かべる子供達の思考は丸わかりで、リカルドは思わず吹き出した。
「そうだよな。わからないよな。でも農民は最強なんだって、俺も最近思うようになってきたよ」
最弱であるはずの農民が人々の命を繋いでいる。農民の働きしだいで国は貧しくもなり豊かにもなる。
優れた農民は最強なのだ
来訪者らを見て、リカルドは食物連鎖の頂点に立つのは農民なのだと理解した。
この子らにもいずれ分かるだろう。それは遠い未来ではない。妹様らが教えてくださる。
リカルドは用意された馬車に子供らを乗せ、自分は御者となり幼女の後を追う。
鼻歌混じりに走り出した馬車から顔を出した子供らは、リカルドの楽しそうな様子に顔を見合せる。
その絶対の信頼感溢れる様子に、子供らは摩訶不思議な安堵感を覚えた。
きっと大丈夫。
知らず子供らは微笑み、ものすごく久しぶりに声を出して笑った。
一方千早は、自身に隠密をかけて一路砂漠に向かい疾走する。
食糧支援の馬車とスレ違いつつ、馬車が着いた順で村や街に止まるのをながめ、やはり砂漠の街につくのは最終馬車であるのを確認した。
それではとても間に合わない。
獣人同士は助け合っても、魔族はそこから弾き出されている。一刻の猶予もない。
道なりに進めば砂漠の街に着くと子供らは言っていた。千早はさらにスピードを上げ、己の身体強化の限界に挑むかの如く駆け抜けていった。
音速を越えたあたりで遥か先に砂漠が見え始める。千早はややスピードを落とし、周囲を見回した。
少し道から外れた辺りに穀倉地帯が見える。収穫済みの畑のようだが、その実モンスターに平らげられた畑なのだろう。
来年の作付けに影響しなければ良いけれど。
そんな事を考えていると、正面に大きな街が見えてきた。
千早はスピードを駆け足にまで落とし、目の前の街の入り口へと向かう。
入り口には数人の獣人がおり、てちてち走ってくる幼子に驚嘆の眼差しを向けた。
「お嬢ちゃん一人かい? 大人は?」
驚きに眼を見張り、キツネっぽい獣人は幼女が来た道を見つめながら、しゃがみこんでローブの砂埃を払ってくれる。
「魔族の街が緊急事態だと聞き支援に来た。どちらに向かえば良い?」
幼女らしからぬ話し方。キツネな獣人は怪訝そうに眼をすがめながら、千早を見つめた。
「まぁ....緊急事態っちゃあ、どこも同じだが、確かにあそこはヤバいな」
そう呟きつつ、キツネな獣人は街から穀倉地帯を越えた砂漠側に魔族の街があると教えてくれる。
「ありがとね。ついでにコレ置いてくから」
千早はインベントリから大量の食糧を街の入り口に出した。馬車数台分はあろうかという物資を見上げて、キツネな獣人は唖然とする。
「王様からの支援物資がもうすぐ届くよ。頑張ってね」
茫然自失なキツネ氏に軽く手を振り、千早は荒れた穀倉地帯を駆け抜けて魔族の街についた。
そして言葉もなく立ち竦む。
街は閑散とし人の気配はない。
所々に倒れているのは全て遺体で、死後数日はたっているだろう者ばかりだった。
間に合わなかった。
千早は固く眼を瞑り両手を合わせ、すぐに走り出す。何処かに生存者はいないか。僅かでも良い。生きていてくれ。
「おーい、誰かいないかーっ」
叫びながら走り回る幼女は、街の中央で魔力を拡散した。薄く広く。波紋のように広がる魔力は、蠢く数体の生き物を捉える。
大きさからして子供。寄り集まり固まっていた。
それを目指して駆け出した千早の目の前には小さな教会。たぶん子供らが言っていた孤児院なのだろう。
空いたままの扉から千早が声をかけると、微かな呻きが奥から響いてきた。
生存者がいるっ!
喜び勇んで幼女は奥へ飛び込んだ。
そして次の瞬間、あまりの光景に絶句する。
見開いた彼女の眼に映ったのは複数の遺体と数人の子供達。唯一生き残ったであろう司教が息も絶え絶えに幼女を見つめていた。
「.....天は我々を見放さなかったか。助かった」
虚ろな眼差しで呟く司教の両足は無く、転がる遺体にも両手両足が無くなっていた。
たぶん子供らを長らえさせるために、大人らは自らの身体を与えたのだろう。
痩せこけ落ち窪んだ瞳はあまり見えていないようだ。声に反応するかのように、しきりに眼球が動かされている。
「~~~~っっ」
千早は泣きそうな顔で司教を見つめた。
そんな幼女の雰囲気を読み取ったのか、司教は微笑み軽く首を振る。
「....子供らを御願いします。子供らを守りきる事が出来た。なんと良い人生だった事か」
そう言うと司教は周囲に群がる子供達の頭を撫でながら抱き締めた。枯れ果てた身体の何処に水分が残っていたのか、大粒の涙をポロポロとこぼしている。
すでに死を覚悟しているのだろう。司教は子供らに、幼女の言う事を良くきくようにと切なげな顔で話していた。
させるかよっ!
千早はインベントリから何時ものドリンクとスープを取り出し、子供らに与えながら、司教にエリクサーの瓶を渡す。
目の前にまで差し出されれば弱った眼でも確認は出来た。エリクサーだと分かったのだろう。司教は驚嘆の眼差しでブルブルと首を横に振る。
「飲めっ、あんたが死んだら、こいつらはどうなるっ? あんたらを見捨てた獣人らが面倒をみてくれるとでも思ってるのか? そこまでおめでたいのか?」
彼はは瞳を大きく震わせた。
非常事態だった。致し方無い事だった。しかし、命の取捨選択で自分たちは切り捨てられたのだ。
固唾を呑みながらエリクサーを凝視していた司教は、チラリと子供らを窺う。
久方ぶりの食事にはしゃぐ幼子たち。
守らねばならない。
司教は意を決したかのようにエリクサーの瓶を掴むと一気に呷った。
瞬間、司教の身体が発光し、幾度か瞬いたあとに光が消え、そこには頑健な老人が現れた。
枯れて痩せ細った身体も元に戻り、切り落とされた足も復元し完治している。
「力が湧く。疲労感も何もない.....なんと言う事だ」
戦慄く指を駆使し、司教は幼女の手を両手で握ると、捧げ抱くかのように己の額を押し付けた。
「ありがとうございますっ、本当に....もう駄目だと諦め...てお..りっ..ま...っ」
そこからは言葉にならず、肩を震わせて泣き崩れる司教の回りに、心細げな顔で子供らが集まってくる。
「あんたらだけでも間に合って良かったよ。ありがとう生きていてくれて。本当に、ありがとう」
司教の眼が感嘆に見開く。
弱者は生きている事が罪悪だと追い出された祖国。受け入れてはくれるものの、下働き程度にしか魔族を見ていないガラティア。
我々が生きようが死のうが誰も気にしない。どうでも良い存在な我々に幼女は言うのだ。
生きていてくれて、ありがとう。と。
何とも言えない暖かい歓喜が沸き起こり、胸が張り裂けんばかりの司教は溢れる涙で前が見えなくなった。
暖かい涙はとめどなく溢れ、彼は幼女に促され立ち上がるまで、ただひたすら泣き続けた。
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