第34話 オカンと教会 ~中編~


「祈れっ」


 加護を消失した人々に幼女は叫んだ。


「己の罪を認め、悔い改め、心の底から祈れ!! そして人々を生かす事に心血をそそげっ!!」


 幼女は言う。罪人にも救いは残されていると。


 同じ罪を犯したエルナは神々に許され新な御加護をたまわっている。

 彼女は己の過去を心の底から悔い、常に人々を助け、真摯な祈りを神々に捧げ続けてきた。


 結果、神々から赦しを得たのだ。


 憶測だが間違いあるまい。たぶん他にも似たような人々がいるはずだ。


 心からの反省と心からの感謝。


 この摂理は神々の無言の不文律だったのか。


 神話の時代が現在に生きる日本だからこそ受け継がれてきた神代かみよの名残り。


 お母ちゃん、ようやっと分かったわ。


 それらを心がければ、いずれ神々の恩赦を賜るだろう。地球も異世界も同じなのだ。

 反省と感謝を忘れずに毎日丁寧に生きることを心がければ、知らずに徳を積み神々に愛される。


 幼女は真摯な眼差しで人々を見据えた。


「ただし。くれぐれも恩赦を得るために祈るな。神々をたばかる事は出来ない。己の仕出かした事が御加護を失うほど愚かで浅ましい行いだったと自覚し、心からの懺悔を被害者に捧げろ。それが本物でなくば意味はない。そして人の命を踏みにじった分、他の命を繋げ。親切を心がけ、万人の人生に貢献しろ。それらが日常となり、御加護の事など忘れさった頃には神々が微笑んで下さってるさ」


 くれぐれも忘れるな。貴様らは人殺しだ。


 辛辣極まりない幼女の言葉に、人々の受け取りかたは多種多様。


 ボロボロと泣き崩れる者が大半で、中には茫然自失する者。憤慨ふんがいする者。罪など犯してないなどとうそぶく者。


 あれらに救いは来ないな。


 しかし原因が判明したものの病は待ってはくれない。彼等に新な御加護を賜るまで危険な事に変わりはないのだ。


「患者の隔離は慎重に。患者と接触した者は着ていた服を全て焼却。全身をハーブ水ですすいでね。街の人々には食器をハーブ水で必ずすすぐように指示を出して。煮沸でも良い。この病気の種は清浄な水や熱に弱いんだ」


 てきぱきと千早が指示を出していると、会議室の中に数人の男達が入ってくる。

 一見して分かる聖職者装束。教会の司教達だった。

 滅多に教会から出て来ない司教の姿に、街の人々すら驚いている。


 そんな人々を一瞥し、司教達の中でも位階の高そうな男性がタバスに話かけた。


「何か起こりましたか? 街中が騒然としているようですが.....」


「病です。流行り病の可能性があり、皆で話し合っていました」


 苦虫を噛んだようなタバスの表情からすると、タバスは教会が好かないらしい。


 大仰に驚いた顔の司教は、次には優しく微笑み、軽く手を開いた。


「大変な事です。しかし案ずるなかれ。教会は何時でも皆様を受け入れます。病など恐るるに足りません」


 安堵の息を洩らす人々を尻目に、タバスは剣呑な眼差しを司教に向けた。


「無償で?」


「....幾ばくかの寄進は神々の御心に捧げる物です」


 タバスは大きく舌打ちする。


 おいおい、あからさま過ぎだろ。せめて腹芸のひとつも....と、タバスをチラ見した千早は、彼の顔が豹変しているのに気づいた。


 鬼も裸足で逃げ出すような、憎悪に満ちた形相で司教を睨めつけている。


 街の人々の顔も暗く、教会との間に某か確執があるのだと示していた。


 なるほど。


 ふむ。千早は軽く頷くと、司教とタバスの間に割り込む。


「貴殿方の協力は無用です。お引き取り下さい」


 にっこり笑う幼女に、司教は一瞬眼をすがめたが、次には人好きする笑顔で話しかけてきた。


「御嬢さん、今は大人の話をしています。邪魔をしてはいけませんよ」


「あ~悪い。この娘が話し合いの中心で責任者だ。話し合いの邪魔をしている余計者は、あんただよ」


 したり顔でタバスは、愉快そうに口角をあげる。


 おいおい、本当にあからさまだな。一体こいつと何があったんだ?


 人の言葉尻に乗るタバスを呆れたように見つめながら、千早は司教を鑑定した。


ジャック・トリスト 48歳 レベル54


職業 司祭 教師 暗殺者


称号 わざわいの種を蒔きし者


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


祝福 消失


加護 邪神ヴォルゲスの加護


「はぇ?」


 千早の間の抜けた声に周囲の視線が集まる。


 じっと見つめる視線の集中砲火に晒されながら、幼女は慎重に考えた。これは口にして良い案件なんだろうか?


