第43話 オカンは海外派遣隊 ~5~


「どっちにしても、ここの行政が当てにならないのは変わらん。行くぞ」


 立ち去ろうとする幼女に、慌てて穴熊な老人は取りすがった。


「なにとぞっ、なにとぞ幾ばくかの御時間をっ!!」


「時間?」


 涙ながらにしがみつく老人にドン引きする千早。それを見つめつつ穴熊な老人はコクコクと高速で頷く。


「今回の事態に国王陛下は国庫を解放しました。我が国には備蓄が既にないのです。今では国の宝物を切り売りして内政を支えてる始末。必ずや不届き者らを捕縛し、今回の不祥事を購わせますゆえっ、御見捨てくださるなっ!!」


 だばーっと涙をちょちょ切らせ、穴熊な老人は、なにとぞっなにとぞっ、と頭を床に擦りつけた。


 幼女は言外の違和感に首を捻る。


「国庫を解放? それでこの有り様なのか? ガイアス、ナフュリアには王都からの支援はあったのか?」


「いえ、全くっ」


 寝耳に水なのだろう。すっとんきょうな顔で、ぶんぶん首を横に振るガイアスを一瞥し、幼女は軽く頭を抱えた。


 世も末だ。


 国庫を横領した者がいる。中抜きどころではない。丸っと横流ししたのだ。


 そんな事を可能とするには一人の不心得者どころではない。たぶん王宮全てが共犯で行っている。


 この国、終わってねぇ?


 取り敢えず今回の事は内密とし、国王に謁見してみよう。

 千早は穴熊な老人に、国王陛下への橋渡しをたのんだ。




 急な申し込みにも関わらず、数刻後に謁見の許しが出る。宰相がごねたらしいが、穴熊な老人が押しきったらしい。

 なんと老人は陛下直属の侍従長で、陛下が生まれた時から教育係として傍に仕えて来たとか。

 発言力は宰相を凌ぐ。陛下の懐刀的存在だった。


 謁見の間には多くの人々がひしめきあい、左右には人垣が出来ている。

 人間を見るのも初めてなら、国交を行うのも初めて。好奇心に満ちた各々の眼差しが鬱陶しい。


 幾分、神経をささくれ立たせながら、千早は高台の玉座に座る国王を視界にとめる。


 そして真ん丸目玉で唖然と口を開いた。


 ふさふさもふもふで長い耳。真っ白ふっくらした体躯は思わず抱きつきたくなる愛らしさ。


 ウサギである。


 人間大の真っ白ウサギが、くりっとした真っ赤な瞳で千早を見つめていた。


「遠路はるばる御越しくださり感謝にたえません。貴国からの支援、ありがたく頂戴いたしたく存じます」


 柔らかな声音で立ち上がり、ウサギな国王様は高台から降りて、幼女に頭を下げた。


 途端、周囲が騒然とする。


「陛下が頭をさげるなどっ!」


「人間ごとき下等種族に? お止めくださいっ」


「陛下の御前にありながら膝を着きもしない。これだから、無知な雛者は」


「支援など口実に決まっているっ、飢饉につけこんだ侵略だっ、内政干渉だっ!」


 ぎゃあぎゃあ喚く周囲をギンッと睨み付け、国王陛下は高い声で一喝した。


「黙りなさいっ、国交もない我が国に支援して下さろうと言うのに、悪し様に罵るなど恥を知りなさいっ!」


 ギラリと輝く双眸には燃えるような紅い瞳。草食であれど一国の王。


 聞けば獣人は原種に近いほど高貴な血族なのだそうだ。庶民や平民ほど人間が混じり人型に近くなる。


 国王陛下や穴熊な老人。ここらは確かに原種の姿形そのものだった。人間大だが。


 人柄も良さそうだ。千早はウサギな王様に不思議な親近感を抱く。


 御互いに見交わした視線が不可思議に揺れた。


 そこへ空気を読まない声がかかる。


「御戯れも大概になさいませ、陛下。そのような下等民族など関わらないに限ります。見た所大した物資も無い様子。馬車もなく、アイテムボックスだとしたら、小さな倉庫一つ分が精々。恩に着せるにしても細やかすぎましょう。貧乏国が」


