第12話 オカンと戸惑う人々 ~後編~

微妙な空気が充満するなか、一人の男性が人垣を掻き分けて現れた。


「ほう。これが報告にあった子供か」


 あからさまな上から目線。白髪混じりな髪をオールバックに撫で付けた白衣の男は、不躾なまでの視線で、千早を舐め回すかのように見つめる。


 なんだ、コイツ。キモ...っ


 別の意味でおぞける千早の頭を、白衣の男が鷲掴み強引に手前へ引き摺り出そうとする。


 途端、周囲がざわめいた。


「松前博士、子供に乱暴はっ」


「は? 子供? 五十の婆ぁだろうが。それでも研究対象としては十分だ。例の二人を使わせないなら、こっちで我慢してやる」


 なんの話か分からない口論を始めた男達を一瞥し、千早は鷲掴まれた頭を振り払った。

 白衣の男の手は簡単に外れ、振り払われた勢いでよろめき、信じられない物を見るような顔をしている。

 壮年の男の腕力が幼女に簡単に振り払われるとは思ってなかったのだろう。


 体術、魔法、剣術と、半年も爺様にしごかれたのだ。今さら一般人に負ける気はしない。


 十階層まで同行してきた探索者らも、千早には手玉に取られた。本物の戦闘職がである。

 千早の強さを草部達は知っていた。さらに彼女には魔法もある。だから、すんなり見送ってくれたのだ。


「そこを退いてくれ。私は家族の元に行くんだ」


 剣呑けんのんな眼差しに見据えられ、男達は竦み上がった。


 ダンジョン最下層からモンスターを蹴散らして上がって来た幼女。歴戦の強者である男達に、同じ強者の...いや、それ以上の鋭利な殺気が感じ取れない訳がない。

 しかし固唾を呑む彼等を余所に、空気の読めない馬鹿が一人いた。


「このガキがぁっ、大人に歯向かうなっ!」


 婆ぁかガキか、どっちかにしろや。


 顔を真っ赤にして激昂する白衣の男は、千早に拳を振り下ろす。

 あっという間の出来事で、千早の殺気に竦んでいた周囲は反応が遅れた。

 だが一瞬の閃光が走り、殴りつけたはずの白衣の男がぶっ飛んでいく。

 けたたましい音をたてて天井に激突し、落ちてきた白衣の男を千早は風魔法で受け止めた。男の口は血だらけで鼻が折れたのか、あらぬ方向を向いている。


 何が起きたか分からない。


 驚愕に眼を見開き言葉もない男達に、千早はニタリと微笑んだ。


「物理反射だよ。私に対する攻撃は二倍返しで相手に戻る。下手な気は起こさない方が良い」


 そして今度は冷気を纏い、自らの足元からパキパキ音をたてて周囲を凍らせていく。

 床から壁。部屋の空気が重さを増し、天井から氷柱が下がる頃には、部屋中の男達が腰を抜かしていた。


「実害がない氷にしたのは私の温情だ。わかりやすかろ? これが炎だったら、この拠点はどうなるかな? 私に敵対するなら容赦はしないよ」


 視覚、感覚に訴える効果は絶大。男達は全面降伏する。

 千早はダンジョン慣れした一人の探索者を道案内にもらい、そのまま上の階層に向かった。


 見送りに来た数人に、彼女はインベントリからエリクサー数本と数種類のポーションを出して渡す。


「私も加害者にはなりたくないからね。あの男は気に食わないが、これで適当に治してあげといて」


 出された薬品は一級品。

 エリクサーなど、まだ数本しか見つかってはいない。しかし彼等は、そんな事より別な事に驚いていた。


 ダンジョンに向かう千早の背中を見送りながら、一人がぼそりと呟く。


「これ今どこから出てきた?」


「....空気中?」


「ラノベにあったアイテムボックスって奴か?」


 本当にあるんだ。などと呟く男達。千早は知らず知らず女神様案件をもらしてしまっていた。


 ラノベが本当に教本化しているらしい日本である。




 ☆名もなき冒険者酒場


 ☆ここは情報交換の場です。特定の個人や事象に関しての誹謗中傷は御遠慮下さい。


 1.名もなき冒険者

 ぬあぁぁ、魔法キタ━(゜∀゜)━!


 2.名もなき冒険者

 マジか、コレっっ!!


 3.名もなき冒険者

 ダンジョン映像は良く流れるようになったが、これは.....秘匿案件じゃねーの?


 4.名もなき冒険者

 話によれば、この二人にしか使えないらしい。


 5.名もなき冒険者

 何か条件があるっぽいな、ダンジョン行きてー。


 6.名もなき冒険者

 超同意! 政府はダンジョンを解放すべきだよな。


 7.名もなき冒険者

 見たところファイアーボールか。....良いっ(о´∀`о)


 8.名もなき冒険者

 ダンジョンの存在や魔法薬とかから、有ると予想はされてたが。ガチで妄想が現実になったな。


 9.名もなき冒険者

 俺んとこダンジョン近いんだけど、既に暴動なっとるww


 10.名もなき冒険者

 マジかwwwww


 11.名もなき冒険者

 気持ちはわかるww


 12.名もなき冒険者

 スゴい人山。まだ増えてる。みんな、ダンジョンへ入れろって。ちょっと引くww


 13.名もなき冒険者

 まぁ、気持ちは分かるけど、やり過ぎもなぁ。


 14.名もなき冒険者

 ちょっ...ネットにヤバいの上がってきた。


 15.名もなき冒険者

 は? ナニコレ


 16.名もなき冒険者

 幼女? ローブ着た幼女が、モンスターに無双しとるっっ!!


