第40話 オカンは海外派遣隊 ~2~
「さてと。ここはガイアスの息子らに襲撃されたって事だが。大飢饉の理由は何なんだ? 詳しい事は聞いてないんだ」
炊き出しが終わったあと、千早は村の比較的元気な者らを集めて、この事態の説明を求めた。
「始まりはスタンピードです」
ガイアスは全てを話した。
まさか同胞らに糧として追われたとは言えず、大飢饉で放逐されたと誤魔化していた事を謝罪し、改めて初めからの経緯を語りだした。
事が起きたのは、ここナフュリア南方に位置する穀倉地帯。その西南にはダンジョンがあり、大きな街と共に賑わっていた。
最初は微かな異変。ダンジョンの中に昆虫系のモンスターが増えていると言う報告から。
それはしだいに数を増し、スタンピードを引き起こしたのである。
昆虫のモンスターは小さいうえ、経験値も素材にも乏しく割りの悪い獲物だ。
多くの探索者は稼ぎにならない昆虫系のモンスターをスルーしていた。
小さくともモンスター。そしてスタンピードの条件は数である。
上層にひしめくほど増殖していても、その大きさから、正確な数の把握が遅れ、さらに溢れても、街角に隠れこんでしまい、スタンピード序盤の発見すらも遅れてしまった。
時は秋。たわわに実る穀倉地帯に、昆虫系のスタンピードが起きた。多くのモンスターが畑で発見された時には既に遅く、数を増したモンスター達は一斉に牙を剥く。
収穫前の畑が戦場だ。迎撃に向かった探索者や騎士団も畑を焼く訳にいかず、手間取り後手に回り続け、事態は最悪を迎えた。
小さな昆虫系モンスターは、国中に飛び散ってしまったのだ。
ダンジョン産のモンスターである。地上の魔獣よりも遥かに強い。戦闘職ならば一刀にできても、一般人には凶悪なモンスターだった。
人々も犠牲となり、被害は甚大。
気づけば秋の実りの大半を失い、事が終着したのは冬の気配が色濃くなった頃であった。
「....昆虫系モンスターは畑だけでなく、野山も丸坊主にしてしまいました。奴等は寒さに弱い。今は淘汰されましたが、被害は計り知れないものです」
嘆息して眼を綴じるガイアス。
周囲の人々は言葉もなく、ガイアスを見つめる。
地球でいう蝗の大繁殖みたいなものか。
幼女は得心顔で頷いた。
「まぁ、なるようにしかならんさな。ここらはまだ森とか無事だし、不幸中の幸いだった。良かったなり」
何でもない事のように、千早はニッコリ笑う。
良かった良かったという幼女に人々は絶句する。何が良かったものか。飢え死に寸前を救われた身ではあるが、幼女の態度は看過できない。
険悪な雰囲気が辺りを漂い、その不満は村人らの口をついた。
「何が良かったものかっ、こんな非常事態に、よく笑っていられるなっ!」
血気盛んな若者らはそれぞれ思うがままに、涙ながら叫んだ。今までどれだけ辛く苦しかったか。
生き地獄であった。
それを静かな面持ちで聞きながら、千早うんうんと頷き、さらに嬉しそうな笑顔で微笑む。
「でも生きてる。良かったよ、本当に。生きていれば何とでもなる。死んだら終わりだ。ここらはモンスターによる被害が少ない。時間が解決してくれる事も多い。不幸中の幸いだ。本当に良かった」
そこでようやく村人は幼女の言わんとする事を理解した。
飢え死にの恐怖。荒くれ者の暴力に、寒さの追い討ち。誰もが生きる事を諦めつつあった生き地獄に、それでも生に取りすがった。
痩せ衰え朦朧とする意識の中でも水をすすり、仲間と身を寄せ合い寒さに抗った。
死にたくなかった。
村人達の眼から、ハラハラと涙が零れる。
「....生きてる」
呆然と呟く村人達に、満面の笑みで幼女が頷いた。
「うん、本当に良かった♪」
うん。
人々は心から幼女に同意した。
「冬を越せるだけの食糧置いてきます。畑用の種子も。念のためポーションも置いてくんで、大事につかってね」
次々とインベントリから出される物資に眼を丸くし、村人らは膝を着いて一斉に幼女を拝んだ。
「うぇ??」
驚く千早を見上げ、チノ老人は真摯な眼差しで女神様と呟いた。
途端、金色の風が辺りを吹き抜け、小さなつむじ風からポンっとシメジが現れる。
《呼ばれたかしら?》
呼んでねぇっ!
千早の頭の上でニコニコ踊るシメジに、村人は眼を見開いた。
「女神様?」
《はい♪》
「女神様の御使いであらせられましたかっ!」
「違ぇっ!」
ざわめく村人の誤解に反論する幼女の背後から、さらなる刺客が現れた。
「御使いではありません。女神様の妹様です」
リカルド、てめぇっ!!
