第5話 side・地球 ~前編~


 ある日、地球の至るところに不可思議な塔が現れた。


 高さ五メートルほどの小さな塔は全体的に白く、差し色の青が綺麗で、とても繊細な浮かし彫りが施されている。

 一見して芸術的価値が高いであろう建物の内部には、祭壇のような物があり、その中心には青白く輝く魔法陣が存在していた。


 世界中に現れた塔に、一時世間はパニック状態。塔の素材も仕組みも、いきなり現れた理由も解らず、各国は混乱の極みに陥った。


 数個であれば、誰かのイタズラかとも思うが、確認されただけでも世界中に21箇所。これを一晩で一気に造るのは人間には不可能である。 

 何しろ、気づいたら、そこにあったという有り様だ。

 資材の持ち込みも、技師などの入り込んだ様子もなく、微かな物音一つたてずに、この塔は現れた。


 ある所はチベットの山脈。ある所はガンジス河のど真ん中。嘆きの壁の真後ろに建つこの塔を見た信者が激怒し、塔を壊そうと頑張ったがキズ一つつかなかったらしい。


 ありとあらゆる調査の結果、この塔は、人知の及ばぬ存在である事が証明されただけである。完全なオーパーツ。


 更に翌日には新たな衝撃が世界を襲った。


 人々が若返ったのだ。


 世界人口の約0.5%に若返りが認められ、その内八千万は日本人。明らかに肉体的に幼児逆行している者も極僅かにおり、大半は老齢期から高齢期に戻った形である。

 しかし、高齢化社会にあえいでいた日本人にとって、それは福音以外の何物でもなかった。

 高齢者のほぼ十割が年齢逆行し、健忘症や記憶障害、老いた身体の身体障害などから回復したのである、人々は狂喜した。


 一時的なものか、このままなのか。


 経過観察するしかないが、各国首脳陣は人智を越えた某かの関与があった事を疑う事は出来なかった。


 そしてなにも出来ずに、人々が悲喜こもごも静観するなか、突然それは起きた。




「化け物がいる?」


 世界中の警察に続々届く異常事態の通報。

 真っ黒な狼が人を襲っているや、ネバネバした液体が道を塞いでいるなど。他多数。


 いずれも件の塔近辺からだった。


 緊急事態にかけつけた機動隊が見た物は、塔を囲うように暴れるモンスターの群れである。


「なんだ、これは....」


 先行していた警察官が応戦しているが現状は芳しくなく、マスコミや野次馬の映像がテレビやネットを騒がせていた。


「マスコミや野次馬をさがらせろっ、モンスター達が周囲に散らないように、塔の周りをバリケードで囲うんだ!」


 あまりの非現実的な光景に唖然としていた機動隊員が、上官の叫びで正気に戻る。

 彼等は渋るマスコミなどを下がらせて、運んできた器材を使いバリケードを作った。

 モンスターがバリケードに体当りする音が響くなか、先行して応戦していた警察官達が満身創痍で現れる。

 簡単な挨拶のあと、機動隊は警察官達の話を聞いた。


「通報を受けて駆けつけると塔の周囲には多くの獣がいて、とても素手で太刀打ち出来る数ではなく、所轄の許可を仰ぎ発砲しました。しかし、多勢に無勢。あっという間に弾は尽き、神社にあった角材や篝火用の支柱などで応戦。狼やウサギを数匹倒したのみてす」


 げっそりと窶れた顔で彼等は眼を伏せる。そこにけたたましい音をたててバリケードから細い尖った物が飛び出してきた。

 途端に警察官達がビクッと震え上がる。


「う...ウサギです。鋭い角を持ったウサギがいます。素早くて.... この有り様です」


 引きつりながら彼が示した足は出血しており、裾を上げると、細い物が見事に貫通したであろう傷が生々しく脹ら脛にあった。

 絶句する上官の耳に、部下の呟きが聞こえる。


「.......ホーンラビット」


 思わずといった感じで零れた言葉。いぶかしげに自分を見つめる上官の眼に、彼は居ずまいを正し苦笑いしながら答えた。


「失礼いたしました。小官、読書をたしなんでおりまして... 空想物の読み物では、こういった角のあるウサギをホーンラビットと呼ぶ事がままあるのです」


 空想物.....普段であれば、ふざけるなと怒鳴りたいところだか、今は緊急事態だ。


「人を襲うのであれば、害獣だ。叩くぞ」 


 機動隊の反撃が始まる。




「あと少しだ、狼の跳躍に気をつけて、一気に潰せ」


 バリケードの中のモンスターは、ほぼ倒されていた。ショットガンで最後の狼を倒し、機動隊はバリケードの中に入る。

 すると塔の周りには動めく液体が幾つもあり、意思を持つかのような触手がグネグネとうねっていた。


「いったい、これは何なんだ?」


 不用意に触ろうとする上官に、先ほどの読書好きな部下が慌てて叫ぶ。


「触らないでください、スライムかもしれませんっ!」


 スライム? オモチャのあれか?


