第8話 オカンと探索者 ~前編~
「だぁぁぁっ」
翌日、千早は裁定の間から、ダンジョンの深層を駆け巡っていた。
後ろからは大音響をたてて、体長五メートルは有ろうかという角の生えた一つ目巨人が彼女を追いかけている。
巨人が踏み出す足の振動に飛び上がりながら、千早は一直線に裁定の間の扉へ駆け込んだ。
そこには開け放たれた扉の枠に沿って、ミスリルで出来た格子が嵌まっており、真ん中に50センチほどの隙間があるのみ。
巨人の身体では通り抜ける事は出来ず、荒ぶる巨人が打ち付ける拳に、強靭なミスリルはビクともしない。
「っしゃっ!」
裁定の間に滑り込んだ千早は、反転して攻撃に移る。
頭上に挙げた掌の間に魔力を練り、無数の氷柱を生み出した。
長さ一メートルほどの氷柱は鋭利な先端を保持し、千早はそれらを巨人に向けて放つ。
一気に放たれた氷柱は、ミスリルの格子の隙間から一つ目の巨体を
「があぁぁああっ」
無数の氷柱に串刺しにされた巨人は、そのまま打ち抜かれた反動で後ろに倒れ、霧散した。
あとに残るは拳大の魔石と巨大な骨。
「ぃえっすっ!」
巨人を倒し、拳を振り上げてはしゃぐ千早の背後から、彼女は刺さるような冷たい視線を感じる。
まぁ、分かるんだけどさ。仕方ないじゃん?
そう考えつつも千早は、じっとりとした半眼で後ろを振り返った。
そこにはドラゴン。呆れ果てた眼差しで千早を見つめている。
『そなた、それは戦うというのか?』
「幼女に無茶ぶりする爺さんに言われたくないわっ」
涙目で睨む幼子にドラゴンは顔をしかめ、頭痛を覚えた。
本日の朝、起き抜けの千早は御飯を食べた途端、ドラゴンに襟首を咥えて拉致られ、裁定の間からダンジョン深層に放り出されたのだ。
何事かとパニクる千早に、ドラゴンは涼しげな顔で、モンスターを倒して来い。ノルマは五匹。だと宣った。
そして至高の間の扉前に蹲り、完全に逃げ道を封じたのである。
「ざけんなぁーっ!」
ダンジョンの隅々まで、千早の絶叫が響き渡った。
そして今に至る。
自分でも分かってる。こんなんハメ技だ。邪道だ。
しかし、この小っさい身体で他にどーしろっつーんじゃっっ!!
鼻白らむドラゴンの咎めるような視線に晒されながらも、千早はモンスターを倒していく。
昨日の鉱石の残りをインベントリに仕舞っておいた自分を誉めてやりたい。それが無くば完全に詰んでいた。
開かれた扉に格子を嵌め込んだ時のドラゴンのすっとんきょうな顔には少し笑ったがww
千早は攻撃魔法が使えるようにはなったが、まだ慣れていないため、イメージを伝えるのに数秒の間が出来る。
ラスボス前の最下層で数秒の間は命取りだ。とても正面切って闘う勇気はない。
モンスターを倒すたびに毎回上がるレベルと、自動回復極のおかげで、魔力も体力も尽きる事はなく、少し休めばフルになる。
今更ながらシメジな女神様の恩恵に心から感謝した。
そろそろ昼時かな?
千早は自分の腹時計がキュルキュル鳴るのを感じ、テチテチとドラゴンの横にやってきて座る。
そしてインベントリから一昨日作ったウサギの串焼きを、すちゃっと両手に取り出した。
もっしゃもっしゃと片方の串焼きを食べながら、彼女はもう片方をドラゴンに差し出す。
「爺様も食え」
差し出された串焼きを一口で掻き取り、ドラゴンはゆっくりと咀嚼した。
生肉とは違う芳ばしい歯応え。幾久しく口にしていなかった人間の食べ物。
懐かしい味を堪能しながら、ドラゴンは頬一杯に肉を詰め込む幼子を見下ろす。
その姿はまるでリスかハムスターだった。
『そなた、女神様の御力を信じぬのか?』
「は?」
千早は先ほど、女神様に感謝したばかりである。信じていない訳がない。
訳が分からず、彼女は小首を傾げた。
小動物のようなその仕草に、ドラゴンの眼が優しくすがめられる。
『そのローブには物理も魔法も効かぬ。何故それほど恐れておる?』
ああ、と、千早はドラゴンの質問の意味を理解した。なんと説明したものか。
「ん~、爺様はゲームって知ってる?」
『いや、知らぬな』
「ようは物語みたいなもんで、自分の分身が、その物語の中で自由に動くんだ。今みたいに、生産したり冒険したり。その分身が傷つき倒され死ぬ。本物ではないから、私はなんともない。でも窮地に陥って死ぬ感覚やイメージは共有している。ここは、それが現実なんだ。一歩間違えば死ぬ。ゲームで培われたイメージが、すごくリアルで鳥肌がたつ。理屈じゃなく怖い」
