第14話 オカンと side・地球 ~2~

「今の手持ちで出せるのは、こんなもんかな」


 千早はテーブルの上に、ずらっと薬品を並べた。


 エリクサー四十二本、上級ポーション百本、ポーション三百本。全て通常より二割増しの効果。

 最高級の素材で作ってあるため、ダンジョンの宝箱から出る物よりも効果が高い。

 練習で作った物ばかりだが、役にたつなら出し惜しみはしない。念のため数本ずつインベントリに残してあるが、ほぼ全部出した。


「.........」


「もう少しなら作る事も出来るよ。素材は持ってるから。いる?」


 言葉もなく惚けていた神埼が、バッと千早を振り返った。


「是非ッ!」


 即答である。苦笑しつつ千早はインベントリから道具を取り出す。

 乾燥、抽出、配合。魔力を使って何もなしでも作れるが、道具を利用した方が手間がはぶけ、品質も高くなる。


「ここ借りて良い?」


 出された道具をしげしげと見つめていた神埼は、千早の言葉に、弾かれるよう顔を上げた。


「見学していても宜しいですか?」


 ミスリルすら削りそうなほど、熱のこもった真剣な眼差し。千早はチラっと神埼を鑑定する。


ツトム カンザキ 38歳 レベル12


職業 自衛官 治癒師


称号 ダンジョンで命を繋ぐ者


体力211 筋力147 俊敏115 器用186


知力352 魔力421 知略288 野心129


祝福 地球の神々の愛し子


スキル 薬学中 錬金小 回復魔法小


加護 地球の神々の加護 


 千早は眼を見張る。


「あんた称号持ちか」


 驚くような千早の言葉に、更に驚いていたのは神埼だった。




「鑑定持ちでしたか。はい。称号を頂きました」


 苦笑しながら神埼が話すには、ダンジョンの中に政府の救急治療所が置かれ、病院では間に合わないと判断された重症患者が運び込まれるようになったらしい。


 ポーションで様子をうかがい、反応が悪ければ追加のポーションを与える。

 医療の心得がある自衛官が中心となり、ダンジョン救急医療は回っているそうだ。

 大抵の重症者ならポーション数本で地上の病院に回せるくらい回復する。


 虫の息な者を持ち直させる場として大活躍していた。


 そんなある日、明らかに手遅れと思われる患者が運び込まれる。上級ポーションすらも効果がなく、か細い息の下、今にも命尽きそうな幼子。泣き叫ぶ両親。


 そして彼の手元には一本のエリクサー。


 迷う事なく、彼は幼子にエリクサーを使用した。


 結果、幼子は全快したが、上に納品しなくてはならない貴重な薬品の不正使用で彼は降格となり、ダンジョン救急治療所から今の収集運搬班に移動となったのだ。


 しかし幼子を救った彼の脳裏にはシグナルが走る。


《ダンジョンで命を繋ぐ者を確認しました。称号が与えられます》


 医療の場から外された彼は、この事を上に報告しなかった。


「私がした事は業務違反です。ペナルティがあるべき行為なのに、称号がついた事でおとがめ無しになったら、組織の規律が乱れます。称号目当てにイレギュラーな事をする輩も増えるかもしれない。ゆえに黙っていました」


 なるほど。


 千早は彼の思慮深さに納得を示す。


 それでも医療に関わっていたい彼は、運び込まれた薬品や薬草の解析、研究を独自に続けていたらしい。


 それで薬学が中な訳か。この分なら他にもスキルが生えてる人がゴロゴロいそうだ。


 千早はニンマリとほくそ笑む。


「したら、調合は神埼さんにまかせよう。あんた薬学中なってるし、錬金もある。頑張れば上級ポーションくらい作れるよ」


「え?」 


 すっとんきょうな声を上げる神埼の前で、千早はフードを下ろした。


「やり方は、コレが教えてくれるから」


 千早は頭に蹲る逆鱗様をムンズと掴むと神埼の前に差し出す。

 狼狽える神埼を余所に、逆鱗様はパタパタと飛び上がり、千早を正面から睨みつけた。


『これ、そなた。我はそなたの傍にいるため、この分身を遣わしたのだぞ。置いて行こうなど、言語道断!!』


 憤慨もあらわな逆鱗様を千早は涼しい顔で睨み返す。


「爺様、豆大福食っただろう? お礼の一つでもしたら良いべさ。働かざる者食うべからずだ」


 ぐっと詰まる逆鱗様に、心配そうな神埼がうかがうように話かけた。


「あの...ドラゴンさん、で良いでしょうか? 教えて頂けるなら、是非とも御教示願いたい」


 そっと掌に逆鱗様を乗せ、神埼は真剣な眼で懇願する。覚悟を秘めた真摯な眼差し。

 逆鱗様は暫し考え、溜め息をつくように神埼に頷いた。


 何処の世界にも、このような人間はいるものだ。


 何も考えず邪気がなく、己の信念に忠実な人間。

 人の世にあって、一種の清涼剤のように周囲を穏やかに導く得難い人材。


 そして、このような人間ほど早くに逝く。


 爺様は過去を振り返り、彼が異世界と同じ轍を践まぬようにと心に決める。


『良かろう。お主には素養もある。励めよ』


「はいっ!」


 子供のように純粋な瞳で頷く神埼。

 土地の売買契約のために人払いされていなくば、普段は冷静沈着で物静かな彼とのギャップに、周囲を混乱に陥れていた事だろう。

 ダンジョンが出来てから不思議な生き物や薬品。魔法や精霊がこちらに定着しつつある。逆鱗様を見ても、誰も慌てないのが良い証拠。


 ふわりと柔らかく微笑み、千早は軽く伸びをする。


「じゃ、私は墓参り行ってくるわ」


「入り口まで送ります」


 神埼は逆鱗様を肩に乗せて入り口まで道案内をしてくれた。


 綺麗に設えられた建物。完璧にダンジョン内が砦化している。見事なものだ。

 感心しながら歩いていた千早の耳に、けたたましいサイレンが聞こえる。

 とっさに眼をやると、救急搬送された患者が医局に運び込まれるところだった。


 ああいう感じか。


 千早が珍しそうな眼差しで見ている横で、神埼が訝しげに眼をすがめる。


「今の....総理大臣じゃ?」


「へぁ?」


 それってヤバくないか? ここって虫の息な患者が運び込まれるんだよね?


