第7話 オカンは職人始めます
「爺様ーっ、取ってきたよー」
深い森の中から駆けてくる幼女。
蒼いローブに身を包み、背後から大きな籠がフワフワ浮かびながらついてくる。
まるで、ツインビーの子機みたいだなww
懐かしい物を見るような眼で、千早は背後をチラ見した。
籠の中には大小様々な鉱石。青や赤など、色味を帯びた物も混ざる銀や鉄。
ドラゴンの爺様に言われて、千早は森の奥にある洞窟から色々な鉱石を拾い集めていた。
ダンジョンの不思議洞窟には各種鉱石が無造作に落ちている。拾い切っても、翌日には元のように落ちていた。採掘が必要ない無限湧き鉱石スポットである。
シメジな女神様が言ってたとおり、この至高の間は資源の尽きぬ、生産職人、
ゲームに存在してたら、私だって引き籠る自信がある。
そんな不思議洞窟から、ここ3日ほど拾い集め、爺様の前には、千早の背の高さくらいまで、様々な鉱石が山になって積み上がっていた。
『ふむ。これだけあれば良かろうて』
ドラゴンは千早の魔力の上がりに合わせて、薬学、錬金、彫金など徐々に教え、今回からは鍛冶。それも、錬金彫金を複合した上位を学ばせようと思っている。
千早のレベルは36。異世界であればいっぱしのハンターレベルだ。彼女は覚えも良く他のスキルも中~大まで育っていた。
伊達に半世紀生きてきてはおらぬな。理解力が高い。
サポートするスキルが高ければ、鍛冶が小でも良い物が作れるし、上位にトライすればスキルも飛躍的に大きく上がる。
学ばせ甲斐があるな。
エンシェントドラゴンは、うっそりと微笑んだ。
ドラゴンは千早を鉱石の山の前に座らせ、武器をイメージするよう伝えた。
硬く。鋭く。あるいは
造る武器をイメージして、なるべく正確に。錬金や彫金のイメージも折り合わせて、自分の中にある武器を造り上げる。
『魔法は、そなたのイメージが根元となる。魔力を練り上げれば魔法や精霊が、そなたのイメージどおりの加工を素材に加える。そなたは鍛冶を理解しておるか?』
「理屈としては。経験はないけど仕組みは知ってるかな」
本やネットの知識だ。暇潰しに游いだネットの知識が、こんなとこで役にたとうとは。
『十分だ。素材は腐るほどある。いくらでも練習しなさい』
千早は、ふんすっと意気込むと、丈夫そうな鉱石を両手に持ち、魔力を加えていく。
薬学で無数の薬品類を。各種薬草の効果や特色についても学び、尽きる事のない素材を使って散々作った。
それが終われば錬金術。錬金術は薬学と交差する物もあり、次の彫金には錬金と交差する物がある。
ドラゴンの爺様が生産に必要な順で、懇切丁寧に教えてくれているのが良く分かった。
たんぱく質騒動からこちら、ドラゴンは千早に生きる術から教え始める。
まだ小さいし、草食でも構わないだろうとドラゴンが思っていた幼子は、実はかなりの肉食である事が判明し、早急な現状打破が必要だと実感したのだ。
暫くして、たんぱく質のゲットに問題はなくなったが、モノはついでだと、ドラゴンは千早のレベルに応じてスキル上げを始める。
千早の知らぬ異世界の理や常識を織り交ぜ、他愛ない雑学なども含めたドラゴンの授業は、とても楽しかった。
無邪気な幼子に眼を細めて、更にドラゴンは千早のやる気を引き出すため、目の前に人参をぶら下げる。
なんと、彼女の作った物はダンジョンの宝箱に入るというのだ。
女神様が用意した初回限定アイテム以外は、ダンジョンを任された裁定者が造るという。
宝箱は中身が回収されると消滅し、ランダムで新たなアイテムが入った状態で復活する。
