第44話 オカンは海外派遣隊 ~6~


 ガラティア王城の一室で、不穏な空気が渦を巻いている。

 ウサギと幼女が剣呑な眼差しで睨み合っていた。


「一族郎党処分せねば、要らぬ禍根を残しますし、没収する財産にも不具合が生じます」


「事実無根な上、無実な幼子まで惨殺したとなれば、後々あんたの名前に傷がつくだろう。近い将来歴史家は語るぞ? 残忍無比な王であったと」


 途端、穴熊な侍従長が眼を丸くして噛みついてくる。


「国王様が残忍など有り得ませんっ! 今回は致し方のない事なのです、このような未曾有の事態に連座を免れる前例を作れば、後々統治に影響が出ましょう」


「それを変えるんだよ。連座を免れるには、心正しくあれば良いと周知するんだ」


 幼女は語る。


 今回から連座を破棄し、各々個人の罪を問う形にすれば、連座を恐れて犯罪に加担する者が減ると。


 人は弱いものだ


 連座等と言う悪習があるため、心正しき者も家族を守るために悪事に手を染めてしまう。

 それが無くなれば、各々の裁量で動く事が出来る。


「つまり、連座があるために多くの犯罪者を作ってしまうんだ。今回を機に連座を廃止して、犯罪に加担せざるをえない弱き者への救済にするんだよ」


 連座の恐怖がなくば、心正しき者は己の主張を貫く事が出来る。誰もが忠誠心あつく死を顧みずに行動出来るほど強くは無いのだ。

 守る家族がいればなおのこと、人の心は揺れてしまうのである。

 どこかに救済措置を取らねば、今後も同じ事が起きる可能性を排除出来ない。


 同じ今後でも、王側の抑止力としての今後と、幼女側の救済措置としての今後は、全く真逆の発想だった、


 連座の恐怖を植え付け、犯罪を犯さないよう促すのでは意味がないのだと幼女は言う。


 連座では一人の悪党が周りを無理矢理巻き込めてしまう。連座がなくば、周りが悪党を抑えつけられる。犯罪を未然に、あるいは軽微なうちに防ぐ事ができるのだ。


「人の力は舐めたもんじゃないよ。人々が自由に判断し、動けるように後押しするのが、統治者の役目じゃないかな?」 


 にかっと笑う幼子に、再びウサギな王様は驚嘆に眼を見開いた。


 詳しく聞けば、その通りである。救われる道が存在するならば、人はそれを選ぶだろう。

 救済措置を用意する事で、悪しき行いを抑制出来るのだ。

 連座で一族郎党となれば、自暴自棄にもなろう。確かにそれでは意味がないし、深みに嵌まり誰も救われない。


「なんとも.... 余は盲であったやもしれぬ」


 しみじみと呟き、王様は捕らえた罪人一族を鑑定で調べ、明らかに加護も祝福もなく、犯罪者の称号がついている者のみを斬首とした。

 それ以外の者らは調書を取り、証言の裏付けをし、無罪放免とはならないまでも財産没収や、使役などで済ませられた。


 結界、多くの感謝を得る形となり、ウサギな王様は連座の悪習を廃した稀代の賢王として歴史に記される事となる。


 心疚しき者が一掃され、救われた人々や、それらに感嘆した貴族達によってガラティア王宮は正常に戻っていった。

 国王様の慈悲に心から感謝し、今まで以上の忠誠心を持ち、人々は変わっていく。


 国王に恥ずかしくないよう、正しく優しく常に誠実であれと。人々の心には深く刻み込まれた。




「うひゃあ。壮観だね♪」


 歓声を上げる幼女の眼下には、列をなして並ぶ数百台の馬車。中には支援物資がギッシリ詰まっている。

 それらが、長蛇の列を作り八方へ向かって動いていた。


「貴女のおかげです。あれだけの馬車に積み込む支援物資の援助、本当に心から感謝申し上げます」


 ウサギな王様の眼が細くすがめられる。


 罪人達の財産を没収したものの、この国には食糧がないのだ。今から他国に買い付けをして運び込み配布するのでは、とても冬を越すには間に合わない。

