第4話 オカンと蛋白質 ~後編~


「むむむ....」


『ほれ、歪んどる。もっと肩の力を抜いて集中せい』


 綺麗な泉の傍には一人と一匹がいた。一匹は首だけだが。


 真剣な面持ちの幼女の前には一つの箱。枠組みだけのソレは、彼女の魔力で出来ている。

 ダンジョン生成巻き込まれ騒動から一週間。

 とうとうインベントリの中に動物性たんぱく質の物が尽きたのだ。

 千早の魔力は未だ100にも届かず、攻撃魔法は使えない。使えたとしてもギリギリ一回。獲物が絶命しなかったら、あっさりと返り討ちにされるレベルである。

 だが流石のドラゴンも泣く子には勝てない。

 動物性たんぱく質がーっ、身長がーっ、と泣き叫ぶ幼子を一瞥いちべつし、爺様は苦肉の策を編み出した。


『じゃあ、先ほど説明した通りにやってみなさい』


 言われたとおり千早は泉の畔ほとりでジッと待つ。


 十分ほどたつと、近くに魚の影が見えた。瞬間、千早はさっきまで練習していた魔法を魚にぶつける。

 泉の中に閃光が走り、ジャバと何かが浮き上がった。


『出来たな』


 ニンマリ笑うドラゴンの視界には、魚の入った箱を持つ千早がいる。

 練習していたのは結界魔法。空間を切り取り壁を作る魔法だった。

 魔力の少ない千早でも魚一匹入る程度の箱は作れたのだ。


「わぁ....」


 千早は初めての魔法に感動している。泉の中を切り取った箱は、綺麗な立方体の形で水と魚が入っていた。


 理屈はわかるけど、やっぱ凄いなぁ。


 しげしげと不思議そうに魚を眺める千早に、ドラゴンが声をかける。


『早くこちらに持って来ぬか。そこで結界が解けたら魚が逃げてしまうぞ』


 そうだ、貴重なたんぱく源だ。


 千早は慌ててドラゴンの傍に駆け寄る。

 数歩歩いたとたんに、パンっと音をたてて結界箱が弾け散った。パシャンと水が落ち、その上で魚がビチビチ跳ねている。泉までほんの二メートルていど。


 あぶないところだった。背中がヒヤリとする。


 結界箱が弾けた所は草原。数歩の差で千早は貴重なたんぱく質をゲットした。


『ほれ、とっとと〆てやりなさい。このままでは調理に差し支えるだろう』


「うん」


 体長30センチ程の魚を両手で抱え、用意してあった俎板の上に移すと、千早は慣れた手つきで魚の頭を落とした。


 ペティナイフでも、まだ重いな。しかぁしっ主婦歴三十年をなめんなし。 


 ふんぬっと鼻息を荒くした次の瞬間、千早の脳内に多くの文字が大量に流れ出す。


《神々のダンジョン、初踏破を確認しました。称号が与えられます》《ダンジョン踏破最年少記録を更新しました。称号が与えられます》《レベルがあがりました。レベルがあがりました。レベルがあがりました。レベルがあがりました.....》《レベル10最短到達記録を更新しました。称号が与えられます》《レベル10到達最年少記録更新しました。称号が与えられます》


「うええぇぇ??」


 頭が痛い、文字に酔う、気持ち悪いっっ!!


 いきなり呻きながらしやがみ込んだ千早のただならぬ様子に、慌ててドラゴンが擦りよった。


『どうした?』


「頭の中に、...文字が」


 そこまで言うと、千早は力なく茂みに駆け込み苦しそうに吐き戻す。

 それを眺めながらドラゴンは合点がいったようで、なるほどと頷くと、俎板の魚を忌々しげに見つめた。


『レベルアップ酔いじゃの。魚の分際で結構な経験値になったようじゃ』


 ラノベでお馴染みのレベルアップ酔い....まさか、そんな不思議現象を、実体験するはめになるとは。


 フラフラと茂みから出てきた千早は、恨めしげに魚を見た。


『致し方ない。ダンジョン産の生き物は、地上の物より遥かに強い。しかも最下層の生き物なれば、下手な魔獣を返り討ちにする強さだ。魚と言えど結構な経験値になったであろう』


 って事はなんですか? 私、動物性たんぱく質をゲットするたびに、こんな目にあうと?