貴金属で出来た宝箱はレア物で、女神様が用意した初回限定のみ。これは回収されず発見者の物になるが、一定時間放置されると回収され、今宝物庫にある物で最上位な物が入った宝箱として復活するらしい。
だから裁定者の傾向によって宝箱の中身は変わる。
錬金が得意な者なら薬や魔道具。彫金ならアクセサリーや暗器。鍛冶なら武器や防具といった感じだ。
ちなみに爺様はオールマイティー。気分次第で暇潰しに何でも作っていた。
つまり、ここで千早が良い物を作れば、これから訪れるであろう地球の人々の助けとなるのだ。
スキル上げの練習で、沢山の薬や魔道具。魔法付与したアクセサリーなど今も追加で作っている。
さらには武器防具だ。俄然燃えてきた。想像しただけでモチベーションが上がる。
早く誰かがダンジョンを踏破してくれるよう、彼女は今日も生産に励むのだった。
現役ゲーマーを舐めるなし。ファミコン初期世代。
こちとら、各種ゲーム機初期から現在まで網羅し、PCにいたっては電話カプラの頃からやり込んできたのだ。
記号が動くだけのRPGからドット絵。現代のCGに至るまで。四十年以上ゲームの進化を見守ってきた筋金入りである。
あっという間にコツを掴んで、強力な武器防具を造ってやろう。早く地球人が、ダンジョン踏破出来るように。
千早は真剣な眼差しで鉱石を見つめた。
たが彼女は気づいていない。価値の高い物ほど、深層にしか配置されないという事を。
己の努力の空回りに、全く気づかず生産に励む幼子を見つめながら、ドラゴンは程ほどなモノを作り、ダンジョンの宝物庫に投げ入れる。
ここからランダムで宝箱に分配されているのだ。
何事も程ほどが一番なんじゃがな。
しかし彼女のやる気に水を差す事はせず、ドラゴンはチマチマと内職に勤しんだ。
千早はイメージする。熱く
そこに彼女は槌打つ。何度も。高速で。鉱石はイメージ通りに平たくのばされた。
そして水のイメージ。突然冷やされた鉱石は硬度を増す。次いで再び熱のイメージ。それらを繰り返し折り返し、最後に損壊不可のイメージを加えて、刃こぼれや切れ味の鈍らない風の魔力をコーティングする。
眼をすがめ、額に汗を浮かばせながら、千早はイメージに魔力を込めて完成させた。
「出来た」
彼女の手には、鋭利な一本の短剣。
千早の呟きで内職の手を止めたドラゴンは、ほんのり輝く短剣に眼を見開いた。
.....なんだ、これは。
そこに存在する、有り得ない一振りに、ドラゴンは絶句する。
《ミスリルの短剣》
上質なミスリルで造られた短剣。製作者の魔力によって非常に丈夫に作られており損壊不可。これ以上ないほど打ち抜かれ、きめの細かい本体は、とても良く魔力を通す。
千早メイド・No.1
『あ~.....』
まさかナンバーズが作られようとは。
鑑定結果にドラゴンは頭を抱えた。
ナンバーズ。それは職人を極めた者が女神様の祝福を受け、初めて制作可能になる一品。初心者に作れるような代物ではない。
千早は鍛冶は初心者なれど他のスキルはかなり高い。合わせて精霊支援極と全属性魔法極が、思わぬ効果を発揮したのだろう。
眉間を寄せて考え込むドラゴンに、千早の不安げな声が聞こえた。
「もしかして、失敗してる?」
恐る恐るかけられた声にドラゴンは苦笑し、軽く首を振る。
『いや、良く出来ておる。武器と防具を各種一揃え作ったら終わりにしよう』
どうせ手に入れるのは地球人だ。問題あるまい。
安堵に微笑む幼子は、安心したかのように再び鍛冶を再開した。
そんな千早をチラ見しつつ、ドラゴンはそっと鉱石の山からアダマンタイトとオリハルコンを抜き出し、素早く宝物庫に投げ込んだ。