 こいつか。


 うん。手加減はいらんな。


 宰相を叱り窘める王様に手をかざして、千早は王と穴熊な老人を範囲内に入れて結界を張る。


 どよめく謁見の間で、宰相だけがニタリとほくそ笑んだ。


「正体を現したなっ、陛下をお助けしろっ!」


 宰相の声で我に返った衛兵達が一斉に結界へ襲いかかる。が、予想に反して大半の兵士は結界を素通りした。

 通り抜けた結界を振り返り驚く兵士と、結界を通れず必死に暴れる兵士。

 クスクス笑いながら、幼女は笑みを深め、すうっと結界を指差した。


「神々の御加護を賜る者は通れる。持たぬ者は通れない神域結界だ。ちなみに邪神の加護も弾くよ」


 優美な笑みに周囲は言葉を失う。しかし、次には上を見上げて絶叫した。

 ダンスパーティーすら開けそうな広い謁見の間上空には、びっしりと木箱や梱包された荷が浮いていたのだ。


 ざっと見ても馬車数百台分。


「些少な物資でごめんなさいねぇ。受け取るが良いよ、王都に置いていく予定だった物資だ」


 阿鼻叫喚で逃げ出そうとする人々を後目に、幼女は浮かせていた荷を一気に謁見の間へ落とした。

 大音響をたてて、物資は雪崩れの如く人々を呑み込み下敷きにする。死にはしないだろうが、怪我は必須。

 周囲は悲鳴や呻き声で溢れていたが、結界内は静かな物だった。

 突然の事に反応が遅れまくり、呆然とするウサギな王様に、千早は鋭く眼をすがめ、初めて膝を着く。


「妹様??」


 神の神属に膝を着かせるなど有り得ない。慌てるガイアスが駆け寄るより先に、幼女は顔をあげ、真摯な眼差しで王様を睨めつけた。


「御話しがあります」


 呆然とするしかないウサギな王様は、傍で支える穴熊な侍従長が頷くのを見て、同じように頷いた。




 千早一行からこれ迄の経緯を聞き、結果、内政が働いていない事を知った国王は、持ち上げていたカップをソーサに戻した。微かに戦慄くもふもふな毛並み。


「我が国の国庫が横領されていると申されますか?」


「事実、国庫を解放したにも関わらず、辺境には麦一粒も届いておりません。そうだな? ガイアス」


 辺境伯爵を呼び捨てにする幼女。国王は信じられない眼差しで彼女を凝視する。


「間違いございません。我が領地に王都からの支援はなく、こちらからの要請には、余剰な備蓄はないとの返事のみ受け取っております」


 恭しく幼女にかしづく辺境伯。


 唖然とする国王に、穴熊な侍従長が書類の束を抱えて戻ってきた。


「これが国庫を解放した際の書類でごさいます。漏れはないかと存じます」


 大量の書類をテーブルに広げ、幼女は凄まじい勢いで眼を通していく。そして剣呑に眼をすがめ、書類の束を指で弾いた。


「中抜きも甚だしい。一部通る度に二割の数字を誤魔化している。最終的に教会へ寄進されたのは全体の一割にも満たない。これでは王都ぐらいしか支援出来なかっただろう」


 千早は、ばさりと書類をテーブルに投げ捨て、それをガイアスが取り上げ確認する。


「確かに。桁が大きいので分かりずらいですが、計算式中、二割ほど減ってますね」


 ガイアスはスキルに演算を持っている。数字には強い。

 軽く頭を抑え、ウサギな王様は力なく呟いた。


「その横領には宰相が関わっていると?」


「関わってるってか、首謀者だな。あの広間にいた貴族連中の七割は共犯だったよ」


 表情もなく眼を限界まで見開く国王様。


 紅い瞳の回りの白目が充血してて怖いなり。まあ、気持ちは分かるが。


「ごめんなぁ。あたし鑑定と解析持ちなんだわ」


 苦笑いしつつ、幼女は件の菓子をインベントリから出した。そして改めて解析し、その文面をコピペしてテーブルに置く。


 それには宰相が劇薬に近い昏倒薬を作り、料理人に渡し、料理人は劇薬と知っていながら菓子にした課程が記されていた。