 頭を抱えた国王の窮地を救ったのも幼女だった。


「元々、この国の支援に集めた物資なり。無駄にならなくて良かったよ」


 にししと笑う幼子を見つめ、ウサギな王様は深々と頭を下げた。


「何の御礼も出来ませぬが.... 何時か必ず恩返しを致したく存じます」


 下げた頭の下に幾つかの雫がしたたり、ポツリポツリと床に水玉模様を作る。

 感極まり言葉も出せなくなった国王様に、穴熊な侍従長が、ハンカチを片手にそっと寄り添った。

 それを微笑ましく眺めながら、千早は問題が残っていた事を思い出す。


「そうだ、あんたに頼みがあったんだ」


 何なりとっっと、真っ赤なお目々で詰め寄るウサギに、幼女は小さく耳元で内緒話をする。


 ウサギな王様は、カッと眼を見開き、何度か神妙に頷いた。




 再び謁見の間に千早一行と王様達が集まる。


 王様は険しい顔つきで眼下の二人を睨めつけていた。


 ガイアスの愚息二人。


 彼等の裁定は国王様に任せてある。


「貴公らには我欲に流され弱者を糧とし、拉致、捕縛の疑いがかかっている。相違ないか?」


「ございません」


「及び、現伯爵を放逐し、爵位簒奪の疑いもある。異議があれば申せ」


 しばし無言のまま静かな広間に、絞り出すような呟きがもれた。


「相違ございません。我々が父上を逐い民を弑したのでございます」


 広間がざわめき、唾棄するような侮蔑の眼差しで満たされる。


 そうか、言わないつもりか。


 千早は軽く肩を竦めて、気だるそうに吐き捨てた。


「それで妹御は救われるかな?」


 途端、静かだった二人は瞠目し、信じられないと言う眼差しで幼女を見つめた。


 幼女は知っていた。何故なら二人には御加護がついているからだ。


 ゆえに断罪しなかった。


 ガイアスが不思議そうな顔で千早に問い掛ける。


「娘が何か? 娘も関わっているのですか?」


「娘が元凶だよ。あんたがたより原種に近い娘は、飢えに耐えかねて使用人の赤子を食らったんだ。」


 罪を犯した妹に泣きつかれ、二人は妹の罪を隠すために弱者狩りを始めたのだ。

 荒くれ者を集め、唆し、狂行に及ばせた。


 無論許される事ではない。


 だが二人は民を弑してもいないし、食してもいない。むしろ少しでも永らえさせるために子供らに残飯を与えて太らせようなどと、一見残忍にも見える悪足掻きすらしていた。

 神々はお見通しだ。肉親の情からなる行動。端々に滲む慈悲。善人である彼等が如何に凄絶な苦しみに苛まれていたか。

 祝福は消滅しているが、加護は生きていた。


 最後の一線で踏みとどまっていたからだろう。


 あからさまに狼狽え、二人は這いずるように国王へ懇願する。


「陛下っ、わたくしどもが仕出かした罪でありますっ、妹は関係ございませんっ、如何様にも御裁下をっ!!」


 すがる二人に幼女は更なる追い討ちをかけた。


「無駄だよ。妹御から御加護と祝福は消えているだろうし、犯罪者としての烙印も捺されているだろう。鑑定したら分かる事だ」


 愕然とするガイアスの固く握られた手を優しく叩き、幼女は数歩前に進み出る。


「神々は欺けない。この私が天地神明に誓おう。二人は罪を犯していないと」


 声高に宣言した幼女の双眸には、濁りなき白銀色の瞳が煌めいていた。

 大広間に居並ぶ人々は絶句し、揃って固唾を呑む。

 あまりの驚きに、ウサギな国王様も身動ぎ一つ出来ない。

 そして幼女は唖然とする愚息二人に向き直ると、切なげな視線で見下ろした。


「あんたらは一つだけ罪を犯してしまったな。この裁定で偽りを述べた。それがなくば無罪放免だったのにな」


 荒くれ者らを唆したのは明らかに罪だ。しかし貴族である彼等には情状酌量がかかる。