 不思議顔で部下を振り返った瞬間、スライムの触手が上官の首にまとわりついた。

 不意をつかれ、狼狽えた上官の横を何かが駆け抜ける。

 それは一発の銃弾。即座に放たれた銃弾は、的確にスライムの核を捉えて打ち砕いた。


 声をかけた部下とは別な部下。


 触手から解放された上官に、彼は苦笑を浮かべた。


「小官もラノベを少々嗜んでおります」


 訳が解らないといった風情の上官の前で、件の二人はしたり顔を浮かべ、御互いにサムズアップする。


「よく解らないが....倒せない相手ではないのだな?」


 頷く二人を見て、上官は自分には解らない不文律が存在している事を理解した。


 彼等が言うには、先ほどの不定形生物はスライムと言い、体の中にある核を壊せば倒せるのだという。彼等が読む不思議物語では定番な生き物なのだそうだ。


「そしてコレですね」


 眉をひそめる機動隊の前には、青白く輝く魔法陣。


 実は先ほどからモンスターが湧き続けている。

 不眠不休でここに張り付き、湧く度に処理するしかないか。

 ひとりごちる上官に、先ほどの二人が発言した。


「多分スタンピードだと思われます。よろしければ、魔法陣に乗らせてください」


「スタンピード?」


 何を言い出すのかと思えば。


 モンスターの湧く危険極まりない魔法陣に部下を乗せられる訳がない。

 却下しようと口を開いた上官に、彼等は畳み掛ける。


「このままでは、きっと、我々の手に終えないモンスターが出てきます」


 真剣な彼等の表情に気圧され、上官は二人の話を聞いた。


 いわく、彼等の知る不思議物語にはダンジョンという物が存在し、中は何階層にもわかれ、多くのモンスターが蔓延はびこっている。

 何もしないでいると中のモンスターが増えて溢れ、地上に出てくる。これがスタンピードというらしい。

 序盤は上層の弱いモンスターだが、終盤になると弱いモンスターが淘汰され、下層の強いモンスターが現れると言うのだ。


「荒唐無稽だが....一蹴出来ない」


 事実、彼等はスライムという未知のモンスターの倒しかたを知っていた。


「今が序盤である事は間違いありません。ダンジョンに入り、モンスターを間引くか、指揮をしている上位種をたおすか。収束パターンは幾つかありますが、放っておくと大災害になる事は共通しております」


「せめてダンジョンがあるのかどうかだけでも確認すべきです」


 真摯な眼差しに圧され、上官は深刻そうな面差しで頷いた。




 「おいおい....ガチかよ」


 唖然とする二人がいる空間は、だだっ広い洞窟。周囲は堅牢な岩肌で、ところどころが苔むしてキノコの苗床になっている。

 これぞザ・ファンタジー。彼等の瞳は子供のようにキラキラ輝いていた。


「まさかの冒険だ」


「そうだなw」


 軽い口調で相槌をうち、二人は周囲を散策する。中央に魔法陣が位置するこの場所は少し高くなっていて、足下の岩も比較的平らだった。

 結構広い範囲なので、ここらを拠点に出来るかも知れない。

 恐る恐る散策する二人の正面から、耳慣れた声がする。

 忘れる訳がない。先程散々聞いた声だ。

 恐怖に眼を見開き、凝視する二人の前にある薄暗がり。そこから姿を現したのは、数頭の真っ黒な狼だった。

 二人の背筋に悪寒が走る。不味い、魔法陣に逃げなくては。

 かち合った視線を逸らさず、ゆっくりと後退る二人が、先ほどの高台に登った時。


 ふいに狼は唸るのを止め、その場に蹲った。


「??」


 訝る一人の耳に、もう一人のすっとんきょうな声が聞こえる。


「そうか、セーフティエリアだ」


 途端、もう一人も気がついた。魔法陣の周囲はセーフティエリアになっていたのか。


 じゃあ、ここから出ると.....


 一歩身体を踏み出すと、即座に狼が立ち上がる。


「間違いなさそうだ」


「じゃあ、ここから攻撃は?」


 害獣用に持ってきたショットガンを、真っ黒な狼に向かって構えた。


「え?」


 弾が発射されない? セーフティエリアせいか?


 セーフティエリアから一歩踏み出して狙い打つ。しかし、やはりショットガンは、うんともすんとも言わない。

 唸りを上げる狼。慌てて二人は魔法陣から外へ逃げ出した。


「ダンジョンがありました」 


 戻った二人は声を揃えて、そう言った。

 まさか、本当にあるとは。複雑な顔で思案する上官に、二人は更なる事実を告げる。


「銃が使用不可能でした。各種武器検証が必要だと思われます」


 まさに爆弾発言だった。




 後日の検証の結果、近代兵器の殆どが使用出来ず、電気や液体燃料といった物も使えない事が判明した。

 火を起こすなら薪か炭。明かりをつかうなら松明。

 ダンジョンの中では、近代文明の恩恵は全く受けられない。

 物理で腕力、技術力に物を言わすしかない原初の戦い。


「それ何て言う無理ゲー?」


 機動隊の二人は深く項垂れ、近代兵器の火力で無双するという甘い考えにピリオドを打った。


 しかし、二人の眼には挑戦的な光が宿り、顔を上げて空を見上げる。


「聞こえたよな?」


「ああ、聞こえた」


《地球のダンジョンに初めて足を踏み入れし者を確認。称号が与えられます》


 脳裏に響いた無機質な声。


「何を与えられたのかな、俺達」


「いつか解るかな」


 ほくそ笑む二人の顔は明るい。

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