 宰相は今まで何度もこの菓子を使い、邪魔者を葬ってきたらしい。

 菓子の犠牲者の名前も記されており、心当たりがあるのだろう、ウサギな王様の指が震えるを通り越して、ガクガクと揺れている。


「試食させた兵士は大丈夫。あたしが薬を抜いたから。でも、この薬は解毒しない場合、相手を死に至らしめる。永眠薬だ」


 千早は地球のダンジョンで、至高の間の森に生えていた紫の植物を思い出していた。


 永眠草。


 あれが、この薬の主原料である。


「なんと言う事だ.....民に申し訳がたたぬ」


 がっくりと項垂れる国王を一瞥し、幼女は溜め息をついた。


「嘆いてる暇あるん?」


 呆れるような幼女の言葉に顔を上げ、ウサギな王様は暫し思案気に眼を伏せた後、音を立てて立ち上がる。


「無いな」


 およ? 立ち直り早いな、おい。これはイケるか?


 ふんすっと胸を張り、ウサギな国王様は忙しく動き出した。


「爺っ、信用のおける者を集めよ。城の宝物を全て売り払っても構わん、民に糧を与えるのだっ!」


 おおおおっ、こいつは当たりかっ!!


 千早はガバッと立ち上がり、キラキラと眼を輝かせる。


「よっしゃ、王様、手を貸そう。広間に戻るよ♪」


 ニッカリと笑う幼子に眼をパチクリさせて、王様は言われるまま広間へと戻っていった。


 広間は大惨事。比較的軽傷な者や兵士達が、大量の荷の下敷きになった重傷者を救助している。

 そんな中に舞い戻った千早は、パンっと両手を合わせて床に手を着く。

 すると大広間を埋め尽くしていた荷物が一斉に消え失せた。惨事の元凶が戻って来ている事に気付いた人々は背筋を凍らせる。

 怖れ後退る人々を一瞥し、千早は大広間全体を囲うように結界を張る。そして静かに結界を縮めていった。

 幾人かは迫り来る結界をするりと抜け、大半は結界に引き摺られるように中央へと集まる。

 最終的に御加護のない者全てが結界の中に閉じ込められた。


「こいつらが宰相の共犯者達だ。当然、爵位は剥奪。財産は没収よな? それを人々の救済に充てたら良いなり」


 ニンマリほくそ笑む幼子の言葉が周囲には理解出来ない。彼らは神域結界を抜けた。つまり御加護があり、過ちは犯していないのだ。

 だから、幼女の発言の意味が分からない。

 しかし、ウサギな王様らには理解出来た。そして愕然とした。

 なんたる妙案。仕出かした罪の償いを兼ねて、奴等から取り返せば良いのだ。先祖伝来の財産も含めて。


 ウサギな王様は、キッと鋭く眼を光らせ、結界に閉じ込められた罪人を見据える。

 それを見て、千早は結界を囲いから檻型に変えた。

 途端、中の人々のざわめきが外部に聞こえ始める。


「そなたらは、この未曾有の大飢饉において、国庫を横領し、民らを害した。国に与えた損害は計り知れない。民にも申し開き出来ぬ有り様だ。ゆえに全員爵位を剥奪。財産は領地共々没収。当主及び三親等にあたる親族は斬首とする。覚悟せよ」


 眼をギラつかせ憤怒をかくさない王様に、人々は絶句する。優しく穏やかな王様しか彼等は知らなかった。そんな王様を激怒させるような事を宰相らは仕出かしたのだろう。

 言葉の端々にある不穏な単語を拾い集めて、周囲は理解出来ないまでも、何となく納得した。


 だが、そこに暢気な声がかかる。


「ちょい待ち。連座は無しな。有用な人物居るかもしらんし、何より子供に罪はなかんべよ。犯罪への関与の有無を確認してから、刑の執行宜しく」


 一蓮托生は有り得ない。幼女は法治国家で育ったのだ。疑わしきは罰せずだが、こちらの世界には鑑定、解析がある。


 全てをつまびらかに出来るのだから、誤認もない。


 すちゃっと手を挙げて、宜しくっと宣う幼女を、王様ら一同は複雑な心境で見つめていた。

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