第35話 オカンと教会 ~後編~


「言われた通り教会関係者全員を集めました。司祭様を解放してくださいませ」


 千早は結界に封じたまま魔法でジャックを引きずり、ただいま街の教会正面。司祭を解放して欲しくば教会関係者を下働きにいたるまで集めろと命令した。


「じゃ、まぁ取り敢えず見てくれ」


 そう言うと千早は教会対面に巨大なスクリーンを展開する。爺様が読書に使っていた魔法の応用だ。

 いきなり展開した高位の魔法に驚嘆しながら、人々はスクリーンに映し出された映像に度肝を抜かれた。


「これは、ついさっきギルドで起きた出来事だ」


 千早視点で映し出された映像が進むにつれ、人々の眼が険しくなり、周囲から小さな悲鳴があがる。


「なん...っ、嘘だっ、作り物だっ、騙されるな!!」


 ジャックが声をからして叫ぶが、誰の耳にも入らない。多くの教会関係者すらも、驚嘆に眼を見開き微動だにしなかった。


「あたしの前で、さらに偽りを重ねるかい? ジャック」


 ニタリと凄みのある笑みを浮かべ、幼女はジャックの結界を解いた。

 放心する男の前で、千早は声高に叫ぶ。


「カモーン、女神様ぁっ♪」


 幼女の鈴を転がすような声音とともに人々の間を一陣の風が通り抜けた。

 金色の粉塵を振り撒きつつ八方から滑り込んで行く風は人々の隙間を縫うかのごとく集まり、そして千早を包み込むように周りを旋回すると、彼女の頭上で渦をまいたつむじ風から、ぽんっとシメジが現れる。


《あらあら、まあまあ。沢山の人がいる街ね。千早ちゃん元気そうで良かったわ♪》


 幼女の頭の上でフルフルと踊るシメジ。


 相変わらずシュールな女神様だ。


「....本当に女神様だ。御懐かしゅうございます」


《あら。あなたアルスね。まあまあ、随分と様変わりして。息災であって?》


 女神様はアルス爺の掌に乗り、頭を傾げる。シメジの機微が解るのは、この世界のデフォなのか、みんな嬉しそうだ。


《わたくしは人の理に関われないから.... 戦に苦しむ貴殿方に手を差し伸べられませんでした。加護と祝福が精一杯で。ごめんなさいね》


 しょんぼりと項垂れる女神様。その加護と祝福に、どれだけの人々が救われたか。

 みんな女神様を囲んで、如何に有りがたかったかを切々と語る。

 そんなほのぼのとした空間に、空気を読まない声が響いた。ジャックの馬鹿野郎様だ。


「何が女神様だっ、そんなのただのキノコじゃないかっ!」


 いや、ただのキノコは喋らないだろ。


 心で突っ込みを入れる千早を余所に、周囲の人々は驚きに呆れをまじえて、子供を諭すように話かけた。

 皆信じられないと言った風で顔を見合わせている。


「本気で言っておられるのですか?」


「仮にも司祭様ともあろう御方が」


「子供らの初添えや立志式で御会いになったでしょうに」


 初添えは確か日本で言うと七五三だったか。土地神様に、その土地の新しい住人として挨拶する。

 立志式は昔で言う元服や腰結いの儀式だ。成人の証。日本でも少し前には日常だった儀式だ。


 年に二回、春と秋に教会で行われるそれらの儀式に女神様は降臨なさるらしい。新たな子供らの門出に、初添えで加護を。立志式で祝福を下さるそうなんだが、残念な事に長い人生の中で悪事に手を染めて失う人も多いとか。


 無論致し方ない場合が多いため、創造神様の御加護を失っても、生活態度しだいでは他の神々の御加護を賜る事もある。エルナがその例だ。


 ただ創造神様の御加護は格別な効果で、万人に与えられるチャンス。その分判定も厳しく、窃盗一つであっても消失する場合があるらしい。


 ただし、人として真っ当に生きてゆけば、大した病気や怪我もせず息災に生きてゆける。


 そんな女神様の慈悲を戦争が踏みにじったのだ。


 千早は斯々然々と今までの経緯を女神様に説明する


《そうですか.....》


 しょんぼりと揺れる小さなシメジ。


 しばし思案し、幼女はくるりと街の人々に振り返った。女神様に合わせる顔がないのだろう。御加護を消失した人々は俯き無言である。


 彼等は咎人だ。この刻印は神々の赦しを受けても消える事はなかった。エルナのステータスにも残っていた。しかし.....