思わぬ追撃に二の句が継げない千早である。
ありがたやありがたやとシメジな女神様を拝む村人達。
まあ、あたしから注意が逸れたから良いか。
千早は大鍋を取り出し、新たにスープを作る。次の現地で作る手間を省くためだ。
手早く調理し、出来上がったスープをインベントリに収め、千早らは次の街へ駆け出した。
見送る村人達に軽く手を振り、身体強化を掛けた三人の姿はあっという間に見えなくなる。
頭に女神様を乗せた幼女。妹様だと同行していた探索者は言っていた。
復活した村を眺めて、村人達は心から千早に感謝する。そして旅の無事を祈った。
後日、村人の殆どが全精霊支援小を得て、大騒ぎとなり、妹様の御慈悲だろうとの結論に達する。
妹様の慈悲と奇跡は、長く村の言い伝えになるのだが、千早は知らない。
千早ら一行は領地の外郭に沿うように村々を廻った。いずこも惨憺たる有り様で略奪の被害が著しい。
己の子供らの所業に、ガイアスは砕けるかと思うほど歯を噛み締めた。
怖いよ、ギリギリと音がしてるよ。リアルで。
辺境から村々を一周した千早らは、いよいよ中心部に向かう。子供らを救い出さねばならない。
千早は過去視で見たのだ。聞いたのだ。彼等の会話を。こんなに窶れてては食いでがない。しばらく食わせて太らせようと下卑た笑いを浮かべる男どもを。
まるで家畜を見るような眼で子供らを見据えていた。
ならば、まだ生きているはず。
ナフュリアの領地は大きい。辺境あるあるだ。
略奪して廻った連中が中心部に戻るには時間がかかる。千早らは彼等の後を追うように村々を廻ってきた。
そして、とうとう奴等に追い付いた。
一昨日略奪の憂き目にあった村で話を聞き、リカルドを見張りに残して、他の村々に支援物資を配布し、ただいま森の中。
馬車十数台の大所帯で奴等は動いていた。少し離れた檻を積む荷台には多くの子供達。
今にも飛び出さんばかりの怒気で、全身を逆立たせるガイアスを宥め、千早は思案気に空を仰ぐ。
中心部に近づくほど人々は荒み、既に幾人もの犠牲者が出ている。食われたらしき切断された遺骨を何度も見掛けた。
辺境は略奪の被害などが深刻だったが、森や草原の被害が軽微だったため、まだマシだったのかもしれない。人としてを矜持は失なってなかった。
その分、略奪という人的災害に見舞われたので、踏んだり蹴ったりな訳であるが。
ここへ来るまでに見た景色は悲惨なものだった。
畑はいうに及ばず、森も林もスカスカで、僅かに残った枝葉も枯れて、風にカサカサ揺れていた。
落ち葉もなく地面が剥き出しで、海を挟みディアードの南方に位置するこの国は雪があまり降らない。
ゆえに剥き出しになった大地に乱立する枯れ木の荒涼な風景は、寂しく切ない幽鬼の群れに見えた。
千早はガイアスに描いてもらった地図を開いて、各村々を確認する。中には既に全滅した村もあり、食い荒らされた遺体が獣によるものでは無い事に、千早の怒りは増していった。
致し方ないとは思う。生き延びるために他者を犠牲にするのは自然の摂理だ。
しかしその自然と相対し、知恵で苦難を乗り越える霊長類にはあるまじき愚行であった。
獣ならば容赦はいらない。
「害獣駆除だ。始めるか」
ニタリと残忍に口角を歪め、幼女は身体に覇気をみなぎらせる。
彼女の周囲に立ちのぽる魔力は凄まじく、見る者全てを凍てつかせる驚異の威圧感に、ガイアスとリカルドは後退った。
幼女は激怒している。
今まで、良かった、よくやったと、笑顔で村々を励まし、笑っている姿しか見ていなかった二人は、ここにきて初めて彼女の怒りを理解した。
村を廻る度に深まる笑顔。あれは裏に隠された怒りが深淵の如く深まる現れだったのだ。
ふつふつと煮え滾る怒りが、今、深淵の底から噴き出そうとしている。
「ガイアス」
振り向きもせずに、千早はガイアスに声をかけた。
声音に含まれる静かな怒気はガイアスにも感じられ、知らず彼の背筋が伸びる。
「息子らに慈悲が欲しいか? 慈悲を賜る資格があると思うか?」
ゆらりと陽炎のような怒気を纏い、静かに幼女はガイアスを振り返る。
その瞳は白銀色に輝き、無感動な彼女の顔で陰惨に煌めいていた。
無表情な千早に見据えられ、一瞬の迷いもなくガイアスは首を横に振る。
「有り得ません。領主一族の末席たる者が、領主に逆らい、あまつさえ食するために領民を弑するなどあってはならぬ事。それが己の我欲によるものなれば、最早救いようもない」
正しく状況を理解しているガイアスに、リカルドは憐びんの眼差しを向けた。親としては救ってやりたくもあろうが、救えない事も知っている。
そんな二人の前で、千早は優美に微笑んだ。
何時もの元気で無邪気な笑みや、生意気で皮肉気な笑みでもなく、何とも表現し難い蠱惑的な笑み。
見る者の視線を捕らえ、絡めとるような魅惑的な笑みを浮かべる幼女に、二人は固唾を呑んだ。
「だよなぁ。奴等は獣だ。人に仇なす害獣は駆除しないとなぁ?」
恍惚とした笑顔に光る残忍な白銀色の瞳。
二人は無自覚なまま大きく頷いた。
有無を言わさぬ....いや、否を唱える気も起きない、幼女の言葉。
一種独特な感覚に襲われ、二人の眼中には幼女しか映らなかった。
彼女が全てであり、全ては彼女の物。
地球人なら知っている。これはトランス状態だ。
神々の領域に足を踏み入れつつある千早は、無自覚に神域を発動していた。神域において千早は神々と同等。肉体を持つ分、その存在感は計り知れない。
そしてこの世界の柱神全ての加護を持つ千早にとって、この世界の大地全てが神域である。
彼女を妨げる者は存在しない。
「行こうか」
にっこり踵を返した幼女に、剣呑な眼差しの二人が伴に歩きだす。
ガイアスの息子らの前途は、風前の灯であった。
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