第42話 オカンは海外派遣隊 ~4~
「うはぁ、でかいっ」
直下立つ壁を見上げながら、幼女は感嘆の息をもらす。高さ十メートルはあろうかと言う壁は、遥か向こうまで続いていた。
さすが王都である。
正面の壁には大きな扉があり、入る者は馬車な者と徒歩な者で行列が分かれていた。
テチテチと徒歩の行列に並ぼうとした幼女をガイアスが止める。
「妹様を並ばせるなどもってのほか。しばし御待ちを。先触れを出してありますので、声をかければ応対してもらえるはずです」
微笑むガイアスに、千早は眼をパチクリさせた。いつの間にそんな事をしていたのか。
炊き出しで廻った村や街で、ガイアスは細かい指示を行政所に出していた。
行政官達は領主の帰還に大喜びし、愚息らが捕縛、断罪された事を安堵とともに哀しんだ。
致し方無いとは分かっているが、過ちを犯した彼等も同胞だった。
そんな行政官達を労い、ガイアスは大規模な食糧支援があった事、ナフュリアで共食いの事案が起きた事等を詳細に書き記し、王都に早馬を出す。
最後に一筆、女神様の神属がおわす事も記しておいた。万が一にも無礼があってはならない。
ガイアスは家宝の剱をかざしながら、入り口近くの衛兵に声をかける。すると、やはり話が通っていたらしく、直ぐ様応接室に案内された。
出されたお茶とお菓子。
幼女は微かに眼をすがめ、あからさまに鼻で笑い、呆れたように呟いた。
「どいつもこいつも考える事は一緒かよ。手をつけるな。薬が盛られてる」
思わず手を止めて固まるガイアス達。愚息の一人は鑑定持ちらしく、じっと菓子を見つめるが、軽く首を捻った。
「わかりません。私には表示されない」
「レベル差か。盛った者が高位の術者で、薬を作ったのも其奴なのだろう」
怪訝そうに菓子を睨みつつガイアスは吐き捨てるように呟いた。
そう、この世界のスキルや魔法は万能ではない。
作り手や行使者のレベルが反映し、レベル差がモノをいう。練度も重要だ。
同じ鑑定でも、解析にまで熟練した幼女と愚息では天と地ほどにも差があった。
以前、敦が千早作の短剣をキチンと鑑定出来なかったのも、レベル差のせいである。
ガイアスの眼が、みるみる獰猛に見開かれ、歪む口角から牙が顔を覗かせる。
「妹様に薬を盛るなど.....っ!」
憤るガイアスの目の前で、幼女はひょいっと菓子を摘まみ口の中に放り込んだ。
いきなりの行動に絶句する周囲を余所に、まぐまぐと口を動かし、むーんと眉を潜める。
「不味くはないが、雑な作りなりね。まぁ、飢饉で食材も足りないだろうし、仕方ないか」
「.....大丈夫なんですか?」
恐る恐る声をかけるガイアスに、幼女は、にししと笑う。
「五柱の大神から加護をいただいているあたしに、こんな可愛い薬が効く訳ないなりよ」
そう言うと千早はインベントリからパウンドケーキと大皿を取り出し、魔法で切り分けて皆に差し出した。
日本クオリティなパウンドケーキ。口にした途端、彼等は顔を見合せ、次には無言で咀嚼する。特別に愚息らにも振る舞うと、二人は泣きながら極上のケーキを食べた。
これもデフォだな。
幼女は生温い眼差しで、ガツガツ食べる一行をながめた。
こちらは食に関して無頓着らしい。まぁ発展途上だし、贅沢は一部の者しか出来ないだろう。
料理を研究しようと思えば、潤沢な食材が必要だ。そんな余裕はないだろうし、食べるに困る者すらいるのに、研究なんぞ思いつきもしないに違いない。
だが、美味い物は美味い。そして美味い物は人々を幸せにする。
食糧事情の改善を急がねばな。
初志貫徹を脳裏で誓う千早だった。
しばらくしてノックと共に、初老の男性が応接室を訪れる。後ろには三人の衛兵が付き従っていた。
穴熊? かな?
幼女と変わらない背丈ではあるが、もふもふな眉毛と髭を携えた、如何にも獣人といった感じの男性。
軽く挨拶して、彼は幼女達の正面に座った。
そして幼女らが、お茶やお菓子に殆ど手を着けてないのを見て、やや不機嫌そうに眉を上げる。
「人間には、こちらの物は口に合いませなんだか?」
少し非難を含んだような声音に、幼女はキョトンと眼をしぱたたかせた。
この人は知らないのか?
