第41話 オカンは海外派遣隊 ~3~

見張りらしい男達は焚き火を囲み、略奪した物資を飲み食いする。そんな連中の前に突然幼女が現れた。


 赤い差し色の利いた上等な蒼いローブを着て、目深にフードをかぶり、音もなく滑るように歩くその姿。


 略奪者達は、眼を瞬かせて驚嘆に眉を上げる。


 こんな所に子供? 


 しかし、次には下卑た笑みを浮かべ、我先にと幼女の周囲を囲う。


「お嬢ちゃん、こんなとこで何してるんだ? 迷子か? それとも口減らしに捨てられたか?」


 ニヤニヤと人の悪い笑みで幼女を見下ろし、値踏みをしていた男達が、いきなり崩折れた。


「へあっ??」


 べしゃっと倒れ付した男達は、何が起きたのかわからない。そして立ち上がろうと膝を動かした時。


 ようやく異変に気づいた。


 幼女を囲う男達の足は膝上からスッパリと切り落とされていたのだ。

 痛みも何もなく、鋭利な切り口は凍らされて血の一滴も零れていない。


「ーーーーーーーーーーーーっ!!」


 絶叫をあげる男達の口からは声が出なかった。

 いつの間にやら声帯も凍らされている。戦慄く瞳を驚愕に大きく揺らし、男らの視線は幼女に釘付けだった。濁りなき白銀色の優美な眼差し。

 幼女は柔らかな微笑みで略奪者達を見据えて、さらに笑みを深める。


「弱者達は美味かったか? おまえらが食べ散らかした被害者達の苦痛は、こんなものではなかったろうな」


 そしてスイっと大きく燃える焚き火に視線を移し、恍惚とした顔で呟いた。


「人に仇なす害獣駆除だ。少し待っててな。すぐにお仲間も片付けるから」


 見張りをしていた自分達以外は馬車で寝ている。危険を報せるために必死に声をあげようとしていた男の頭をガイアスが踏みつけた。


「.....もう、遅い」


 ギラリと輝く狼の瞳孔。それが自領の領主であると気づいた男は、すがるようにガイアスの足へしがみついた。

 言葉も発せぬ状態で、眼に涙すら滲ませ、全身で助けを乞うその姿に吐き気がする。


「そのように被害者らも助けてくれと懇願したであろうな。貴様らは助けたのか?」


 獰猛に口角を捲り上げ、ガイアスは唸る。

 途端、男の眼が見開いた。絶望を宿したその瞳に、ガイアスは幾らかの溜飲が下がるのを感じた。


 しばしの時間をおいて馬車は悉く全壊し、その瓦礫周辺には、見張り達同様に足を落とされた連中が声もなく蠢いている。

 涙眼で地面をはいずる男達に何の感情もない一瞥を投げ、千早は檻で身体を寄せ合い震えながら眠る子供達を優しく眺めた。

 残飯ばかりとはいえ、幾らかの食を得て、子供らの状態は悪くない。


 千早は檻の入り口を壊し、その音で目覚めた子供らに、穏やかな声で話掛けた。


「助けに来たよ。さあ、帰ろう」


 一瞬で眼が覚めた子供らは、嗚咽を上げて、わらわらと荷車から降りてくる。

 よっぽど我慢していたのだろう。どの子も涙と嗚咽が止まらず、中には叫ぶように泣き出す子供もいた。

 件のスポーツドリンクとミルクスープを与え、落ち着いた子供らから順に村に送り届ける。

 村の名前を聞き、地図と照らし合わせ、千早が二人ずつ連れて転移し、然したる時間もかからずに送り終わった。


「さてと。後始末しないとな」 


 幼女の瞳が再び白銀色に染まる。


 そして五体満足な若者二人を中央に引きずり出した。両手両足が凍結しているが、まだ落とされてはいない。


「デビアス....アスガル」


 苦渋に満ちたガイアスの声。絞り出されたような呟きに、件の二人が反応した。


「父上っ、何故?!」


 驚きに見開かれた瞳には、驚嘆とは別な浅ましい懇願も混じっている。

 ガイアスは大きく舌打ちし、己の愚息らを見下ろした。


「何故? それは何故生きているという意味か? それとも、何故ここにという意味か? 私が私の領地にいるのが、それほど不思議か?」


 父親の辛辣な言葉に、二人の眼が大きく揺れた。流石に二の句が継げないらしく、幾度か口を開きつつも言葉が紡がれる事はなかった。


 そんな二人を見つめて、ガイアスはアイテムボックスから一振りの剱を取り出した。

 ナフュリア辺境伯爵家に代々伝わる一品で、これを所持する者が領主となる。ゆえに逃亡するさいにも、これだけは持ち出していた。

 それをスラリと引き抜き、ガイアスは愚息らを睨め下ろす。


「最後を看取ってやるのが親としての慈悲だ。おまえらの仕出かした大罪の責任は私がとる」


 ガタガタと震える二人の息子に、えもいわれぬ愛しさが湧くが、妹様の御手を罪人の血で汚す訳にはいかない。


 ガイアスは鋭く眼をすがめ、家宝の剱を振りかぶった。家宝の露とするのが、せめてもの情けである。


 すると、そこに暢気な幼女の声がかかった。


「ちょいとガイアス。勝手はしないでね。殺すなんて勿体無い」


 掛けられた言葉が信じられない。ガイアスは驚愕に眼を限界まで見開き、どかどかと幼女に詰め寄った。


「いけません、妹様っ! こやつらは赦しがたい罪を犯したのですっ、慈悲は要らぬと申し上げたはずっ!!」


 ガイアスの真剣な眼差しに、千早はキョトンと首を傾げた。


