第13話 オカンと side・地球 ~1~

目の前には湯呑みに注がれた緑茶と豆大福。半年ぶりの甘味に、千早は目の色を変えた。


「ふおぉぉ、だ、大福となっ」


 キラキラと眼を輝かせて大福を見る幼女。微笑ましく眺める周囲。ほっこりするワンシーンに、いきなり大福へ飛び付く影が現れた。


『ほほぉ。これが大福なる甘味か』


「へあ? 爺様?」


 飛びついたのは小さなドラゴン。千早のフードの中で頭に住み着いていた逆鱗げきりん様だ。

 呆気に取られる人間達を余所に、ドラゴンはむしゃむしゃと大福を頬張る。


『おおお、旨いなっ! 甘露甘露』


 いかにも御満悦な逆鱗様。その頭上に影が落ちた。


「旨いなじゃねぇぇっ!!!」


 閃光のごとき千早の平手打ちが逆鱗様の上に直撃する。モロに食らった逆鱗様は、そのまま大福に埋もれるようにめり込んだ。


「あたしの大福ぅぅぅっ!!」


 べしゃっとドラゴンの埋まった大福の皿を持ちながら、千早の魂の絶叫がダンジョンに谺した。




 新しい大福をもらいつつ、千早は辛辣しんらつな眼差しで逆鱗様をめつける。

 逆鱗様は涼しい顔で自分の埋もれた大福を食していた。


 このクソ爺ぃ....


 殺気のこもった幼女の眼差し。しかしそれに怯えたのは逆鱗様ではなく周囲の一般人。

 怯える周囲を余所に、憮然ぶぜんとした顔のまま千早は大福にかぶりついた。


 途端、あまりの衝撃に眼が見開く。


「う....っまぁぁぁ」


 五臓六腑に染み渡る甘さ。甘味ってのは至福だ。


 千早は噛み締めるように、最後の一口までゆっくりと味わった。


 幼女が大福を堪能して緑茶を啜っていると、一人の男性が現れる。手早く書類をめくり、テーブルの上に置いて正面の椅子に腰掛けた。


「初めまして。医局長を務める神埼と言います。さっそくなのですがダンジョンの入口の所有権と、貴方が所有されているアイテムについてお話ししたいと思いますが宜しいですか?」


 宜しくないです。


 あ~、と少し遠い眼をしながらも、千早は渋々頷いた。


 しかし話を聞いてみてから、頷いて良かったと心底思う。

 なんと我が家の土地の売買契約についてだった。


 あちら側によると、現在国が管理しているものの当事者不在なため、手付かずの現状維持状態らしい。

 さらに家族が死亡とはいえ千早の生死が確認出来ていない。

 親族に相続という訳にもいかず、手詰まりで困り果てていたという。


「奥様の生存が確認されて、本当に助かりました。もし亡くなっていたら、奥様のご姉弟の間ですごい事になっていたかもしれません」


「あれらが何かしましたか? 申し訳ないです」


 いやいやとハンカチで額を拭う神埼の仕草に、今までの苦労が垣間見える。

 あれらの相手は千早もしたくない。

 言葉は通じるのに話が出来ないし、両親は真っ当なのに何であんなんが生まれたのか理解に苦しむ連中だ。


「まあ、ここで全部済ませましょう。売買にあたり、少々条件をつけたく思います」


「条件?」


 不思議そうな神埼に、千早は小さく頷いた。




「多分了承されると思います。ありがとうございます」


「宜しく御願いいたします」


 満面な笑みの二人。


 神埼によると国からの提示額は十五億。

 それを半額にまける代わりに、千早宅のダンジョンを一般解放する方向へ開拓してほしいと御願いしたのだ。


 事実、今はどこのダンジョンも国が管理しているため、一般人は立ち入る事が出来ない。

 しかし魔法の存在が確認されてから、人々の突き上げが激しく、どこかのダンジョンを解放しようという話が出ていたとか。


 そこに千早の申し出は渡りに舟。


 全く手付かずなダンジョンである。他の国家機密に溢れたダンジョンを改造しなおすより、ずっと楽で資金もかからない。


 御互いの利害がガッチリ組合わさり、契約はスムーズに終了した。


「しかし何でまた一般解放を? 我々は人々からの要望に応える形ですが、最上さんはダンジョンが発生してから日本の事情は御存じないのですよね?」


「存じ上げませんね。ただ私は半年間ダンジョンで女神様やドラゴンに助けられて暮らしました。彼等は新たな来訪者が訪れる事を、とても楽しみにしていた。仕事ではなく、自らの意思でダンジョンを踏破し、あちらに興味を持ってくれる人を増やしたい。まあ、ちょっとした恩返しのようなものです」


 はにかむ幼女の姿は、周囲をほっこりさせる。他意もなく邪気もなく、ただ受けた恩に報いるため。


 納得の顔を見せながら、神埼は彼にとって本命の話を始めた。土地の売買は国からの指示。


 彼の本来の目的は別にある。


「続いて最上さんに御話しがあります。単刀直入に申しましょう、最上さんが所持なさっている薬品の数々を適正価格で買い取らせていただきたい」


 真摯しんしな眼差しで神埼は千早を見つめた。




 彼の話によれば、今現在、ダンジョン産の薬品は救急医療にしか使われていないらしい。


 試験的な治験で万病に効くと分かっても、エリクサーは数本しかなく、求める人々は数千万。

 誰に優劣をつける訳にもいかず、早い者勝ちという訳にもいかない。完全な抽選で配布されていた。


 病人の家族が薬を求めてダンジョン解放を望んでいた経緯もある。


 上級ポーションであれば病気を治せずとも進行は防げる。病に喘ぐ人々には福音だったのだ。


「エリクサーまでとは申しません。せめて上級ポーションだけでも、幾ばくか譲って頂けませんか?」


 上級ポーションも抽選で重度の患者に配布されている。少しでも病の進行を防ぐために。


 価格が高価であるにも関わらず、人々は薬を求めて祈る思いで参加する。


 一縷いちるの希望が見えてしまったがために、人々の絶望は更に深くなってしまった。


「早急にダンジョンを解放すべきですね。魔力と素養があれば、ダンジョン産の薬品は作る事が出来るんです。非常にまれではありますが、才能ある人を発掘するには万人がダンジョンに入る必要があります」


 本来なら女神様案件だ。しかし、今ここに千早がいるという事が日本人に与えられたアドバンテージである。

 

 そして日本には既に下地があった。


 魔法を発現した者がおり、一般解放用のダンジョンが用意出来る。素地は十分だ。


「私は女神様の御力を借りてドラゴンから魔法や技術を学びました。力をつける手助けくらいは出来るかと思います。あとは人々の努力です。何しろ薬品の材料は、ダンジョン最下層の至高の間にしか無いのですから」


 そう。薬品を自力で作るなら至高の間でやるしかない。つまりドラゴンに認められる力をつけなくてはならないのだ。

 そこで学び練習し、初めてスタートラインに立てる。

 先は長いが可能性はゼロではない。


 千早の言葉に神埼の眼が見開かれ、その瞳には希望の光が輝いていた。


 千早は心の中で舌打ちをする。

 その期待が吉と出るか凶と出るか。全ては人々の努力しだいなのだから。


 真逆な思いを抱きつつも、二人は固く握手をした。

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