 ゆえに妹のくだりを正直に告白すれば無罪確定だった。


 二人の眼が見開かれ、みるみる盛り上がる涙がポタポタと床にしたたり染みを作る。

 したたる涙に気付きもせずに、二人は嗚咽をあげながら、事の仔細を告白した。


 大飢饉により穀物すら満足に食せず、領民第一な父親は家族を顧みない。原種に近い妹は穀物では我慢の限界で、とうとう使用人の赤子に手を出してしまった。

 取り返しのつかない事をしてしまったと泣き叫ぶ妹を宥め、七つにならぬ子供が人に数えられず、飢饉には糧として食されていた事を知っていた二人は、それを実行して妹の罪を紛れ隠そうと考える。

 しかし、いたいけない子供に手を出すのを躊躇った二人は、障害者や病人など人々の重荷になっているだろう弱者に眼をつけた。

 荒くれ者達に指示をだし、父親に気づかれぬよう遠方から拉致しようとしたが、上手くいかず父親にバレて、足手纏いな弱者を守ろうとする父親を、これ幸いに領地から放逐したのだ。


 これなら我々の暴挙となり、父親には咎はゆくまい。


 あとは弱者を糧とし、罪を荒くれ者にかぶせるだけだった。全ては闇に葬り、貴族の権限を使って罪を軽減すれば良い。

 自分達は爵位を剥奪され平民に落とされるだろうが、妹を守りきれる。


 そう考えていた矢先に幼女の断罪であった。


「荒くれ者の惨状を見て....凍りつきました。考えが甘かったと」


「我々が虐げられるのは当然です。餓死する覚悟もございました。しかし、父上まで共に罪を背負われようとなさり.....死ねないと思いました。我々が死んだら父上は連座を受け入れてしまうでしょう」


 領主の息子である矜持が、彼等を生かしたのだ。


 二人の告白に、大広間はシン...っと鎮まりかえっていた。


 そこにウサギな王様から声がかかる。


 憤懣やるかたない、怒りに満ちた声音。


「結果として、貴公らは荒くれ者らを増長させ、少なくない被害を領民に出した。これは領主一族として許され難い罪である。よって貴公らは爵位剥奪。および労働使役を申し付ける」


 神妙に頷く二人を、周囲は憐びんの眼差しで見つめていた。


 貴族である者が平民に落ちるなど死んだも同然。しかも使役がつくのである。彼等のこの先は生き地獄であろう。


「だが話を聞けば、些か同情の余地もある。愚かすぎる選択に変わりはないがな。さらには今回の窮地においてナフュリア辺境伯の功績は非常に高い。それらをかんがみ、貴公らには罪一等を減じ、爵位剥奪、及び労働使役は孤児院経営を命じる」


 ウサギな王様は耳をピコピコ動かして、二人を優しく見つめた。


「今回の大飢饉により多くの子供らが親を失ったであろう。摘み取った命の分...いや、それ以上の命を繋ぐ事に生涯を捧げよ。王命である」


 クフクフと笑う王様と幼女の視線が重なる。御互いに微笑み、ようやく今回の事態が終息したのを感じた。


 国王様の命令により、ナフュリア辺境には大きな孤児院が建てられ、国中の孤児達の居場所となった。


 時に叱り、時には甘やかし、慣れない育児に疲労困憊しながらも、二人は全身全霊で孤児達に向き合う。

 ガイアスの息子らは貴族時代の経験を生かし、勉強や礼儀作法にも力を入れ、自分達に与えられるもの全てを孤児達に与え続けた。

 手の行き届いた孤児院の暮らしで多くの若者がナフュリアから巣だっていく。


 彼等は揃って口にする。


 我々は素晴らしい父に恵まれたと。


 数十年後、孤児院から見える拓けた丘に二つの墓が建てられ、その墓標には短い一文が刻まれていた。


《ありがとう》


 故人の遺言であったと言うその一文が誰に宛てられたものなのか、知る者はいない。


 .....神々以外は。

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