 千早の予感は当たったらしく、神埼が慌てた様子で医局に走り出した。

 千早もテチテチ後を追う。


 医局は上を下への大騒ぎだった。


「すぐにエリクサーをっ!! 収集班に無いか問い合わせしてくれっ!!」


「先日抽選が行われたばかりです。無いかと...」


 慌ただしく巡る医局の会話に、神埼が叫んだ。


「ありますっ! さっき補充されました、回しますっ!!」


 いつの間にか居合わせていた神埼に医師らの瞳が輝いた。

 神埼が取り出したインカムから、収集班に連絡を入れるのを眺めつつ、千早は神埼の裾を引く。


「エリクサーあるよ」


 インベントリから出したエリクサーをかかげる幼女に周囲の視線が集まった。

 それを引ったくるように受け取り、医師の一人が点滴からエリクサーを流し込もうとした瞬間。

 患者に繋がる機器が、心肺停止を伝える。

 医師らは諦めずエリクサーを投与し、AEDを試みるが、患者の心臓は静止したままだった。


「嘘だろ....」


 死んだ者にエリクサーの効果はない。


 崩折れるように床に付した医師の台詞に、千早は難しい顔をして天井を見上げる。


『そなた何を考えておる? 許さんぞ』


 爺様にはお見通しか。


 千早は、苦々しく顔を歪めた。


「必要なんだよ、爺様。さっきの一般開放ダンジョンの話は、ここにいる患者が相手なんだ。つまり、この患者が死んだら、ダンジョンの話は白紙に戻る可能性がある。新しい総理がどう判断するかも分からない。かなり計画が先送りになる事も考えられる」


『むうっ....』


 周囲には分からない二人の会話。しかし、その会話の端々からは一縷の希望が垣間見えた。

 捉えざる希望に固唾を呑む周囲を一瞥し、千早は鋭い眼差しで吐き捨てる。


「今からここで起こる事は他言無用! エリクサーで全快したと上には報告してくれ!!」


 コクコクと頷く周囲を確認し、千早は素材を出して調合を始めた。

 作り方はエリクサーと同じ。ただ最後に加える花がある。

 至高の間でしか採取出来ない。しかも朝方の露をたっぷりと含んだ蕾限定。つまり至高の間にあっても、ほんの数十分しか採取のチャンスがない、超希少素材。

 至高の間の泉に咲く、蓮に似た花。アムリタである。インベントリを持つ千早だったからこそ、今ここに所持していたのだ。


 あちらの世界でも既に失われつつある古代術。それを知る千早が、この場にいた事が総理にとって僥幸だった。


 各種素材を調合しアムリタを加えた瞬間、千早の手の中に目映い光が満ちる。

 溢れるように零れ落ちた光が消え、そこには一本のガラス瓶。


 微かな金色を放つ琥珀色の液体は、総理大臣を死から甦らせた。


 神薬アムリタ


 霊薬エリクサーの上位。

 二十四時間以内であれば、死者をも甦らせる。世界の理に反する作用を起こすため、作った術者に十年分の老化作用が起きる。


 自分が幼児でなかったら、作ろうともおもわなかったわー.....反作用がエグすぎる。


 アムリタの制作には、薬学極、錬金極と古代術式の知識が必要となり、さらには超希少素材アムリタが必須だった。

 本来、至高の間には四時間しか滞在出来ない。入る時間帯によっては採取すら出来ないのである。


 半年もあそこで暮らした千早がイレギュラーなのだ。


 しかも希少素材をふんだんに使ってスキル上げをしたため、僅か半年でスキルが極になった。

 本来これも人が半生をかけてようやく至る境地である。

 色々な事情が重なったとは言え、結果として千早は人外の範疇に棲息するはめになったのだ。


 .......神様ェ。


 うんざりと天井を仰ぐ千早だが、ふと訝しげに眼を細める。


 アタシ成長してなくね?


 アムリタによる反作用が起きていない。


 不思議そうに身体を見回す千早に、呆れたような逆鱗様の声が聞こえた。


『あほうか、そなたは。そなたが無茶をせぬよう黙っていたが、そなたに加護を与えていた神々は五百万にのぼる』


 だから?


 小さく首を傾げる千早に、逆鱗様は残念な子を見るような顔で呟いた。


『そなたに作用した逆行効果は数十年。つまりあと数百万年分効果が残っているという事だ』


 はい?


 待て。待て待て待て。


「待てやーっ、まさか、私はそれが尽きるまで成長出来ないって事かっっ?!!」


 コックリと無慈悲に頷く逆鱗様。


「嘘だろーっ、誰得だよーっっ!! 勘弁してくれーっ!!!」


 相変わらず何処でも絶叫を響かせる千早であった。


 彼女の生活に平穏の二文字は無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る