「女神様。御加護を消失した彼等に、また御加護をあげられないかな?」


《それは出来ません。わたくしの加護は生涯一度きり。万人に分け隔てなく与えられる物です》


 千早は少し躊躇したが、意を決したかのように空を仰ぎ、女神様を見つめると少し下から上目遣いにモジモジと呟いた。


「どうしても....駄目かな....? ?」


《ーーーーーーーーーーーーっっ??!!》


 途端、シメジが荒ぶり、幼女の頭周辺を高速で回転する。舞い散る金粉が辺りにブワっと拡がった。


《し...仕方ありませんね。他ならぬ千早ちゃんの御願いですしっっ。あたくし御姉様ですからっっ♪♪》


 何が嬉しいのか知らないが、シメジは興奮しつつも千早の頬に張り付き、笠を揺らしてスリスリしている。いや、まぁねぇ。


 このシメジが可愛いかウザいかは、言うまでもなくな千早である。


 少し離れた位置で敦が盛大に吹き出すのが見えた。


 あんにゃろう、覚えてやがれ。こちとら好きでやってねーわ。


 しかし、自分でやっておいて何だが、こんなにチョロくて良いのかよ、女神様。


 至高の間に顕現しては姉と呼べとねだるシメジが不思議だったが、こんなにも喜ぶとは。


 千早の頭の上で、ふんすっと胸を張り、女神様は笠を開いて回転すると、目の前が見えなくなるほどの金粉を巻き上げた。


《加護と祝福を同時に授けましょう。一度だけ、戦争により歪められた貴殿方の人生に慈悲を与えます。加護を消失した罪のみを免罪とし、わたくしの赦しを与えましょう》


「それって....っ」


 千早の瞳が大きく揺れる。


 女神様は、やはり女神様だった。


 チョロくなどはない。千早に免じて更正の機会は与えるが、今までの人生の審判でもあるのだ。


 舞い上がった金粉が人々に吸い込まれ、再び御加護を賜った者は発光する。

 しかし、それは咎人全体の半分も居なかった。


「なぜ...?」


「御加護が来ない」


「発光するはずだ、おかしい」


「どうしてっ?」


 御加護を賜らなかった者達の絶望的な呟き。


「姉様はおっしゃった。御加護を消失した罪のみ免罪すると。....つまり、あんたら、過ちではない犯罪を繰り返したな?」


 そうだ。人は弱い生き物である。一度罪を犯せば、あとはなし崩し的に堕落する。


 吐き捨てる幼女の声音は低く鋭い。

 極寒の眼差しで見据えられ、咎人達は深い悔恨の海に沈んだ。

 千早は泣きそうな顔で咎人を見渡す。


「まだ道はあるっ。人として真っ当に生きるんだ。神々に祈り、懺悔し、善行を心掛けろ」


《千早ちゃんは優し過ぎますね。それが良いところではありますが、御姉様は心配です》


 笠を千早の鼻にひっつけ、シメジな女神様は幼女をジッと見つめる。


 近い近い、眼が寄ってしまうからっ。


 そこに呆れたような声が降ってきた。


「大丈夫です女神様。妹様は鬼ですから」


 苦々しく苦笑するのはタバス。おまえ、まだ養鶏始めた時の事根に持ってんのか。


「いえいえ、妹様は非常に御優しい方です。女神様の御心配も無理はない」


 アルス爺は黙ってようか。あんたはあんたで好意的な解釈しすぎ。


「妹様でしたか。太陽みたいな方だと思ってはいましたが、女神様の身内なれば納得です」


 何故におまえまで参戦するか、リカルドよ。


 各人やいのやいのと言いたい放題。眼を据わらせて眺める千早に、ニッコリと女神様が微笑んだ。シメジの機微にも慣れてきた今日この頃。


《良いえにしに恵まれたようですね。安心しました》


 言われて千早も微笑んだ。


「みたいだねぇ。孤児院が安定したら、ここを出て定住地を探すつもりだったんだけど....」


 何の気なしな千早の言葉に、騒いでいた三人が異口同音で振り返る。


「「「ここを出る?!」」」


 真ん丸目玉の三重奏。思わず千早は吹き出した。


「つもりだったけど、気が変わった。教会にケンカ売っちまったし、責任とって此処にいるよ」 


 あからさまな安堵を浮かべる三人に頷き、千早は問題を片付けるべく立ち上がる。

 そしてジャック司祭ら教会関係者を睨めつけ、最後通牒を突きつけた。


「今日から三日以内に荷物を纏めて出て行きなさい。三日後には、この建物を問答無用で片付けます」