「当たり前じゃん。だから、なんで死なんて救いを与えるのさ。こいつらには地べたを這いずって地獄を味わってもらわないと、犠牲者らが浮かばれないっしょ?」


 ふんすっと胸を張った後、幼女はまるで踊るかのように指先を振るい幾筋もの風を操る。そしてそれらの風は鞭のようにしなり、略奪者達の肘上から全ての腕を切り落とした。

 冷気を纏った風に落とされた切り口は瞬間凍結。あっという間に周囲には、達磨のような芋虫人間が量産された。


 絵にも描けない地獄絵図。陽炎のような怒気をみなぎらせ、幼女は軽く傾いだ首を後ろに向け、ニタリとほくそ笑んだ。


 そして馬車に積まれていた物資をインベントリに仕舞い、馬車の残骸に炎を放つ。

 両手両足をもがれ、声もなく悲鳴を上げながら足掻き逃げようと這いずる略奪者達。

 それを、さも嬉しそうに見つめ、幼女は恍惚とした極上の微笑みを浮かべる。


「このまま餓死も良いけど、面白味に欠けるから。あんた達の手足はおいてってあげる。自分の肉でも食べて生き延びなさいな。運があれば誰かが発見してくれるかもよ?」


 クスクスと妖艶に嗤う死神に、略奪者達は震え上がり、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた。


 存分に飢えと渇きを味わうが良い。雨露もしのげず、野晒しで。


 村人達が生き延びていたように、こちらは対岸より温暖だ。冬の寒さと言っても凍りつくような土地ではない。

 村人と違って防寒装備をした奴等が凍死などは出来ないだろう。

 飢えと渇きに耐えかねて己の手足を食べ、それが無くなれば、さらに共食いが始まる。芋虫状態で襲えるのは同じ状態の仲間しかいない。

 渇きに生き血をすすり、飢えに仲間の肉を食む。


 そして最終的には死に至るだろう。


 奴等を死なせないための凍結は溶ける事なく、いずれ凍傷を呼ぶ。

 身体が腐り落ちるのが先か、渇きや飢えに果てるのが先か。

 どちらにしろ、奴等には今以上の悶絶と地獄が待ち受けているのだ。


 そう説明を受け、ガイアスとリカルドは絶句した。


 死が救いになる凄絶さ。思わず喉が鳴るほどの固唾を呑み、二人は地面に蠢く略奪者達を哀れな眼差しで見つめた。

 奴等の犯した罪を知りつつも同情を禁じ得ない。

 哀れな末路は自業自得。しかしあまりにも容赦がない。ここまでするとは思いもしなかった。

 そして未だ五体満足な愚息らを眺め、ガイアスが戦慄く唇で呟いた。


「この二人も同罪。如何なさいますか?」


 極限まで感情を抑えた理性的な声。しかし、微かな震えは抑えられず、虚勢を張るガイアスの姿に幼女は苦笑した。


「どうするかね。こいつらは、結果論だが一つだけ善行をしてるんだ」


 ガイアスの見開いた瞳が大きく揺れた。


「結果論だが、こいつらは餓えた子供らに食を与えたんだよ。思惑はどうあれな」


 領境の村々に聞いてみれば、共食いに走ったのはナフュリアのバカ息子どもに唆された奴等を中心にした一部らしい。他の領地でも裏ではやっているかもしれないが、表立ってはされていない。


 ならば、この国の司法は生きているはず。


「ここの王様に任せるべ。仮にも領主一族だしな。支援物資も渡さねばならんし、一度王都に行こう」


 にししと笑う幼女は、何時もの雰囲気に戻っていた。先ほどまでの残忍さは欠片もない。


 ガイアスは長い溜め息と共に淀んだ肺の中の空気を全部吐き出し、その場にへたり込んだ。

 流石に我が子の末路が哀れ過ぎて、緊張に張り詰めていた神経が一気にたわんだのだ。


 そんなガイアスに好感を乗せた視線を投げかけ、千早は件の愚息二人を極寒の眼差しで捕らえる。

 途端に二人はビクッと飛び上がり、ガタガタと震えだした。


「おまえら赦されたと思うなや? ここの王様の判断によっては、そこの奴等と同じ道辿らしたるからな?」


 取り敢えず市中引き回して晒し者にしたる。王様から沙汰が下るまで飯抜きじゃ。


 そう断言して、千早は王都までの道中、二人には自分達は罪人ですと書かれたプレートを首から下げさせ、立ち寄る街や村で炊き出ししつつも、一匙のスープすら与えなかった。


 子の罪は親の責任と、ガイアスも一匙のスープすら口にしない。


 自分達のために同罪をかぶるガイアスのおかげか、愚息達は何も言わずに黙って絶食に耐え、晒し者で道中を歩き続けた。




 そんなこんなで十日も歩いた頃。ようやく遠目に王都が見え始める。


「あれが王城かぁ。でかいな」


 好奇心丸出しで叫ぶ幼女を微笑ましく見つめ、一行は少し歩みを早めた。

 まだまだ遠目な王都まで後一日ほど歩かねばならない。しかし、初の異世界観光が飢餓に苦しむ人々への食糧支援という殺伐としたものだったため、ある意味、これが千早にとって初めての異世界観光であった。


 ワクテカで小走りになる幼女を追い掛けつつ、一行は一路王都へと向かう。


 ここからは千早の情けで罪人プレートから解放された愚息達だった。

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