ミスリルであの出来である。さらに上位な素材で作られたら、眼も当てられない。世界の均衡が狂ってしまう。
この場から素材を隠して、冷や汗をかきながらも安堵の息をつくドラゴンだったが、その素材が宝箱を経由して日本人に渡り、さらには後に千早の元へ届くのは御愛嬌である。
「よし、これで一揃い出来た」
額の汗を拭う千早の前には、武器防具が十二個ずつ並んでいた。
各種それぞれナンバーズ。
1から12までの番号の振られた武器防具は、微かな光を放ち、魔法付与がされている事を見る人に知らしめる。
『.....』
ナンバーが上がるにしたがい、凶悪なほどの効果付与。二桁番を造る頃には鍛冶スキルも上がっていたのだろう。かなりヤバい代物になっている。創世神シリーズに負けていない。
しかもサポートに使われたせいか、錬金と彫金が極になっていた。
ドラゴンは少し遠い眼をして、知識を与え過ぎた事を後悔する。
覚えが良いからと調子に乗りすぎたかのう。関連性があったから、古代系魔法も技術も大分教授してしもうた。
こんな予定ではなかったんじゃが....
しかし、ふとドラゴンは鑑定中の武器防具に違和感を覚える。
防具は武器程に硬質ではなく、良い意味で均一。悪く言えば平凡だった。
むろん出来は平均以上だし、魔法付与などで十分創世神シリーズに負けない性能なのだが、武器が開幕非常識な出来上がりだったため、後に造ったはずの防具が平均値だった事が気にかかったのだ。
『そなた防具を造るのは苦手か? 武器と比べて精細さに欠けておる気がするが』
訝るようなドラゴンに、千早は頭をかいて苦笑いを返す。
「あ~、苦手かも。武器は槌打つイメージ固めやすいんだけどね。日本刀ってイメージかな。防具は分からないから、板金でのばすイメージしかつけられなかったなり」
日本刀?
言われて、ドラゴンはスキルを鑑定から解析に切り替え、ナンバー1の短剣を見つめる。
短剣は刀身に幾千幾万もの層が重なっており、鋭く磨き上げられた刃には美しい波模様が浮かんでいた。
切れ味を追及し極めた日本の技術。本来であれば一級の繊細な職人技を必要とするそれを、彼女は想像力で補い完成させていた。
しかも細やかな手入れが必要な弱点を、損壊不可の魔法付与で打ち消している。
『これは....なんと』
初めて見る技術。強靭で美しいとドラゴンは素直に感動した。
絶句するドラゴンを余所に、千早はやり遂げた感満載で草原に寝転ぶと、大きく深呼吸する。かなり魔力を使って疲れてもいた。
それでも顔には満面の笑顔が浮かぶ。
魚から始まって、鳥にウサギに鹿にと。倒せる動物も増えてきた。たんぱく質ゲットに不安もない。レベルが上がったおかげだ。
体力も魔力も四桁を越えたあたりからスキル上げが始まり、気がつけば半年。退屈する暇もなく現在に至る。
爺様のおかげよなぁ。
未だ絶句したままのドラゴンを優しい眼差しで千早は見つめた。
彼がいなくば、自分は孤独に殺されたかもしれない。
終わりの見えない孤独というのは、それだけ想像を絶する過酷さなのだ。
岩窟王を尊敬できるわ。モンテ・クリスト伯、貴方は偉大だ。
半世紀以上生きてきて、自分が存外脆いという事実を初めて自覚する千早であった。
そんな千早を一瞥し、ドラゴンはおもむろに口を開く。
『そなたもレベルであれば一人前になっておる。そろそろ戦闘も練習してみるか?』
真顔なドラゴンの瞳には、真ん丸目玉で唖然とする幼子の姿が映っていた。
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