 仁王立ちする幼女を信じられない物を見る眼で見つめ、司教らは顔を見合わせた。


「勝手な事をっ! 私は皇帝陛下から派遣されたのだぞっ! 陛下に楯突く気かっ!!」


 怒鳴るジャックに幼女はフンっと鼻を鳴らす。


「病を運ぶ邪神の御加護なぞ要らぬわ。こちとら女神様が居られるでの」


 千早の周りをフヨフヨ飛び回るシメジな女神様を見て、教会関係者は言葉に詰まる。世界最強の創造神様だ。


「儀式はどうなさるおつもりか。洗礼から初添え、立志式。婚姻にも死者の弔にも司教が必要でしょう?」 


 千早は軽く手を挙げてアルス爺を指差す。


「こちらには立派な司教がいるよ。全属性精霊支援持ちのね。ネズミで病を蔓延させようとなんてしない。ね?」


 アルス爺は好好爺な笑顔で軽く頷いた。


「今までは属性が足りず、治癒魔法も神聖魔法も持ち合わせませなんだが、昨日全精霊支援を得ましてな。ようよう司教を名乗れるようになりました」


 散々見下してきたオンボロ孤児院の老人が全属性持ち?!


 教会関係者は驚愕を隠せない。


 八属性のうち四つ所持していれば見習いに。六つあれば司祭に。全属性ならば司教クラスだ。


「黙れっ! そんな爺ぃが司教など、教会は認めん!」


「いらねーよ。こちらこそ、病を運ぶ司祭や教会なんぞ認めんわ。ほな、姉様よろしく」


 狂暴な顔で睨み付けるジャックを無視して、千早はシメジな女神様に視線を送る。

 女神様は軽く頷き、アルス爺の前にフヨフヨ飛んでいった。


《嬉しいわ、アルス。貴方に裁定の儀を行えるなんて。ストラジアで洗礼を施したのが、つい昨日の事みたいだわ》


 心底嬉しそうなシメジを掌に捧げ、アルス爺は膝をついた。


「本当に御懐かしい」


 涙ぐむアルス爺の掌で女神様は一瞬瞬き、次には目映い光となってアルス爺を包み込んだ。

 洪水のような光が消え、そこに立つアルス爺の白髪は銀髪にと変貌している。


 銀色は神属の証。


 女神様直属の司祭様爆誕か。誰にも文句のつけようがないな。


 幼女は人の悪い笑みを浮かべた。


 神の儀式を目の当たりにし、誰も言葉がでない。


 感嘆の溜め息があふれる中、相変わらず空気の読めないジャックが、怒鳴り散らした。


「私は認めなぃぃっ! ここから出てもゆかぬ!! 勝手な事はさせんっ!!」


「あっそ。じゃ、さよなら」


 千早は軽く手を振り、ジャックを目の前から消す。

 転移魔法で、此処から千キロ四方の何処かへランダムに飛ばした。しれっと教会関係者にも、そう説明する。


「岩の中とか、山の中とかじゃなきゃ良いね。即死間違いなしだもの♪」


 距離を指定しているだけで、転移先に何があるかは分からない。


 障害物がないと良いわね~♪と幼女はケラケラ笑った。


「猶予は三日間。明明後日には、その建物も消すから。さっさと荷造りして出てけ」


 幼女のトゲまみれな言葉に高速で頷きながら、教会関係者は、さーっと顔色を変え、慌てて教会の中に飛び込んでいった。


「ほら、鬼だ」


「三日も猶予を下さる。御優しい事です」


「また、街がスッキリするな。妹様のお陰でディアードが綺麗になる」


 だから、お前らは黙っとれ。


 三種三様の呟きを背後に受けながら、千早は何故にこうなったのだろうと首を傾げる。


 三日後。早馬で近くの街から馬車を呼んだ教会関係者は、転けつまろびつ、そそくさと街から出て行った。

 あとは上物を千早がインベントリに仕舞い、後片付け終了。

 喝采をあげる街の住人達が、アルス爺に新たな教会を建ててくれると言うので任せる事にした。

 デザインは千早が起こし、街の大工や左官が仕上げてくれる。


 たまに見に行くと、親父様が参加してたりするのもご愛嬌ww




 帝国に支配されつつある大陸の片隅に、小さくも自由で優しい街が生まれた。


 その街は難民でも罪人でも、真っ当に生きようとする者ならば受け入れてくれるらしい。


 まことしやかに噂は流れ、帝国の圧政に苦しむ人々に一条の光をもたらす。


 帝国に屈しない人々や、強者に踏みにじられるしかない弱者は目指す。その街を。


 街の名はディアード。神々のおわす街だと言う。

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