第33話 オカンと教会 ~前編~


「最近人々が活気づいておりますな」


「良くない傾向です。この街は貧しく惨めであってくれなくば」


「詳しくは分かりませぬが、荒野の開墾が捗っておるようです。食糧が行き渡るようになり、今年の冬は死者もおらぬ様子」


「皇帝陛下の御不興を買わぬうちに何とかせねば」


 沈痛な面持ちの男達が密やかに話し合う。


 場所は街の教会。石作りで荘厳な建物の奥深い会議室に数人の司教が集まっていた。


「....例の薬をつかいますか」


「ストラジアにつかった?」


「それが良いかもしれん。最近は教会に来る人々はおらず、寄進もほとんどない。不信心が招いた禍とでもすれば、再び人々も教会にすがるだろう」


 くつくつと含み笑いを洩らしながら、司教達は部屋から出ていった。


 街の人々は孤児院にあしげく通っていたため、ついでに併設してある小さな教会で祈りをあげていた。


 ゆえに街の教会から足が遠のいたのである。


 更に言うと、千早達は孤児院に来訪者だと知られた時、街の教会で拉致されかかった事も話していた。

 それを知ったアルス爺は激怒し、街の教会に全く近寄らなくなったのだ。

 以前は寄進から孤児院への寄付をもらっていたため、ちょくちょく訪ねていたが、今は孤児院の教会に寄進も集まり寄付も来る。

 何より孤児院独自の収入があるのだ。

 お高くとまった街の教会で施しを受ける必要はない。

 我々を見下し、せせら笑いながら僅かばかりの金銭を投げ渡す司教どもの顔など二度と見たくなかった。

 子供達のために、長年我慢を重ねてきたアルス爺は、祭壇の前で祈り、件の来訪者達に心からの感謝を捧げる。


 するとアルス爺の脳裏にシグナルが走った。


《全属性精霊支援小を獲得しました》


「え?」


 アルス爺は火と水と生活魔法しか使えない。鑑定でもそうなっていた。


 この歳になって新たなスキルを得るとは。


「ありがとうございます、女神様」


 祭壇にこぼれたアルス爺の歓喜の呟きは、誰にも拾われる事はなかった。




 しかし、しばらくして街に流行り病が襲う。


「ポーションも効かないだと?!」


 探索者ギルドで叫ぶタバスに、商人ギルドの長が神妙な顔で頷く。彼の名はアギル。海千山千の商人だ。


「交易から帰ってきたキャラバンの殆どが発病してる。病の広がりかたが異常だ。流行り病だと不味いから街の入り口で止めてある」


 なんて事だ。


 タバスは頭を抱えた。


 大抵の怪我も病気もポーションで完治する。それが効かないほどならば、何をしても無駄である。あとはエリクサーくらいしか手立てがない。

 しかし、エリクサーはダンジョン奥深く中層以上下で稀に発見されるか、力ある術者に作ってもらうか。

 作ってもらうにしても素材はダンジョン最奥の至高の間にしかない。力ある術者も世界に数人。


 絶望的だ。


 ....力ある術者?


 タバスは眼を見開き、音をたてて立ち上がった。




「流行り病?」


 幼女が首を傾げる。


 タバスは一縷の望みを抱いて孤児院にやってきた。この幼女が高位の術者である事は明白だ。もしかしたらエリクサーの素材を....いや、エリクサーそのものを持っているやもしれない。


「分かりません。その可能性があると言うだけです。ただ、ポーションも効かず病気に対する手立てもなく、このままでは死んでしまいます」


「お医者様は? なんて言ってるの?」


「お医者様....? とは?」


 ひゅっと息を呑み、幼女は真っ青な顔をしてテーブルにバンっと手をつき立ち上がった。


 マジかあぁぁぁっ!!