 17.名もなき冒険者

 これ周りにいるの、さっきの探索者じゃん。魔法つかってた。機動隊の草部と木之本って奴。


 18.名もなき冒険者

 使ってる魔法のレベルが違くね? 風でモンスター細切れなんですが.....数秒で消えるとはいえグロイ。


 19.名もなき冒険者

 映像撮ってるのは、さらに周りの奴らか。隠し撮りっぽいな無理なアングル多い。


 20.名もなき冒険者

 うあー....肉焼いてる。肉浮いてるよ、おい。


 21.名もなき冒険者

 そしてカットして皿へって、なんたる才能の無駄遣いっっwwww


 22.名もなき冒険者

 それなww


 23.名もなき冒険者

 ってか、それより、おまいら気づかんのかっ! 今この幼女、どっから肉出した?!!


 24.名もなき冒険者

 へ?


 25.名もなき冒険者

 あ


 26.名もなき冒険者

 アイテムボックスかっ!


 27.名もなき冒険者

 マジで?


 27.名もなき冒険者

 .....ちょっとダンジョン行ってくる。


 28.名もなき冒険者

 俺も


 29.名もなき冒険者

 抜け駆けすんな、俺も行くっ!


 30.名もなき冒険者

 みんな、落ち着けって。


 31.名もなき冒険者

 ......誰もおらんのか。




 千早は一階層拠点にようやくに辿り着いた。


 初期の三階層は半端なく広く、身体強化をかけていて道案内がいても数時間はかかる有り様である。

 ここまでは走ってきたが、拠点からは歩く事にした。

 もう出口は目の前だ。焦る必要もない。建物の中を走る方が目立ってしまう。


「その....先ほどは申し訳ありませんでした」 


 しばらく同行して慣れたのか、道案内についてきた男性が気まずげに呟いた。名前は下平という。

 彼等は千早を止めろという命令しか受けてなく、危害は加えるな、応接室でもてなせと聞いていたらしい。

 しかし現れた幼女に困惑し、それらを説明する機会を失ったばかりか、馬鹿野郎様の暴走で危うく大惨事になるところだった。


「まぁねぇ。だけど、あの白衣のおっちゃん何者よ」


 千早は不躾で乱暴で下品な男を思い出す。


「アメリカの政府機関から、魔法の研究に来ている科学者です。日本側はダンジョンに関する事を一切秘匿していないのに、勝手に何か企んでるとかぎ回っている困った御仁です」


 下平は困ったを通り越したような忌々しい顔で説明した。実際、あの男が起こしたトラブルは数え切れない。


 態度は横柄、やる事は無茶苦茶。アメリカ政府機関から派遣という肩書きがなくば、とうにタコ殴りにされている。

 特に魔法を使える二人に対する執着が半端なく、何とか彼等をダンジョンから引き摺り出そうと、あの手この手で悪巧みしていた。

 ダンジョンの中は二人の仲間だらけだし、何より彼等は魔法が使える。手を出す隙がない。


 事が如実にょじつになったのは、ある時の食事。


 二人の食事に毒が仕込まれていたのだ。


 共に食事をと科学者に望まれ、致し方なく着いた席での事。警戒心全開な二人は当然食事を鑑定。

 結果、自白と洗脳を促す強い薬が混入していた。

 じっとり眼をすわらせた二人は、相手に皿の交換を申し出た。疑うのかと激昂し喚き散らす男を見据え、草部が面倒臭そうに吐き捨てる。


「だったら、この料理食べてみろ。一口でも食べたら信用してやるよ」


 途端、科学者はピタリと口を閉ざし、あらぬ方向へ眼を泳がせ出す。その態度は、一口でさえヤバい薬なのだと物語っていた。


 あからさますぎだろ。腹芸の一つも出来んのか。


 以来、二人は中層から戻らなくなり、科学者ら側は手も足も出せなくなったのだ。

 中層は探索者の中でも強者にしか徘徊出来ない。


 今回の暴挙は、そのフラストレーションからだろう。本当に申し訳ない事をした。


 そう説明し、下平は千早に頭を下げた。


「まぁ、どこにでもいるやな、そういう輩はw」


 自滅して血だらけになった白衣の男を思い出し、千早は人の悪い顔でほくそ笑む。


 そうこうしているうちに、前方から小走りな集団がやってきた。彼等は焦燥気味に周囲を見渡して、千早と下平を見つけると、ほっとしたように笑顔で駆け寄って来る。


「最上さんと下平班長ですね? 私は医局の中務と言います。御二人を応接室に御案内するよう申しつかりました。どうぞ、こちらへ」


 医局?


 まぁた厄介事の匂いがプンプンする。


 千早は、うんざりした顔で中務に案内されるがまま、応接室へと向かった。

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