第38話 オカンと異邦人 ~後編~


 寒さが本格化してきた頃。


 街の主だった面子の顔色が冴えない。


「何かやってるよな、絶対」


「雲を掴むような状態ですが、頻繁に転移してますし、あちらで何かあったのでは?」


 探索者ギルドで敦とタバスが怪訝な顔を付き合わせている。


 そう。ドラゴンの転移陣を通して千早のみは地球と異世界を往復出来るのだ。


 敦らも転移の腕輪の話は聞いたが、ドラゴンいわく、神域を所持し転移にかかる魔力一万がないと腕輪を作っても意味がないらしい。


 こちらから転移陣まで一万。帰りも一万。計二万。


 今の敦のレベルは39。それでも魔力はギリギリ三千を越える程度。お話にならない。

 だが現地の人に比べたら、かなり高いらしい。

 一般人の平均レベルが10前後。ステータスは100前後である。探索者らでも30越えは珍しく、ステータスが四桁に至る者など、極々稀だった。


「目標が規格外過ぎて、自分が雑魚にしか見えん。親父様もレベルの割りにステータス高いよなぁ」


 話を振られて、親父様は軽く眉を上げた。


「基本値が...違う。...な?」


 敦も幼女に聞くまで初耳だったが、生まれた時にレベル1である此方の人々と違って、地球人はダンジョンが現れた日にレベルを授かった。

 つまり、身体が出来上がっている状態でレベル1になったのだ。当然、ステータスの初期値が違う。


 成長速度も違えば数値も変わる。


 無論、年齢的に成長期間が少ない訳でもあるのだが、此方の人々から見れば十分チートであった。

 此方の人々がレベル的成長を始めるのは七つから。

 しかし、地球の高い重力で育った敦らは初期値からして此方のレベル20代のステータスである。


 親父様に至っては初期値が敦らの三倍であった。


 更に逆行現象で肉体年齢は敦より若い。チートである地球人達の中でも、間違いなく規格外である。

 敦とて弱い訳ではない。地球人の中であれば爺様の教えもあり、ダントツでトップクラスの実力者だ。

 比べる相手が間違っているのだが、三人しかいない地球人の中で最弱な敦は、憮然とした顔で愚痴った。


「もっと強くなりてぇなぁ。せめて親父様くらいには」 


 溜め息とともに吐き出された言葉に、周囲の人々は生温い眼差しを向ける。


 当たり前のように全属性支援を所持し、魔法を操り、しかも鑑定持ち。ステータスに至ってはオール千越え。これで強くないなどと、どの口が言うのか。


 此方のレベル30代のステータスが五百前後な事を考えれば、敦も十分規格外である。


 口元をひきつらせながらも、タバスは話を元に戻した。


「で、問題なのは千早さんです。やたら走り回ってますが、何があったんでしょう?」


 敦と親父様は顔を見合せ、何となく察しはついているらしい事を周りに示す。


「たぶん....旅支度?」


「は?」


 旅支度??? え?? 此処から旅立つ??


 眼を見開いたタバスに、敦が捕捉説明を入れる。


「此処から出ていくって訳じゃないよ。あいつは飢えてる者を見捨てられない。ファーマーだからなww」


 ファーマー。確か農夫と言う意味だと聞いた。


「それが此処から旅立つのと何の関係が....」


 タバスが問いかけた時、ギルドの入り口から獣人が入ってきた。先頃救出した難民達の長である。

 名前をガイアスと言い狼の獣人だ。まだまだ細くはあれど、かなり回復し、動けるようになった難民達は街の手伝いに精を出していた。


「薪割りは終わりました。他に仕事ありますか?」


 にっこり笑う彼にタバスは眼を細め、テーブルの上にある布の束を指し示す。


「では、あとはあの布を下着や服に仕立てて下さい。貴殿方の着替えです。厚手の布もありますから、コートや帽子も作れるでしょう」


 ガイアスは眼を丸くしてテーブルの上の布を見た。

 大量の布。薄手から厚手なのまで揃い、ベージュやブラウンと言った柔らかな染色までしてあった。

 戦慄く唇を噛みしめ、ありがとうございますと呟くと、ガイアスは仲間を呼び、大量の布を大切そうに運び出していった。


 それを笑顔で見送り、タバスは再び敦達に向き直る。


「では話の続きを....」


 そこまで言って、タバスは呆れたかのように自分を見つめる二人の視線に気づく。

 首を傾げるタバスに、二人はチラリと視線を交わし、あからさまな溜め息をついた。


「タバスだよなぁ」


「....ん」


「は?」


 本気で理解していないタバスを眺め、敦は言う。


「今のおまえさんと同じだよ。ただ規模が違う。あいつは飢えている対岸を救おうと動いているんだよ、多分な」


 はいぃぃぃぃ???


