第9話 オカンと探索者 ~後編~

 

 草部くさかべ達は何とか巨人を倒すと、肩で息をしながら床にヘタりこんだ。


 みんな満身創痍とはいかないまでも、かなり擦り傷だらけで疲労の色も濃い。

 近寄ってきた千早に、木之本きのもとが片手を出して魔力をためる。威嚇のようだ。


「日本語通じるよね? 止まって。あんた何者?」


 警戒を隠さない鋭い眼差し。千早は軽く眉を跳ね上げて男達を一瞥いちべつし、鑑定した。


アツシ クサカベ レベル21


職業 機動隊員 探索者


称号 地球のダンジョンに初めて足を踏み入れし者 地球で初めて魔を操りし者


体力244 筋力145 俊敏106 器用98


知力121 魔力586 知略139 野心211


祝福 地球の神々の愛し子


スキル 魔力操作中 火の精霊支援中 水の精霊支援中 片手斧中 盾小 


固有スキル 鑑定


 なるほど。機動隊か。


 もう片方も似たようなレベルとスキルだった。

 この二人が頭ひとつ飛び出してる感じで、ほかの男らはレベル15前後。魔法の素養は無い。


 無言で自分たちを見つめる幼女に、木之本が狼狽えて吐き捨てる。


「見えない。鑑定が弾かれる」


 おや? 千早は首を傾げた。


 二人は鑑定持ちだ。なのに私のステータスが見えない? 鑑定は万能じゃないのかな。分からん。爺様に聞くか。


 眼に見えて狼狽えだした彼らを手招きし、千早は暢気な声音で自己紹介した。


最上もがみ千早ちはやなり。ダンジョン生成に自宅が巻き込まれて、ここで暮らすはめになっただけの日本人だよ」


 絶句する男達を後目に、幼女はスタスタとダンジョン奥深くへ歩いていく。

 上質な蒼いローブと違い、皮を縫い合わせただけのような簡素な靴。

 見るからに怪しげな彼女の姿。

  

 地球の探索班達は、訝しげに顔を見合わせたが、他に手掛かりもない。ダンジョンを踏破して謎を解き明かすのが彼等の目的だった。


「毒を喰らわば皿までだ」


 草部の呟きに頷き、彼等は前を行く幼子の後を追っていった。


 テチテチ歩く千早に、草部が怪訝そうに話しかける。


「ダンジョン生成に巻き込まれたって、半年も前の話だよな? その間、ずっとここに?」


「そだよ」


 何の感情もない幼女の返事。


「食べ物は?」


「奥に職人垂涎の採取、採掘エリアがあってね。そこには森も川も泉もあるんだ。魚や動物もいる。セーフティエリアだから、モンスターはいない。まぁ、食べるだけなら何とでもなるかな」


 そんなエリアがっ?!