 心底ウンザリした眼で魚を睨みつける千早に、ドラゴンは苦笑する。


『ある程度レベルが上がれば無くなる。精進せよ』


 口をへの字にして、嫌そうな顔で自分を見上げる千早の情けない姿に、ドラゴンは思わず吹き出し、大笑いした。


 クックックッと笑いの止まらないドラゴンに呆れた一瞥を流し、さっさと料理しようと魚に向き直った千早は、ふとある物に気がつく。

 

 泉の前に金色の箱。


「あれは?」


 金に銀の透かしの装飾。これだけで一財産ではあるまいか。


『おお、そうか。初回踏破報酬だな』


 千早の問いにドラゴンが答えた。


 ダンジョンを踏破し、至高の間に入ると出てくる初回限定の宝箱らしい。


「私、ダンジョン踏破してないけど?」


『至宝の間にいる時点で踏破判定になっていたのだろう。そして魚を倒した事で条件を満たしたと』


 困ったように首を傾げるドラゴンの説明に、千早は開いた口が塞がらない。 


 そんなんで良いのか、ダンジョンよ。偶然の重なりで初回討伐者か私。そんなん要らんから地上に帰してくれ。


 気は進まないが、折角なのだからとドラゴンに諭されて、千早は宝箱を開けた。


 すると中にはローブが一着。袖とフードのついたシンプルな形の膝丈サイズ。

 切り返し折り返しが細かく入っており、縁や裾には繊細な銀の刺繍が施されている。全体は深い蒼で赤い差し色が綺麗な一品だった。ぴったりより、やや大きめなサイズだ。


『よう似合うな。性能も悪くない。長く使えるじゃろう』


「こんなぴったりサイズ、すぐに着られなくなるよ」


 五歳児なめんな。こちとら成長期なり。....成長するよね? 


 一抹の不安が脳裏を過る。


『知らぬのか? ダンジョン初回踏破報酬は成長するアイテムだぞ?』


「は?」


 呆ける千早に溜め息をつき、ドラゴンはアイテムの説明をした。

 いわく、多くのダンジョンは入り口が複数個あり、裁定の間は一つだけ。初回踏破報酬は、数個のダンジョンで一回しか手に入らない。裁定者が倒されると新たな裁定者が現れ、再び初回踏破の恩恵が得られる。

 しかし、裁定者が力を認めた相手は至高の間に通すので、倒される事は滅多に無く、結果、初回踏破報酬には破格なアイテムが用意されていた。


 それが成長するアイテムである。


『姫神様の世界でも数少ないアイテムだ。所持者である主とともに成長し、姿形だけではなく性能も主によって変わっていく。確か二つの国で国宝になっていたな。後はエルフの国に代々伝わっている物と....まぁ、世界に七つくらいであろう。裁定者が倒されたとは聞かないしな』


 ......チートアイテム来たコレ。


 ドラゴンの説明に、千早は恐る恐るローブを鑑定してみる。


 創造神のローブ 創造神 rev No.8


 物理攻撃反射極 魔法攻撃吸収極


 創造神ネリューラの恩恵が込められたローブ。創造神の加護を持つ場合、取得経験値倍増。創造神の祝福を持つ場合、トラップ完全回避


 千早は真っ青な顔でブルっと震えた。


 ガチチートアイテムやん、コレっ!


 素の性能もチートだけど、私が持ったら倍ヤバい!!


 眼に見えて狼狽うろたえはじめた千早に、ドラゴンは長い溜め息をつく。


『お主、今の自分が弱者な事を自覚しておるか?』


 ドラゴンは呟きながら千早の頭を鼻先で突っついた。


『そのローブがあったとしても、身を守れるだけだ。完全な悪意や危険からは逃れられない。首を絞められたり、水に沈められたりしたらどうする?ローブから出ている部分、足や手を切り落とされたら?』


 千早はドラゴンを見上げ、ごくりと息を呑む。


『レベルをあげ知識を蓄え、力をつけなければ、どんなアイテムも無意味なのだ。為す術のない状況に追い込まれぬよう、しっかり励み、そのローブの主として恥ずかしくない人間になれば良いではないか』