 寝耳に水である。




「ちょっと出掛けてきます。数ヶ月くらい。ちょこちょこ帰るので心配しないでね」


 するわっ!!


 タバスは有り得ない物を見るかのような眼で千早を凝視する。

 まるでその辺に買い物へ行くかのごとき軽さで、幼女は対岸に出掛けようとしていた。


「物は....? 揃った?」


「うん、バッチリ♪」


「まぁ、あちらの協力があればやれんだろ。頑張れ」


「おうっ♪」


 目の前の展開について行けず、タバスはアワアワする。


 何の話だ? どうなっている?


 それは集まっていた街の人々も同様で、アルス爺すら首を傾げて、視線で説明を求めていた。


「ちょっくら対岸に食糧支援してくるわ。どんな規模で、どれだけの被害があるんか確認して、順々に支援物資を配布してくる」


 空いた口が塞がらない人々の中で、ガイアスら難民が信じられないように見開いた瞳を揺らしている。


「....支援? 人間が? 我々の国に? 何故?」


「?? 困ってる人を助けるのに理由がいるの? 変な国だね」


 不思議そうに首を傾げる幼女。


 保護者の二人も同じように顔を見合せていた。


「俺らにやれる事あるなら、やるっしょ? あんたらの惨状見てて。あれが対岸で起きてるなら、じっとはしてられないっしょ?」


「だな。....飯は大事。...な?」 


 当たり前な顔で宣う三人。


「いやいやいやっ、わからなくはないですが、何処からそんな大量の食糧を?? この街からは無理ですよ?」


「あたしらを誰だと思ってるん? 来訪者やで?」


 千早は人の悪い顔でニヤリと笑う。


 帝国のあちらこちらに飛び回り、至高の間の産物を売りまくり金は作った。

 帝国の余剰食糧を買い占め、更に足りない分や必要であろう薬品、その他は地球側から集めてきた。

 首相や自衛隊に協力を仰ぎ、エリクサーを対価に、湯水の如く世界中から食糧や物品の支援が集まった。


 千早のインベントリには日本の国家予算並みな物資が詰まっている。


 それらを説明すると、周囲は絶句。したり顔な三人以外、誰もが驚愕の面持ちで幼女を凝視していた。


「と言う訳で、あたくし行ってまいりますっ♪」


 すちゃっと敬礼した千早に待ったがかかる。


「俺も。...な?」


「いや、俺が行くよ、親父様っ」


「私もお連れくださいっ、あちらには詳しい案内が必要でしょう?!」


「癒しが要るのでは? 老骨なれど、まだまだ若い者には負けませんぞ」


「いや、必要なのは護衛だろう? 俺が行く」


 上から、親父様、敦、ガイアス、アルス爺、リカルド。揃いも揃って同行すると言う。


 しばしこめかみを押さえ、千早は苦笑した。


「親父様と敦には、この街を守ってもらわないと。教会や皇帝がどうでるか分からんし。アルス爺も唯一の司祭が街を空けたらあかんやん」


 そして残り二人に視線を振る。


「案内は必要かな。護衛はどうだろう?」


 皮肉気に眉を上げる幼子に、リカルドは、うっと仰け反った。

 確かに自分より幼女の方が遥かに強い。

 しかしリカルドは退かなかった。さらに真剣な眼差しで、幼女に吠える。


「レベルや能力ばかりが力じゃないっ、俺には培った経験があるっ、無用な争いや危険を避けて、交渉事を有利に進められる。これも力だっ!」


 なるほど、一理あるな。


 千早は爺様から教わったとはいえ、此方の処世術はからっきしだ。それらをリカルドが補佐すると言う訳か。


「良いだろう。案内役にガイアス。交渉補佐にリカルド。この二人を同行させる」


 ほくそ笑む幼女に、親父様は憮然とし、敦は悔しそうにリカルドを睨んだ。

 アルス爺は少しガッカリした感じだが、自分の服を掴んで不安気に見上げる子供らに気がつき、これで良かったのだと納得した。


 千早は二人を鑑定する。


☆リカルド 34歳 レベル42


職業 樵 農夫 左官 商人 探索者 


体力 1084 筋力 851 俊敏 569 器用449


知力 472 魔力 522 知略 385 野心 416 


スキル 状態異常無効 自動回復大 斧術大 剣術中 槍術中 盾術中 弓術小 身体強化中 火の精霊支援中 水の精霊支援大 薬学小 錬金小 鍛冶中 看破中 調理中 統率中


