第39話 オカンは海外派遣隊 ~1~


「なんと.....」


 ガイアスとリカルドを両手に連れて、千早は難民を拾った浅瀬まで転移した。

 初めての転移魔法にガイアスは感嘆を抱き、眼を瞬かせる。


 そして彼の脳裏には、吹きさらしで身を寄せあって結界を張る自分達の記憶が蘇った。

 誰も動けなくなり、ガイアスには吹き荒ぶ冬の海風から、結界で皆を守る事しか出来ない。

 容量は小さいが、ガイアスはアイテムボックスを使える。中にしまっておいた沢山の水袋が命綱。

 しかし、それも尽きようとしていた。対岸に渡ろうと言う決断は間違っていたのか。

 しだいに魔力も無くなり、結界を失ったガイアス達に、容赦ない海風が叩きつけられた。


 悔恨で歯噛みするガイアスの上空に、不可思議で暖かい風が渦をまく。


 何の気なしに枯れ果て落ち窪んだ虚ろな眼差しを向けて、ガイアスは己の眼を疑った。


 そこには精霊を従えた幼女が浮いていたのだ。


 驚愕の眼差しで我々を一瞥し、ふっと消える。幻覚だったのだろうか? 一瞬の幻?


 .....そこまで来たか。


 己を嘲るかのように口角を歪めたガイアスの前に、再び先ほどの幼女が現れた。


「しっかりしろっ! 生きてるか?!」


 駆け寄る幼女と大人二人。


 精悍な男性は動けない者達を調べている。その男性が誰かしらを抱き上げ、連れていった先の老人は司祭なのだろう。癒しの暖かい魔力がこちらにまで伝わってきた。

 男性は再び皆の様子を確認して、時々、老人に誰かを連れていく。


 ガイアスの瞳は大きく揺れた。彼は集団の中から瀕死の重傷者を探し、司祭へ預けているのだ。

 今にも尽きそうな命を繋げるために。


 そして気づいた。魔力が底をつき、失った筈の結界が復活している事に。


 結界の源には件の幼女。結界を張るだけではなく、結界内部の気温も操っているようだ。

 先ほどまでの刺すような寒さは無くなり、代わりに寝具に包まれたかのように穏やかな暖かさ。


 ....神か。我々は天国に迎えられたのか?


 終わったのか。無念だ。


 いきなりの展開を理解出来ず、ガイアスは朦朧とした意識のまま夢現を漂う。


 そこへけたたましい音をたてて馬車が駆け込んで来た。

 馬車から降りてきた男性が幼女と言葉を交わして炊き出しを始める。パチパチと燃える竈の炎が、やけにリアルに感じられた。


 炊き出し? 天国で?