千早は菓子の皿を持つと、同行してきた衛兵に差し出して食べるよう勧めてみる。
三人いた衛兵の内、二人は眼を輝かせて宜しいのですか? と、菓子に手を伸ばした。
残り一人は少し後退り、辞退する。
一つ二つと、笑顔で菓子を口に運んだ衛兵達は、しばらくしてガクンっと崩折れ、その場に倒れた。
驚く穴熊な老人に、幼女は軽く眼をすがめる。
「手を着けなかった理由なり。お分かりか?」
「薬が....? 一体、誰がっ?!」
「そこの人が知ってるんじゃないかなぁ。ねぇ?」
菓子を辞退した衛兵に、幼女はニタリと人の悪い笑みを浮かべた。
一瞬、兵士の瞳が揺れたが、直ぐに姿勢を正して、何の事やら? と、薄い笑みをはく。
「あ~、そう来るか。なんであたしが盛られた薬を見破ったかも分からんなら仕方無し」
幼女の言葉の意味を理解して、兵士はあからさまに動揺した。
幼女は言外に、自分は薬を盛った術者より遥かに高位の術者なのだと示しているのだ。
つまり全てはバレている。
目の前の兵士は冷や汗を垂らしながら、眼を泳がせ、些か挙動不審になった。
「じ...自作自演なのでは? 我々を陥れんと」
「何のためにぃ? それで、あたしらに何の得がある訳ぇ?」
見苦しく足掻く衛兵に、幼女は楽しそうに近づいた。そして上目遣いに衛兵を睨めつけ、辛辣な眼差しを向ける。
「あんた馬鹿ぁ? この薬盛った奴よりも高位ってのが、どんな意味か分かんない訳ぇ?」
人を小バカにするような舌っ足らずな声音で、千早は衛兵に手を差し出した。
そこに溜まる魔力。練られ研ぎ澄まされ、しだいに大きくなっていく魔力に、衛兵は度胆を抜かれて、その場にへたり込んだ。
それを確認して、千早は魔力を霧散させる。
「やれやれ。これがこの国の遣り口で総意か。支援に来た国に薬を盛り、それが失敗すれば、濡れ衣を着せて? 物資を奪い取るつもりだったのか? 借りを作りたくなかった? それとも、ただ単に大馬鹿なのか?」
頭を掻きながら、幼女は何とも複雑そうな顔をした。どうするか。
「まいったね、ガイアス。これじゃ大事な物資を預ける事は出来ない。民に渡る前に中抜きされるのが眼に見えてる。ここの国王は信用に足る人物ではない」
千早は踵を返すと応接室の扉に向かった。
「無駄足だったわ。行こう。今まで通り、村や街を廻ろう。時間が勿体ない」
立ち上がった一行を呆然と眺めつつ、穴熊な老人は、はっと我に返る。
「不心得者がいた事は謝罪いたしますっ、しかし、これが我が国の総意ではありませんっ、国王陛下はそんな御方ではございませんっ!!」
真摯な眼差しで叫ぶ老人に、ガイアスも同調した。
「私もその様に思います。一部の不心得者の暴走ではないかと」
「そーなん? だとしたら、根は深いよ。菓子に薬盛ったのは、この国の宰相やで?」
あっけらかんと放たれた幼女の言葉は、盛大な爆弾発言だった。
その言葉は内政が腐っているのだと暗に示している。
空いた口が塞がらない周囲を見渡して、千早は首を傾げた。
「良くある事やん。宮中も教会も、特権階級は腐りやすいんや。今さら何を驚いてるん?」
さも何でもなさそうな風の幼女。
良くある事なのか? 彼女の世界では?
千早を来訪者だと知るガイアスとリカルドは、高い教養と優れた文化を持つ楽園のように感じていた幼女の世界が、いきなり魑魅魍魎の蔓延る修羅の国に思えてきた。
間違いではない。しかし正確には、それらを乗り越えて法治国家な世界を作り上げたのだ。
「まあ、中枢が腐ってても民は生きねばならん。好きに私腹を肥やし、好きに生きてくれ。あたしは取り敢えず、この国の民が冬を越せるように支援にするだけだ。あとは個人の判断さな。冬を越したら民らは考えるだろう」
何を?
訝しげに幼女を見つめる周囲に苦笑し、千早は更に捕捉説明する。
「貧困に喘いで国と命運を共にするか、反抗して国から離反し独立するか、国を見限り他の土地に移住するか、....最悪、腐った中枢をぶち壊して新たな時代を始めるか」
シンっと静まり返った応接室の温度が急激に下がる。幼女の示した未来の選択肢は、どれもが国の命運を脅かす物だった。
それをサラリと世間話のように語る幼子。
軽く肩を竦めて、千早は更なる爆弾を落とす。
「まあ、その前に疫病で自滅するかもね。ここの国の人達、半数以上が神々の御加護や祝福を失ってたよ。大飢饉で大半が過ちを犯したんだろうね。御加護なくば病に抵抗出来ないから、流行り病が起きたら、さくっと全滅するよ」
新たな事実と、待ったなしな事案の提唱。
悪魔か、この幼女はっ!!
穴熊な老人は、あまりの事態に声もなく見開いていた瞳を戦慄かせた。
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