 ドラゴンの的を射る言葉に、千早はビクッと肩を震わせる。


 .....見透かされた。


 千早は自分の怖じけた考えを読み取られて恥ずかしくなる。

 加護の時もそうだ。慎重と言えば聞こえは良いが、単なる臆病者。大きな贈り物に見合う自信が欠片もない。


 分不相応だと逃げを打つ。


 葛藤かっとうする幼子を優しく見つめ、ドラゴンは俯く千早の顔を鼻先であげさせた。一人と一匹の視線が重なる。


『世界一の魔法使いになるのだろう? 我が誇れる弟子となれ』


「...!!」 


 それは千早の言葉だった。


 御先祖様に恥ずかしくないよう。神々が誇れるよう。


 私は言ったのだ、世界一の魔法使いになると。


 しばし呆然としたあと、千早は両腕を力一杯振り上げる。


「あーっ、もうっ、口は災いの元とは良く言ったもんだわっ!」


 そしてクルリとそっぽを向くと、地団駄を踏み鳴らした。


「やるわよ、なるわよっ、やってやらぁっ!」


 悔しまぎれか、千早の首は耳まで赤い。

 老いたドラゴンは、うっそりと微笑んだ。


「そうとなれば飯よ、飯っ! 腹が減っては戦は出来ぬってね」


 しかし踵きびすを返して俎板に向かった千早の顔から、スルリと感情が抜け落ちる。

 事態に気付いたドラゴンが、気まずげに呟いた。


「あ~....忘れとった。ダンジョンは死んだ生き物を吸収するのだよ」


 二人の視界には何もない俎板が一枚。飛び散ったはずの血痕すら綺麗に無くなっていた。


 眉を寄せた千早の眼に、みるみる涙が盛り上がる。慌てたドラゴンが止める間もなく、三度、ダンジョンに絶叫が響き渡った。


「アタシのたんぱく質ーぅぅっ!!」




 後日。リベンジに燃える千早は、懲りずにレベルアップ酔いで呻くのである。




「ねぇ、爺様。また何か生えてるんだけど.....」


 食糧の確保に悪戦苦闘していた千早だが、ある日に、ふとレベル酔いしなくなった事に気がついた。

 安堵とともに何となく気になり、ステータスを確認してみると、見覚えのないものが生えている。


『ん~? ああ、称号のせいじゃな。まぁ、棚ぼただ』


「異世界にもあるのか、ぼたもち」


 訝る千早に、ドラゴンはインベントリからある物を出した。


「本?」


『うむ、地球の本だ。日本国の物らしい。文字は自動翻訳の魔法で読めるが、熟語とか分からないものも多くてな。まぁ、時間は有り余っておるし、辞書を片手にゆっくり読んでおる』


 他にもあるらしく、パタパタとインベントリから複数の本が出てきた。


「自動翻訳なんて魔法あるんだ。便利だね」


『地球には旨い物が沢山あると書いてある。是非食したいものじゃのう』


 チラチラと千早に視線を送り、ドラゴンは本を開いた。

 千早の眼に本のタイトルが映る。とんでもスキルで異世.... 


「ラノベかよっっ」


 女神様、本のチョイスおかしいからっっ!! 


 そういや前に、私の料理を女神様がジッと見てたな。ひょっとして食べたかったんだろうか。....シメジに口ってあったかな。


 他愛もない事を考えながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「そういや、どうやって読んでるの? 爺様には小っさすぎるよね、コレ」


『ん? こうだな』


 開いた本に爺様が手をかざすと、目の前に巨大なスクリーンが現れ、手をかざした部分を映し出す。

 ページは風の精霊がめくってくれるらしい。


「本当に便利だな....」


 この万能さを甘受して、地球社会にもどれるかな、私....。


 一抹の不安を抱えながら、爺様との読書でダンジョンの夜は更けていった。


 今回生えたもの。


 称号 地球のダンジョンを征し者


 効果 スキル 隠密大


 称号 最短記録更新シリーズ


  スキル 看破小 薬学小 錬金小 鍛冶小 彫金小


 称号 レベルシリーズ


 効果 レベル10 体力10%up 魔力10%up

    レベル20 体力20%up 魔力20%up


 なんか異世界来訪の外堀を、せっせと埋められてる気がする、千早五歳(中身53)である。

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