千早は地球世界でも稀なほど安全な国で育った。
命の危険など感じた事はない。ゆえにゲームで培われた生死感が命綱だと思っている。
実際、ここにいるのはモンスターだ。自分など瞬殺出来る化け物達。一撃でも食らえば、HPのバーが尽きるのは眼にみえている。
女神様を信じぬ訳ではない。しかし、ラスボス前の最下層でモンスターの攻撃に耐えられる五歳児のイメージは、全く浮かばない。
「つまり、私は臆病なんだよ。いじめないでおくれ」
心許無げに、へにょっと笑う幼子。ドラゴンはまるで自分が、無慈悲な無理難題で追い詰めているような罪悪感を感じる。
事実、無理難題なんだが、出来るとやれるの違いは日本海溝より深い。
難しい顔をするドラゴンの鼻面を撫で、千早は悪戯気に微笑んだ。
「爺様は強いから分からんかもなぁ。」
『そなたには力がある。やれるのだぞ?』
そう確信しているから、自分はモンスターと闘わせているのだ。現に倒しているではないか。
憮然とするドラゴンに、千早は思わず吹き出す。
「わかっているよ。だから、まぁ、まずは倒す事からで勘弁してくれ。倒す事に慣れたら、闘う事も頑張るからwww」
苦笑しながらドラゴンの鼻先をポンポンと叩くと、千早は再び巨人を釣りにダンジョンへ入っていった。
千早はテチテチとダンジョンを闊歩していく。
だいぶ慣れてきた。この階層のモンスターは一つ目巨人ばかり。最初はビビったが、図体だけで速さは然程ない。
鑑定でもレベル30前後な相手だ。巨人を倒していくうちに千早のレベルは50を越えていた。先手を取れるなら負ける相手ではない。
ただ奴等は数が多いのだ、大抵三匹くらいで固まっている。一匹ずつ釣らないと怖くて闘えたモノじゃない。
「一つ目はおらんかね~」
暢気に呟きながら千早がまだ知らぬ通路を歩いていると、ガキン、ガキンと、鈍い金属音が聞こえてきた。
重く鈍いが、鋭く響く音につられ、彼女はさらに奥へと駆け出す。
「圭、いけるかっ?」
「きっついわぁ、皆大丈夫?」
そこには十人ほどの男達。草部と木之本を筆頭とした、地球側からの探索班である。
木之本が魔法を獲得してから、ダンジョン探索は飛躍的に速度を上げた。
雑魚敵の群れなど一掃出来るのだから、その速さは尋常ではない。
しかも魔法はイメージだ。
自身の持つ魔力はイメージで姿を変える。精霊の支援を得て、魔法やスキルなどに利用するのだ。
この二人ほど、それに適した人材は存在しない。
しかし、イメージを固めるのに少なくない時間を必要とする。
ほんの十数秒ほどだが、一撃で倒せない相手には致命傷だった。確実に反撃を食らってしまう。
それを補うため、ダンジョン慣れした有志が壁役として二人の探索に同行するようになった。
そんなチームが現在、千早の目の前にいる。
信じられない眼差しで眼を見開く彼女の姿に、壁役の一人が気がついた。
「なっ、子供?! 子供がいるっ」
「は?」
彼らは三匹の巨人に囲まれ、壁役が二人一組で一匹ずつ抑えに回っていた。
「来るなよ、危ないぞっ」
千早に向けたものだろう。警告する壁役の言葉に、木之本が人の悪い笑みを浮かべる。
「こんなところにいる幼児が、只者な訳ないっしょー、むしろモンスターの仲間だったら、危ないのは、俺らだしwww」
「怖い事言うなぁぁぁっ、ダンジョンの深層で人型のモンスターって、悪い予感しかしねぇっっ」
情けない草部の絶叫を聞きながら、しだいに眼をすわらせていく幼女。
誰がモンスターだ、失礼な。
苦虫を噛み潰したかのような顔で、千早は魔力を練る。右手に氷。左手に風。
今までの戦闘で、巨人を倒すのに必要な魔力量は分かっていた。
木之本と草部は一匹に集中攻撃している。なれば、あと二匹は引き受けよう。
壁役がヘイトを稼いでいる今がチャンス。
千早は氷柱とカマイタチで二匹の巨人を瞬殺した。
倒れ霧散する巨体。
「はへ?」
瞬殺された巨人の残したアイテムを呆然と見つめる草部らに、千早は顎をしゃくる。
「とっとと倒してよ。落ち着いて話も出来ない」
可愛らしい幼女の高い声。だが草部らには、そのいたいけない姿が、この世のモノとは思えないほど恐ろしい化け物にみえた。
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