 草部達は眼を輝かせて千早の話を聞いていた。


 そしてしばらく行くと大きな扉に辿り着く。 

 重厚な観音開きの扉は開け放たれ、入口には銀色に輝く格子が嵌まっていた。


 幼女はその隙間にスルリと入っていく。


「ちょっ....」


 慌てる男達の声に振り返った千早が、ああ、と呟き軽く手をかざした。

 途端、空気に溶けるかのように銀色の格子が消え失せる。七色に光り霧散した格子。

 神秘的な光景に唖然とする男達を放置して、幼女は奥の暗がりへ話しかけた。


「爺様、六匹倒したぞ。ノルマ達成だ。そこどけ」


 幼女の声に、奥の暗がりが動いた。いや、暗がりだと思っていたのは巨大なドラゴンの影だった。

 見るだけで言い知れぬ恐怖を植え付ける巨大なドラゴンに男達は揃って凍りつく。


『ほう。最後はまっとうに倒したか。ようやった』


 うっそりと笑うドラゴン。それをゲシゲシと叩きながら、ふざけんなしっ、とっとと家に帰せっ、と怒鳴りつける幼女。


 つと、ドラゴンは、固唾を呑み微動だにしない男達に気づいた。

 不敵に笑う巨大な怪物。

 草部らの背筋をが、ぞわりと総毛立つ。


『....ようやっと来たか、地球人よ』


 ドラゴンの眼が陰惨に瞬き、身体中を覇気にみなぎらせる。ゆっくりと長い鎌首を持ち上げ、遥か高みから彼等を見下ろした。


『試練のダンジョンを踏破せしものよ。我に力を示すが良い』


 ラスボスかっ!!


 草部達は、やっと己の置かれた立場に気づいた。


 ここまで来るのに力を使い果たしている。ダンジョンで手に入れた不思議な薬も残り少ない。壁役の武具も、かなり傷んでいる。


 どうする??


 逃げて仕切りなおすか。扉は開いたままだ。逃げられなくはないだろう。


 あれこれと考えを巡らせる草部の耳に、鈴を転がすような鼻歌が聞こえてきた。


「元気が一番、はいっ、ヒール♪♪ ついでに入れましょ、身体強化♪♪♪」


 歌うような言葉とともに男達の頭上から雪のように輝く光が舞い落ちる。

 周囲に踊る七色の光は身体に吸い込まれ、体内から爆発するように力が沸き上がってきた。


「これは....?」


 眼を見張る男達の身体は、すっかり癒され疲労も消え失せていた。それどころが手足に力が満ち溢れる。


「足りない時は最上銀行へ♪♪ 十一で魔力貸し出し中、はいっ、トレード♪♪♪」


 ほぼ尽きかけていた魔力も、みるみる回復していく。

 

 十一ですか。


 思わぬ暴利に、草部はクスリと笑った。


 これならやれるかもしれない。


 草部達は武器を構え、ドラゴンに向き直る。真摯な眼差しは、高位であろうドラゴンを挑戦的にめつけている。


 自分が教えたとはいえ、敵対する相手を回復され、ドラゴンは剣呑な眼差して千早を振り返った。


『これ、そなたっ! 裁定の邪魔をするで無いわっ!』


 眉を吊り上げて怒鳴りつける爺様。

 それを涼しい顔で見返し、幼女はドラゴンの頭に岩を落とす。

 どこから現れたのか直径二メートルほどの岩は、ガインっと良い音をたて、ドラゴンの頭の上で真っ二つに割れた。


 魔法か...?