 ガイアスは、ばっと顔を上げた。


 漂うスープの良い香り。長らく感じなかった食の気配。幻覚じゃない。

 炊き出しをしていた男性が、スープの入った暖かい器を差し出してきた。

 それを受け取り、ガイアスは男性とスープを交互に見つめ、大きく揺れる視界が歪むのを止められなかった。


 .....助かった。我々は助かったんだ。


 ポロポロと涙をこぼして、ガイアスは救われた歓喜で胸がはち切れそうだった。




 幼女との出逢いを思いだして、ガイアスは深く深呼吸をする。


「この先に小さな漁村があります。我々を一時期匿ってくれて、対岸に渡った後は分かりません」


 ガイアスの話では海岸沿いに歩いて半日ほどの距離らしい。その先にある岩場の洞窟が難民の隠れ家だったとか。


「取り敢えず、そこを目指そうか」


 幼女の言葉にリカルドが苦笑する。


「馬も馬車もなしで徒歩とか。無茶苦茶だな」


「阿呆か。そんなん使ったら速攻襲われるし、足手まといだ。身一つが一番安心なり」


 リカルドは言われて得心する。飢饉で同胞を食らおうかと言う凄惨な有り様の国だ。旅人を襲うのに躊躇いはあるまい。

 三人は自身に強化魔法をかけて、小走りに海岸沿いを駆け抜けていった。


 夕陽が海に傾く頃。身軽なうえ身体強化をかけている三人は、二時間ほどで件の漁村にたどり着いた。


 灯りはなく、建物の影がボンヤリと確認出来る。


「私が先に行って様子を見てきます」


 そう言うとガイアスは静かな村にむかった。


 しばらくして戻ってきたガイアスは、一人の老人を連れていた。漁村の長でチノと名乗る。


「お話は聞きました。」


 枯れ果てて落ち窪んだ眼に枝のような手足。やはり辺境ほど被害が大きいらしい。

 話ながら咳き込むチノ老人に、千早がインベントリからスポーツドリンクを出してカップにそそぐ。

 不思議そうに見つめていたチノ老人に、幼女はグッと差し出した。


「取り敢えず飲んで」


「ありがとうございます」


 受け取りつつもチノ老人は恐る恐る匂いを嗅ぐ。知らない匂いだが、甘そうな良い匂いだ。

 ゴクリと喉を鳴らして、チノ老人はそっと中身を啜った。口に含んだ瞬間、見開く瞳。

 次にはゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干す。


「おおお....」


 飲んだ途端にチノ老人の全身に何かが染み渡る。枯れた身体の隅々まで行き渡り、頭の血管を何かが巡る感覚に、チノ老人は思わず呻いた。


「チノ??」


 慌てるガイアスに、千早は軽く手を振り、同じ飲み物を勧める。


「スポーツドリンクには体に必要な栄養素が詰まってる。渇いた身体が急激に栄養素を吸収して体内に違和感が生じてるんだ。心配はないなり」


 同じ飲み物を口にしながら、幼女は説明した。


 栄養素? 知らない言葉にガイアスは首を捻るが、言われるままスポーツドリンクを飲んだ。

 そして軽く眼を見開き、まじまじとカップを見つめる。

 口当たりが優しく、酸味と甘さも程よく、いくらでも飲めそうだ。

 果実水のようでもあるが、それより濃厚でさらりとしている。不思議な飲み物だった。


 たった一杯の飲み物で、チノ老人の意識がシャンとした。先ほどまでの力ない枯れ枝の雰囲気は一掃されている。


「驚きました。....意識がハッキリします。身体の関節が滑らかに動く。あれは神薬ですか?」


 至極真面目な顔で問い掛けるチノ老人。


 すいません、リッター五十円の超平凡飲料っす。


 何と答えたら良いものか。千早は曖昧に笑って誤魔化した。


 難民を匿っていたという洞窟まで移動し、結界を張って火を起こすと、それに鍋をかけながら幼女らは、チノ老人から村の話を聞く。


 千早らが難民らを救出してから既に十日以上たっていた。その間に当然事態は悪化している。


「御子息様達が率いる荒くれ者が村を荒らし、隠れ損なった子供らを拐って行きました。...七つにならぬ子らは肉だと。.....抵抗する術もなく。お助け下さい、領主様っ」


 この村は、子供狩りを警戒しており、大半の子供らは隠され守れたが、たまたま外にいた子供らが奪われたらしい。


 飢えはそこまで人間を変えるのだ。


「取り敢えず飯だっ、腹ペコじゃ録な考えが浮かばないなり。村に行こう」


 足取りがしっかりしたチノ老人の案内で、千早ら一行はノースと呼ばれる村へ向かう。




 村の入り口で、既にリカルドやガイアスは絶句状態。あまりの惨状に言葉も出ない。

 家々は半壊しており、人々が寄り添うように固まって家の壁に張り付いている。

 もはや幾日食べていないのか。枯れ枝のような体に襤褸を纏い、靴が合わなくなったのだろう。皆素足だった。

 食糧はもちろん毛布や燃料に至るまで根こそぎ奪われ、この村は死を待つばかりになっていた。


 ふざけんなよ?


 千早は頭が沸騰する。


 領主に列なる者が守るべき民から略奪だと?! 頭湧いてんのかっ?!


「ファーマーの前で餓死なんてさせるかよっ、炊き出しだっ、ガイアスとリカルドは家の中から食器を集めて、さっきのドリンクを皆に配ってくれっ!」


 そう言うと、千早はインベントリから大量のペットボトルを取り出した。

 中身は某メーカーのスポーツドリンク。飲む点滴として有名な奴である。


 取り敢えず水分とビタミンだ。


 さらに千早は村を丸ごと包む結界を張り、内部の温度を上げた。

 支援物資から綿毛布と着替えを人数分。それらの配布をリカルド達に任せ、半壊した家々を睨みつける。


 パンっと両手を合わせて、千早は大地に手を着いた。思い出せ、元の姿を。


 無惨に破壊される前の姿を。おまえ達の正しい姿を。私の魔力をくれてやる。好きなだけ持っていけ。


 幼女の周囲に虹色を帯びた紫色の靄が、波打つ波紋となり拡がっていく。濁りなき白銀の瞳の前で、周囲の壊れた家々がピシパシと音をたてて復元していった。


 壊れ砕かれた板が集まり、継ぎ目もなく元の状態へと復元する様を、村人達は驚愕の面持ちで見つめている。微かに発光しながら、寄り集まる残骸達。


 声もなく凝視している人々の前で、全ては完全に元の形に戻っていた。


過去視ポスト復活リザレクションか....初めて見た」


 呆然と呟くガイアスに人々の視線が集まる。


 過去視は文字通り過去を読み取る力。復活は原型を無くした物を再生する力。

 再生も過去視も持つ者は極々稀であり、世界中で片手ほども居るかどうか。それを両方を所持しているなど奇跡に近い。

 この御技は、その両方を所持しておらねば出来ない事だと、ガイアスは村人に説明した。


「さすが妹様。人智の及ばぬ力をお持ちだ」


 満足気な顔で頷くリカルドを、ガイアスは複雑な顔で見る。彼とて知っていた。白銀の瞳が何を示しているのかを。

 濁りなき白銀は創造神様の神族の証。あの街には白銀の司祭もおられた。


 すっかり元の状態に戻った家々を見て、村人達は歓喜に震える。諦めていた生への渇望も甦った。


 まだ生きて行ける。


 抱き合って喜ぶ村人らの前に、千早は幾つもの大鍋をだした。インベントリにしまってあった作りたての難民用ミルクスープ。

 すちゃっと両手にお玉を取り出し、幼女はにかっと笑って指招きする。


「取り敢えず飯にするべ。さあ、器もってきな♪」 


 村人らは一斉にそれぞれの家々に駆け込んでいく。ドリンクのおかげで足取りもしっかりしていた。

 一つの村が、ほんの一刻もせぬうちに息を吹き返した。これが幼女の言った言葉の意味か。


 ガイアスは千早とリカルドがスープを配る姿を、己の瞼に、しっかりと焼き付ける。


 女神様。ここに彼女がいる奇跡に感謝します。


 心底嬉しそうな微笑みを浮かべ、幼女らを手伝うべく、ガイアスもスープにむらがる村人達の所へ駆け出した。


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