固有スキル タフネス 演算 


祝福 創造神ネリューラの祝福 戰軍神メリクリシュテアの剱先 叡智神グリスワルドの知己


加護 創造神ネリューラの加護 戰軍神メリクリシュテアの加護




☆ガイアス・デ・ナフュリア 40歳 レベル48


職業 農夫 漁師 教師 魔術師 為政者


体力 1466 筋力 1032 俊敏 975 器用 794


知力 2348 魔力 3866 知略 959 野心 632


スキル 状態異常無効 自動回復大 全精霊支援大 全属性魔法中 闇魔法大 空間魔法小 隠密中 薬学大 錬金大 看破大 指揮大


固有スキル 演算 賢者の瞳 未知の幄


祝福 創造神ネリューラの祝福 叡智神グリスワルドの知己 慈愛神リュリュトリスの祝福 


加護 創造神ネリューラの加護 叡智神グリスワルドの加護 慈愛神リュリュトリスの加護


 なん.....。


 ガイアスのステータスは敦に劣らない。


 眼を見開く幼子をガイアスは怪訝に見つめる。


 スキル賢者の瞳。これは数刻先を垣間見る力だ。そして未知の幄。こちらは決断した選択を善き方向に変える力。


 ならば、今あたしが驚いている理由も彼は理解しているだろう。


 千早の想像どおり、ガイアスは切な気に苦笑していた。


「鑑定持ちでしたね」


 レベル的に見破られた事はなかったのだと、ガイアスは静かに呟いた。


 意味が分からず顔を見合わす人々を余所に、ガイアスは、ここまでに至った経緯を語る。


 まぁ、かいつまむと、辺境領主だったガイアスの息子達が大飢饉に見舞われた領地で、社会的弱者を食糧にしようとしたらしい。

 父親に知られぬよう遠方から始めたが、仲間を食らう事を忌避する人々によって逃がされた弱者達は、領主に報告した。

 ガイアスは激怒したものの、民衆の飢餓への恐怖はとどまる事を知らず、息子達に唆されるまま、弱者達を食らおうとする。

 一刻を争う事態となり、ガイアスは逃がされた弱者を集められるだけ集めて領地から共に逃げ出したのだ。


 賢者の瞳で追っ手をまき、未知の幄で助かる道を模索し、対岸への移動をえらんだ。


 凄絶な話に一同絶句する。


 ただ二人。幼女の親子のみが眉を上げてシニカルに笑った。


「うちらの世界でも昔はようあった話や。珍しいこっちゃない。」


 長く続く生粋の農家。過去に豪族であった事から、その土地で起きた事が詳細に記された物が山ほどあった。


 その中の一つが前にあった話の、七歳以下は人にあらずというくだりになる。


 此方でも似たような感じだが、過去の日本では七歳までは人に数えられず、酷い飢饉には糧として食されていた。

 その危機から母親と逃れ、後に偉業をなした人物により、これらの悪習は暴かれ、消えていった。


 この世界は今が転機なのだろう。


 我々の歴史をなぞるような物だ。


「変えるぞ、あちらの大陸を。なんくるないさぁ♪」


 にかっと笑う幼女に誰もが眼を見張った。


 世界を変える? 変わるのか?


 だが街の人間は知っている。ここ数ヶ月で街が変わった事を。そう、物事は変える事が出来るのだ。


 不可思議な安心感が辺りを満たす。


 微笑む周囲がガイアスには理解出来ない。ただ、この街には、ある不文律が存在している事は感じていた。


 幼女の行動は妨げない。


 幼女が何かをしようとすれば、街中の人々は全力で協力する。異を唱える事は絶対にしない。


 幼女を中心に街は動いていた。


 変わるのか? 飢えて獣の巣窟となった我が国を救えるのか?


 訝るガイアスに千早は手を差し出した。


「行こう。早く子供らに鱈腹食わせてやらねばな」


 にししと笑う幼子の手を取り、ガイアスは挑戦的に眼を輝かせた。


「夢のようだ。未知の幄を信じて対岸に渡る決断をしたのは正しかった」


「夢は叶うものさ。あたしは知ってるんだ」


 地球の過去から現在を知っている。人々が過去を省み、技術を磨き法治国家を築き上げ、無用な悪習を蹴散らし安全な暮らしを得た事を知っている。


 願い続け努力をし、決して諦めなければ、夢は必ずかなう。


 絶望にうちひしがれていた難民達の心に、微かな光りが灯った瞬間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る