 初めて見る上位の魔法。呆然とする草部達の前で、一匹と一人は一触即発な空気を漂わせる。

 二人の間で、強大な魔力がバシバシと物騒な音をたてながら、盛大に火花を散らした。


「ボケてんのか、爺ぃ。あたしが地球人って事忘れてないか? この裁定に参加資格あるよな?」


 ニタリと笑う幼女。


 なにこれ。ドラゴンより、この子のが怖い。


 草部達はさっきとは違う、未知のモノを見る恐怖に震えあがる。

 ドラゴンへの恐怖は、高位のモノへの畏れ。

 しかし今は、不可思議な深淵しんえんを覗いておぞける、本能が警鐘を鳴らしまくる未知への恐怖。

 幼女の姿をした化け物へのおそれだった。


「あたしゃ地上に帰るんだ。家族の元に。そのために、今まで必死にやってきたんだ、爺様だって知ってるだろうっ!!」


 震えあがる男達を余所に、不穏な空気を撒き散らしていた二人の無言の闘いは、ドラゴンの白旗で幕を閉じた。


 爺ちゃんは幼女に甘いらしい。




「....すごいな」


 男達は至高の間に絶句している。


 深い森に美しい泉。時折はばたく鳥や獣の鳴き声。なるほど、ここなら暮らしていけるだろう。

 草部は目の前にデンっと鎮座する現代建築の家を、じっとり眼をすわらせつつ眺めていた。


 自宅ごと転移ってマジだったんか。


「まぁね。最初はどうなるかと思ったけど、何とかなったわ」


 キャンプ用携帯テーブルセットを草原に拡げ、同じく折りたたみチェアも幾つか持ち出し、彼女は森で収穫したという果実水を皆に出してくれる。

 そして淡々と、ダンジョン生成に巻き込まれてからの事を話してくれた。


 まさか目の前の幼女が、自分達の母親世代だったとは思わなかった。

 男達は知らず背筋が伸びる。


「で、まぁ、私としては、あんた方が地上に戻るなら同行したいんだけど」


 勿論戻る予定だ。しかし疑問は解決しておきたい。


「ここが異世界へ繋がる転移の場所というのは分かりました。だが理由が分からない。いきなりダンジョンが発生した理由をご存知ですか?」


 草部の問いに、千早は無言。いや、考えあぐねている感じか。幼女に似つかわしくない難しげな表情。


「口止めされている訳じゃないが。話して良いかは女神様に聞かないと」


「では、人々に起きた逆行現象に関しては?」


「それも女神様案件だな」


 苦笑する彼女の思慮深さは本物。中身は半世紀以上生きた日本人なのだ。これ以上聞き出す事は出来ないだろう。


 溜め息をつく草部の前で、キラキラと光る風が渦を巻いた。

 何事かと男達が眼を見張った瞬間、ポンっと音をたててシメジが現れる。


 え??


 マジマジと見つめる周囲にを余所に、シメジは嬉しそうにクルクル回っていた。


《あらあら、まあまあ、沢山お客様がいらしたのね。嬉しい事ね、千早ちゃん♪》


「お、久しぶりだね、女神様」


《御姉様って呼んでも良いのに。千早ちゃんのいけずっっ》


「無茶言うなし。今回は宝箱出ないん?」


《どうしましょうね。あれは初回限定なんだけど、千早ちゃんが宝箱回収しなかったから、再生は出来るのよね》


 クネクネと揺れ動きながら、シメジな女神様は困った顔をしていた。

 何故か分かるシメジの表情。


 男達は複雑な顔で女神様を見つめる。

 背後に漂う哀愁から、千早は自分と女神様との初見を思いだして思わず笑う。


 そんな中で我に返った草部が、千早にした質問を女神様に繰り返した。


《それに関しては、魔法陣をくぐった者にしか答えられません》


 スパっと切り捨てる女神様。

 然もありなん。人類滅亡カウントダウンも祈りで若返る逆行現象も、周知されたら悪用されかねない。

 口止めされなかったとはいえ、無言を貫いた自分が正しかった事に千早は安堵する。

 そんな千早の横で、女神様が不安気にフルフル揺れていた。


《千早ちゃん、本当に地上に戻るの? 意味がないのに? ここでも構わないから千早ちゃんには私の世界にいてほしいわ。心配だわ》


 フルフル揺れていたシメジは、ピタリと千早の頬に張り付いた。


 幼女に引っ付くシメジ。シュールな絵柄だ。


 草部は少し遠い眼をした。

 いや、想像の範疇ではある。異世界や神々、精霊や魔法。不思議物語の理が、ここには存在していた。


 異世界か。


 女神様がシメジな事は残念案件だが、十分に心踊る状況だった。

 ダンジョンを踏破しドラゴンに力を示せば、女神様の祝福を受けて新たな世界に飛び込める。

 この至高の間とやらから好きなだけ素材を持ち出しても構わないらしい。新しい世界での軍資金。女神様からの贈り物だそうだ。


 ダンジョンの謎は解けた。あとは上の判断だ。


 肩の荷が降りた草部は、ふと新たな問題が浮上している事に気がついた。


 問題というか、選択肢。


 自分が夢を馳せた不思議物語の世界へ全てを捨てて飛び込むか、現実を選び地球世界で生きるか。


 なんとも魅力的な難問だった。

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