 そして気になる言葉を解析する。


 解析結果を見て、千早は眼を据すわらせ、慎重をぺいっと投げすてた。


「あ~あ~、そういう事ね。あんたが黒幕かい」


 頭を掻きながら千早は司教達にニタリと笑む。ぎょっとする人々を余所に、タバスは眉をひそめた。


「黒幕?」


「こん人が病の元凶さ。ネズミん中には病持ちがいると知っていて、せっせと運び込んでいるのさ」


 禍の種を蒔きし者。これは毒や病原体などで、遠隔に人々を死に至らしめた者へ与えられる称号だった。


 当たるも八卦はっけ当たらぬも八卦。運の要素が強いように思うが、仕組みを理解していれば、ほぼ確実に惨劇を巻き起こせる。

 ネズミが運ぶ病気で最たる物はペストだが、ほかにも様々な病を媒介する。それを彼等は知っているのだ。

 その運び込んだネズミを運搬していたのが、件のキャラバンなのだろう。一足先に発症したという訳か。


 自業自得やん。


「何の話か分かりませんね。ネズミなど不潔な物を教会が必要とする訳ないでしょう」


 しらばっくれる司教に、ある男が叫んだ。


「あんたがリーダーに話を持ち掛けたんだろ? 研究用にネズミが欲しいって。多いほど良いって。金になる話だとリーダーは喜んでたのにっ!」


 彼は感染しなかったキャラバンの一人。


「極秘にと言ったのに....使えない男ですね」


 あら、白状しちゃうんだ?


 忌々しげにキャラバンの男性を睨み付け、司教は他の司教等を下がらせ部屋の扉を閉じた。

 訝る人々に残忍な眼を向け、ジャックという司教は歯を剥き出しにして笑う。

 まくり上がった唇から覗くのは、犬歯というには無理がある立派な牙だった。

 そして司教の眼が銀色を含んだ紫に輝き、辺りに黒い靄が漂う。


「皇帝陛下のお望みなのだよ。貴様ら虫けらは最果ての地で惨めに朽ち果てる事がな。まさか街を作るにまでいたるとは彼の御方も思われなかった」


 おののく人々を一瞥し、千早は教会の魂胆を知る。


「なるほどね。だから暗殺者のあんたが司祭として派遣された訳だ。ねぇ? ジャック・トリスト」


 今度はジャックと呼ばれた男が驚く番だった。彼はこの街で偽名をつかっている。彼の真名まなは皇帝陛下しか御存知ないはず。


「何故その名を....?」


「神々に隠し事は出来ないのさ。理屈で分かるだろう? あんたは鑑定持ちだ。私を鑑定してみな」


 言われてジャックは幼女を見つめ眼をすがめる。途端、驚愕に眼を見開いた。


「鑑定が弾かれる? まさかっ?!」


 幼女の顔が獰猛な笑みを浮かべ、矮小な獲物を睨めつけた。


 以前、木之本の鑑定を弾いた時に爺様から聞いたのだ。レベル差が二十以上あると、高位の者は相手のスキルを無効にすると。


「そうさ。あたしはあんたよりレベルが高い高位の者だって事だ」


 次は千早の番である。


 以前よりは調整が可能になった魔力を操り、彼女の身体は宙に浮かんだ。

 辺りを虹色に輝く紫の靄で満たし、司教を眺める眼には雑じり気なしの白銀な瞳が輝いている。


 その美しさに、思わずジャックは固唾を呑んだ。


 黄金こがね色は神々ありき。白銀色は神属ありき。


 銀色は神々の恩寵の証。しかも雑じり気ない白銀色は創造神様の神属を表している。


 邪神とは言え神の恩寵を受けているジャックにも銀色が混じっているが、濁りない白銀には及ばない。


「何故....? 創造神様は人間に不干渉であらせられたのではないのかっ?!」


 意味が分からない。


 苦々しげに顔を歪めるジャックに首を傾げ、幼女は不思議そうに宣のたまう。


「女神様がなじょしたね? あたしは、あたしだ。女神様は関係無か。あたしが気に入らないから、あんたに歯向かってるんだ」


 ふんすと胸を張る幼女。


 ふざけるなっ、白銀を宿す者に手向かえば創造神を敵に回すも同じっ!!


 そこまで考えて、司教はある事を思い出した。


 女神様の御神託を。


 邪神の加護があるジャックには降されなかったが、教会で女神様の御加護を持つ者に降された。

 話を聞いた司祭は、皇帝陛下からの指示により、来訪者を捕らえるべく罠を張ったのだ。

 その罠が破られたのが数ヶ月前。街が活気づき始めたのも.....!


「貴様が原因かっ!!」


 全身に疑問符を浮かべる幼子。これが異世界からの来訪者ならば、全ての辻褄が合う。


 ジャックは凄まじい勢いで歯軋りをした。


 ここにいる人々全てを口封じに消し去り、邪神様の生け贄にしようと目論んだが、まさか創造神様の神属に手を出す訳にはいかない。

 生まれ出でたる邪神も神の内。この世界の理の一つとお目こぼしいただいているが、身内に手を出されたとなれば、女神様も黙ってはおられまい。

 しかし身の内がバレた今、この街の教会は只では済まなかろう。どうするか。


 簡単に口封じが出来ると高を括って、悪事を露見してしまった暫し前の自分を殴り倒したい。


 葛藤する司祭を見据え、幼女は宙に軽く指を滑らす。するとキンっと硬質な音をたてて司祭の周囲に結界が張られた。


 驚く周囲と司教に幼女はニッコリと微笑む。


「取り敢えず拘束させてもらうわ。何考えてるのか知らんが、あんたはヤバそうだ」


 以前に松前博士を閉じ込めたのと同じ物。


 人の悪い顔でほくそ笑みながら、幼女はハタっと我に返る。周囲からの視線が痛い。


 感嘆に眼を見開き茫然自失の人々の視線で、ようやく千早は今の事態に気がついた。


 バレてもたぁーっっ!!


 今更である。


 今後幼女は街中の人々に拝まれるようになってしまうのだか、これもある意味、自業自得だった。

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