 質問に質問で返されたが、そこには明瞭な答えがある。不思議そうなタバスの表情が、それを物語っていた。

 この街にか、この世界にかは分からないが、医者が存在しないのだ。


 たぶん万能薬であるポーションの弊害だろう。何もしなくとも治るのだから、何もする訳がない。


 軽度のものなら自然治癒で。重度のものならポーションで。教会の治癒師に頼めば、大抵の怪我や病も治してくれる。安くない寄進と引き換えなのだが。

 そんな便利な世界で医学など発達する訳がないのだ。盲点だった。

 スキルの薬学も、不思議薬品を作るためのものである。しかし、千早は知っていた。


 現代医学の存在を。


「取り敢えずキャラバンのとこに行こう」


 千早は椅子から降りると、何時ものローブを身に纏う。駆け足で向かおうとする幼女の肩にアルス爺が手をかけた。


 アルス爺の顔は、青を通り越して真っ白だ。


 訝る千早を見つめながら、アルス爺は戦慄く唇から言葉を絞り出した。


「ストラジアの....難民を襲った病もっ、....ポーションが効きませんでした」


 千早の眼が驚愕に見開く。




「これは....」


「高熱に赤黒い斑点....間違いない。ストラジアの難民を襲った病と同じです」


 固唾を呑む幼女。アルス爺は忌々しげな顔で患者を見つめた。


 ネットや伝聞の知識でしかないが、千早はこの病を知っている。


「ペストだ。別名黒死病。ネズミなどの小動物を媒介とし、恐ろしい早さで人々に広がる伝染病だ」


 千早は患者を解析する。


 間違いなくペスト。確かストレプトマイシンとか言う薬で治るはずだ。漂流教室で読んだ事がある。


 そして何故難民にのみ伝染するのかも理解した。


 難民は加護が剥奪されているのだ。


ジョセフ 42歳 レベル13


職業 商人 農夫 盗賊


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


祝福 消失


加護 消失


 《盗賊》


 人を殺め糧を奪い生き延びた者。あらゆる神々から見放された者。


 神々の御加護にはもれなくスキルに自動回復と状態異常無効がつく。アルス爺や発病していないキャラバンの者には御加護がついていた。たぶん間違いないだろう。


 人を殺めるなど許される事ではない。だが、悲惨な戦争が彼等に罪を犯させ御加護を奪ったのだ。


「街の人を集めて鑑定して。御加護がない者と患者を離して隔離する。大至急っ!」


 振り返り叫ぶ幼女に驚きつつも、人々は幼女を信じ、言われた通りに行動した。




 騒ぎから暫くして探索者ギルドの会議室。


 そこに多くの人々が集まり、深刻な雰囲気で話し合いがされていた。


「つまり、悪事に手を染めた者からは神々の御加護が消失しており病に冒されると?」


 千早は小さく頷いた。


「戦時中だ。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。綺麗事では済まない事もあっただろう。しかし、どうあろうが正当防衛以外の理由で人を殺める事は許されない。神々は許さない」


 会議室の中がシンと静まり返る。


「なんとも....数十年前の謎がようやく解けはしましたが」


 アルス爺が呟く。


 ポーションも治癒魔法も結局は自己治癒力を上げるモノ。原因が病原体である以上それらも活性化させてしまう。悪循環だ。

 此方の治療は、御加護により病に冒されないことが前提となっている。

 臓器不全や不摂生による成人病とか、食べ過ぎでお腹を壊したり、ストレスの頭痛や胃痛などの純粋な体調不良のみなのだ。

 病原体に冒される病には御加護の守護が働く。


 そして恐ろしい事に御加護を消失している人々が、なんと街の人口の四割もいたのである。


 ガチでヤバす。


 千早はインベントリのエリクサー全部出しても足りない現実に眩暈を覚えた。

 だが隠しておけるモノでもない。隔離され不安な面持ちの加護なしな人々に、タバスが説明をした。


 唖然とする人々だが、皆何かしら心当たりがあるのだろう。俯きがちに唇を噛み締め、嗚咽をあげて涙する人さえいた。


 仕方がなかった。生きるためだった。しかし生き延びるために誰かを殺す不条理。無惨な屍の上にある人生に救いはない。

 誰もが罪悪感に押し潰される中、いきなり扉を開けて女性が飛び込んできた。


「話は聞きましたっ、主人が罪に問われるなら私も同罪ですっ!!」


 叫ぶ女性を鑑定し、千早は驚愕に瞳が揺れる。


 同罪だと叫ぶ女性には御加護が復活していた。


エルナ 38歳 レベル8


職業 主婦 農夫 咎人


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


祝福 慈愛神リュリュトリスの祝福


加護 慈愛神リュリュトリスの加護


 千早は女性を招き入れ、罪にあたるだろう話をきいた。それは悲惨な話だった。


 彼等は生き延びるために幼子を連れた母親を殺害したのだ。


「夫が後ろから羽交い締めにして、私が前から首を締めました。飢えて足取りも覚束なかった私達は、彼女の食糧の袋を奪うために....騒がれて追われたら逃げ切れない。...だから...殺し...」


 そこまで話すと、エルナは見開いた眼からポロポロと涙をこぼした。


「ここにたどり着いて生活が安定し、子供も産れ... 思い出すのは殺した女性の子供でした。あの子はどうなっただろう?」


 戦慄く指を見つめながら、エルナは顔をくしゃくしゃにして泣き崩れる。


「同じ母親になって初めて理解したんです。痩せ細ったあの女性が、何故食糧を食べもせずに大事に抱えていたのか」


 そうだ。母親なら解る。


 千早は鋭利に眼をすがめ、エルナを睨めつけた。


「子供のために....なけなしの食糧をためて...たっ、それを私達が...っ!」


 堰が切れたかのようにエルナは号泣した。


 そして激しく嗚咽をあげながら、毎日教会で子供の無事を祈り続けたのだと話した。

 心底後悔し、せめて子供だけは生き延びていますようにと、神々の御加護がありますようにと祈願していたという。


 自分勝手な話だが、そうせずにはおれなかったのだろう。死者には何の意味もない。


 嘆息する千早の脳裏に自分の母親の顔が浮かぶ。


 は? 何で今?


 自問する千早に脳裏の母はサムズアップした。


 途端、幼女が眼を見開き椅子から立ち上がる。


「お母ちゃんの言葉や...あれかっ!」


《ごめんなさいの反省と、ありがとうの感謝は魔法の言葉》


 亡き....いや、この世界のどこかにいる母の言葉を思いだし、千早は茫然と天井を仰いだ。


 その顔は悔しさが滲みつつも、嬉しそうだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る